人間の暮らしに文字通り溶け込みはじめた一人暮らし。引っ越した当初より大分慣れ始めたが、それでも自分が知らない事は沢山ある。たとえば──。
「クリスマス……! サンタクロース……!!」
意識が霞掛かり出した頃、薄らぼんやりと聞いたことがある。いい子にしていた子供のところに赤い服を身に纏い髭を蓄えた恰幅の良いご老人が贈り物を配達するお話。年末近くになると神社に訪れる子供たちの願いが大抵その手の話題ばかりだった。
『サンタさんへ! いい子にしていたので来てくれますように!』
『サンタさん! プレゼントは学校で流行っているゲームがいいです!』
『……さま、どうかどうかお父さんが前みたいに優しくなりますように……』
最後のお願い以外当時はよく分からなかった。正直相談する相手を間違えているのかと思ったけど、誰にも言えない事を相談しに来ているのだって思えば然したる問題なんかない。
そもそもサンタクロースが架空の人物であり、贈り物を用意するのは大抵その子供の親や保護者に当たるのを仕事先で教えてもらった。
サンタクロースの存在自体多々言いたいことがあるけど、これはきっと言わない方がいいから言わないでおこう。
それよりも、いい子にしていた子供には大人から贈り物を貰えることが大事。
僕にとっての身近な大人は大家さん。だから大家さんのところへ贈り物を貰いに行ったら──。
コンビニ店前でケーキを売っている店員さん達が着ているサンタクロースを模した服装に近い恰好をした大家さんに遭遇した。
赤と白を基調にした服装は大家さん自身あまり好まない形状の所為か頻りに裾を引っ張っている。特徴的な帽子を被り大きな袋を担ぎ、肩が見えるくらい大きくぱっくり開いた襟、屈めばお尻が見えてしまいそうな短い裾から伸びる脚は光沢を帯びた薄い布に覆われ、足元は帽子と服と同じ色合いのブーツを履いていた。
「んな!? カミキリさん!?」
僕の存在に気付いた大家さんが振り返り、先程よりぐいぐり裾を引っ張って身を縮こませた。
「な、なんか用……?」
ジト目で僕を見詰める大家さんに近付き会いに来た理由を舌の上に乗せる。
「いい子にシテたからサンタさんに贈り物貰いニ来た」
「サンタって私サンタじゃねえし。いや、この格好だとサンタか……んー、それで何が欲しいわけ」
何た言いたげだった顔をして唸っていた大家さんが張っていた肩を下ろし問い掛けてきてくれた。
待ち望んでいたその言葉。僕は甚平のポケットから契約したてのスマートフォンを取り出し掲げる。
「大家サんの連絡先登録シたい」
「そんなんでいいの? 別にいいけど」
裾を掴んでいた手を離した大家さんが肩に担いでいた袋からスマートフォンを取り出し慣れた手付きで連絡先を交換してくれた。登録番号の一番最初に大家さんの電話番号とアドレスが表示され思わず口元が緩む。
「そういやカミキリさんいつの間に買ったの」
「昨日」
「買いたて新品じゃーん。それじゃ、もう一個おまけでやっか。何がいい? さっきのもプレゼントって感じじゃないしな」
追々住人全員と連絡先交換しないとな、そう呟く大家さんに僕は今日の彼女の姿を見てからずっと思っていたことを口にする。
「大家サんの今の服装、写真に撮りたイ」
僕の言葉にピシリと体が固まった大家さんがしずしずと再び裾を握り引っ張り始めた。
「いや、その……ナハハハ、私スカート似合わねーだろ? だからな……」
「そんなコトない似合ってル」
「うっ」
「とてもよク似合っテる。だかラ写真撮らセて。あト撮り方教えて欲しイ」
「うぅ~……わーったよ……」
頼りなく下がった眉尻、自信なさげに伏せられた瞼に耳まで真っ赤な大家さんの姿はあまり見た事が無く新鮮だった。僕の隣に立ちスマートフォンを覗き込んで操作説明をする大家さんを横目で見遣る。耳当たりの良い彼女声色は恥ずかしさからか微かに震えていてそれもまた新鮮だった。
「──で、こう。じゃ、パパっと撮ってくれ」
説明し終わり僕から離れたところで立つ大家さんにスマートフォンのカメラを向ける。教わった通りに指を動かそうとした僕は逡巡後録画ボタンを何食わぬ顔で押した。
暫く無言でもじもじしている大家さんを録画していれば如何やら違和感に気付いたらしい。
「カミキリさんやり方分かってる?」
「うン、大丈夫」
「……ほんとに?」
「平気」
「カミキリさん? カミキリさん?って録画になってんじゃんか!?」
言いながら距離を詰め隣に来た大家さんにバレてしまった。
そのあと、ちゃんと撮れていなかったからもう一度撮り直したいと言えば「今度こそちゃんと撮れよ! あとその動画消しとけ!」と念を押された。
だけど折角なのでいい子な僕は更に調子に乗る。
「色んなポーズ撮りたいからシテほしい」
「あのなあ!?」
裾を引っ張りつつ怒っていた大家さんだけど自棄になったのか色んなポーズをしてくれたので有難く教えてもらった連写機能で収めた。
「これで満足かよ……」
心なしか疲れている大家さんに僕は最後のお願いを言う。
「一緒に自撮り?してほしイ」
無茶で無理だと思っていたお願いは最終的に諸々吹っ切れたらしく、彼女は僕の手からスマートフォンを掻っ攫い僕の肩を抱き寄せた。グンっと顔が触れ合うくらい近くなりドギマギする暇もなくシャッター音が切られる。
「ブレてないしこんなもんだろ」
ポイっと僕にスマートフォンを投げ渡した大家さんは裾を引っ張りながら行ってしまった。その背中が見えなくなるまで見送り、僕はスマートフォンに映る先程の写真を確認すれば一瞬の間にいつもの笑顔で映る大家さんと吃驚して目を瞠っている僕の顔が映っていた。
その日の夜。薄暗い部屋の中、スマートフォンで録画した映像を薄目で眺め大家さんが僕を呼ぶ声に耳を澄まし眠りについた。
カミキリの手から力が抜け布団の上に落ちるスマートフォンは任意の再生数が終わった為、先程自撮りした写真の待ち受け画像が数秒表示された後スリープモードに移行し黒い画面へと変わった。
それから数日後、あれは流石にプレゼントとじゃないだろと思った東雲はカミキリに猫柄の手袋を贈ったそうな。
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