【カミ東】冗談なんて言わせない

豪快にフラグをへし折る展開好きだがそれをまたへし折るのが癖って話。

ふっと視線を感じて振り返った先、カミキリさんと目が合う事が多くなった。

「(……また)」

最初は偶々だと思っていたが、どうにも違うらしい。
何度も視界端で白い癖っ毛が横切って行ったり、薄っすら誰かに呼ばれた気がして視線を向ければ大きな目がこちらをじっと眺め、そして──。

「(逸らされた)」

露骨に視界から私の姿を外してくる。何かしらの意味があってやっている気がするが皆目見当がつかない。困りごとがあったら悩まず相談してくれる相手だから余計に分からない。
言い難い事があって中々言い出せないのではとも考えた。じゃなかったら、一瞬だけ見えた何かを耐えている表情について説明が出来ない。──あの顔つきはよく見知っている。あれは何かに期待して裏切られる事を恐れているやつだ。あまり見たくない思い出したくないやつだと、昔の嫌な記憶の蓋が開きそうになるのを後頭部を掻いて誤魔化した。

「(住人の悩み事を解決するのも大家の務めだもんな)」

折角東雲マンションに入居してくれた住人のアフターフォローが出来なくて何が大家だ。最後まで面倒を見るって約束したじゃんか。

日ごと冷たくなる空気を中和するように日向は暖かく、背中から感じる視線に気付かない振りをして私は駐車スペースからマンションの影に入るかたちで角部屋の104号室に沿って曲がった。
斜めに走る影と日向を分ける線の上に立ち、どんどん近付いてくる足音の正体を真正面から出迎えるべく仁王立ちして待ち、程なくして角を曲がって現れた視線と足音の正体と鉢合わせするのに成功した。
まさか私が待っているとは思っていなかったのか、危うくぶつかりそうになったカミキリさんの口から小さく短い声が零れ落ちる。相手が後退りする前に私は彼の前にしゃがみ込み、低くなった視線で狼狽する顔を見上げた。
「何か言い難いこと、あるよね。一緒にさ解決方法考えたいから教えてくんない?」
揃え畳んだ膝の上に手を置き、首を少し傾け「な?」と真っすぐ目を逸らさず見ていれば、やっと目を合わせようとしなかったカミキリさんと目が合った。無意識に私と自分の間に壁として置いていたであろう、胸の前で緩く拳を握り胸の前にあった腕がゆっくり下ろされるのを目で追った。
だが、カミキリさんの腕は彼の体横に伸ばされず、私の方へ伸ばされ気付いた頃には彼の腕の中だった。私の頭を抱き込むかたちで胸に押し付け、カミキリさん自身の顔は恐らく私の頭の天辺に埋められている。

「──連レて行きタい」

喉奥から絞り出した掠れ声はカミキリさんのものだ。言葉の節々から伝わる切羽詰まった想いを察するに……

「(ディ〇ニーランドに行きたいんだな)」

たしか、あれ、なんだっけかなー? 前にカミキリさんがテンションやや高めにそれのCM見て行きたい行ってみたいって言っていたような。うん多分、それだ。
なんだー、そっかそっか。また誘うのが恥かしくなって言えなかったやつか。あの時は私も金が無くて断ったけど今なら、……まあ羽目を外さない程度になら十分遊べるな。よし、問題解決。

「よっしゃ!」

小気味よく膝を一回叩き、カミキリさんの両脇に手を突っ込んで持ち上げながら立ち上がった。急に立ち上がったことでバランスを崩しかけたカミキリさんを落とさぬよう抱き直せば、自分と殆ど同じ視線の高さになった大きな目が不思議そうに私を眺めている。
「行くぞ! カミキリさん!」
「!! 大、」
「ディ〇ニーランドに!」
何かカミキリさんが言いかけてた気がするが多分気の所為だ。ちょっと困った風な顔をしているのもきっと気の所為。
「デートだ!」
だって、私の言葉を聞いたカミキリさん徐々に嬉しそうになっていってんもん。
「デート?」
「そう、デートだ」
はにかみ問い掛けるカミキリさんに答えれば、その大きな瞳をキラキラ輝かせた。陽の光に照らされたとは違う輝きに思わず笑みが零れる。
その目の輝きを見ていると近所にいた一丁前に男扱いして欲しがったガキンチョが脳裏を過っていく。二人で遊びに行くのを頑なに「デートだデートだ」って騒ぐもんだから、それに乗ってやれば嬉しそうに照れ笑いしたっけか。純粋だねー初心だねーって微笑ましさを覚えたっけか。ちょっとした冗談だ。遊びに行くのをデートって呼び変えただけで機嫌が良くなるなら好きなだけ言ってやろうじゃないの。
ただ、カミキリさんがそのガキンチョと同じ反応をするとは予想外だった。前のお酒の件でそれだけ大人として見て欲しくて背伸びしたい年頃ってやつか?
「イツ行く? イツ行く?」
「そうだなぁ、まずはチケット取ってからだな」
でも、目の前にいるはしゃいでいるカミキリさん見てっと子供だなってつくづく思う。



後日カミキリさんの休みの予定に合わせて取ったチケットでディ〇ニーランドを遊び倒した。
何もかもはじめてだらけで興奮冷めやらぬ状態のカミキリさんに手を引かれあちこち回り、心残りなく楽しみ尽くしたのか帰りの電車で疲れて眠る彼の顔はとても満足げだ。
「(連れて行ってよかったなあ)」
カミキリさん頭にカチューシャ付けっぱなしだし、ポップコーンバケット首に掛けっぱだし、でっけえぬいぐるみ抱き抱えて帰るっていうし、彼の勤め先と私もツヅミたちのお土産大きな袋分に沢山買った。アトラクションやパレードもこれでもかって満喫した。
降りる駅まで寝かせているカミキリさんを横目でチラリ見遣る。その寝顔が穏やかで可愛らしいったらないね。
「(……まあ、それが霞むくらいお金吹っ飛んだけど)」
向かい側にある黒く染まった窓に映る自分の顔は表情という表情が削ぎ落されていた。
正直チケット代の時点で可愛くなかった。寧ろ恐怖を覚えたまである。前行ったとき、もっと値段安かったよなあ!? いつから値上がりした!? お土産代やパーク内での食事代で一万円札に翼でも生えたのかどんどん飛んで行っていく光景に顔が引きつるのを必死に抑えた。
夢を売っている国では夢を金で買うんだ。知ってた事じゃないか。んでもってそれは楽しい楽しい夢だったじゃんか。
「っと」
電車の揺れに合わせ隣の人に頭が当たりそうになったカミキリさんの頭を自分の方へ抱き寄せる。私の肩に凭れ掛るかたちで眠るカミキリさんが額をぐりっと押しあてた。白髪の癖っ毛が、もしゃもしゃ動く。
……大家サ、ん……
夢の中でも楽しんでいるのか薄っすら笑みを浮かべている。あと数駅で起こさにゃならないのが途轍もなく忍びない。
マンションに帰るまでの道のり。寝ぼけているカミキリさんの手を引いて歩く光景はさっきと逆だなって笑いながら二人揃って帰って行った。



その日から何かが劇的に変わったという事は無い。あるとすれば、相変わらず視線を感じ振り返ればカミキリさんと目が合い、以前逸らされていた目が逸らされず、何ならこっちが気付いた途端駆け寄ってくる。
それが偶々私とカミキリさんの二人きりだったら彼は空いている私の手を取って握ってきた。こちらとしては特に如何ってことが無いので、そのまま好きにさせていれば、ここいらではあまり見かけない犬の散歩をしている朗らかマダムから声を掛けられた。
「あらまあ、仲の良い姉弟ですこと」
マダムに合わせ綺麗にトリミングされたトイプードルがきゃんと吠える。尻尾をはち切れんばかりに振う姿は可愛いが、それに対しては否定せねばなるまい。
「違います」
「違うヨ」
面白いくらい同じタイミング、同じトーンの高さで二人揃って言うもんだから私とカミキリさんは目配せをした。実際問題、彼と私の関係は大家とマンションに住んでいる住人であって決して姉弟ではない。
あまりにもピッタリ言ったのがマダムにとって、何かしらを思うところがあり察したのか知らないが更に笑みを深め続けて言う。
「あらあらまあまあ。ごめんなさいね? デート中だったかしら? フフッ、随分可愛らしい彼氏さんと綺麗な彼女さんだこと」
これでもかって微笑むマダムにこれは冗談で言ってるのだとすぐに分かった。馬鹿にするしないとは縁遠きとこにある、背伸びした子供に対して言うやつだ。
現にカミキリさんもマダムの冗談を受け止めている。
「うん。僕ノ彼女、サん綺麗デショ」
耳まで真っ赤にして腕に抱き着いてくるカミキリさん健気だねえ。さて、この波に乗らないのは失礼だし全力で波乗りしますか。
「違いますって。ウチの彼氏は男前でそりゃもう頼りになりまくってるんすよー」
たはー、と笑いながら手を繋いでいない方の手で後頭部を照れくさそうに掻けば、マダムが上品すぎる所作で笑ってくれた。そんなマダムの柔らかな笑い声に合わせトイプードルが楽しそうに吠え回っている。あまりにもその姿が可愛くて、私はマダムに一言断ってから撫でさせてもらおうとしゃがみ掛けた時だった。
カミキリさんが抱き着いている方の腕がピンと固定され上手くしゃがめず変な態勢で止まった。「おや?」と思い見上げれば、目を瞠っているが青い瞳はきゅっと窄められ、熱さにでもやられたのか首元まで真っ赤なカミキリさんが私を見下ろしていた。
「暑い?」
私の言葉に緩く首を振るうカミキリさんに空いている方の手で手招く。
「ほら、触らしてもらおうぜ?」
無言でしゃがんだカミキリさんは更に私の腕を抱き込み距離を詰めてくる。それだと触りにくくない? それとも犬が苦手だったりとか? 毛並みふわっふわでこんなに可愛いのに勿体ない。まあ、苦手なのは人それぞれあるから無理強いは良くないな。
結局、その答えが分かる前にトイプードルをお散歩していたマダムは気品溢れるオーラを残して去って行った。
私が手を振りマダムを見送っている間も、カミキリさんは無言を貫き腕に抱き着いたまま当分の間離れようとしなかった。
熱でもあるかと思い、額同士をくっ付けたら弾かれたように腕から離れ駆けて行ったので多分大丈夫たぶん。



「日頃の感謝トカ込めて……
そう言われ渡された木の箱の蓋を開ければ一本の簪が潤いを帯びた光を纏いその身を横たえさせていた。
如何見ても高級感漂う一品を渡してきた相手を見れば終始落ち着かないのか、後ろ手に手を組み足踏みしては視線を地面に向かって泳がせている。
意識と視線を簪に戻す。先端に向かって細くなる胴体は混じりっ気のない象牙色、先端とは真逆にある根元には大きく艶やかな青色の玉飾りが二つその身を貫かれるかたちでくっ付いていた。
木箱から取り出し日光に翳す。照らされた簪は感嘆の溜息が出てしまうくらい綺麗で、思っていたより軽かった。
「ほんとにこんな高そうなの貰っていいの?」
「アナタに一番似合うノ選んダ。……貰ってホシイ」
「そっか、じゃ遠慮なく。ありがとな」
わしゃわしゃといつものようにカミキリさんの頭を撫でようとしたが両手が木箱と簪で塞がってしまっている。
お、ひらめいた。
木箱を脇の下に挟んで、ヘアゴムを解いた代わりに簪で髪を纏めた。簪を付け、どうよ?とカミキリさんを見れば大きな目を眇め口元に弧を描いている。悪くはなさそうだ。
片手が空き触り心地の良い癖っ毛をわっしゃわしゃ撫でてて気づいた事があり本人に訊いてみた。
「これ、カミキリさんの髪の色と瞳の色と同じじゃんね」
目を閉じ俯いている相手からの返事はなく、代わりに撫で終わったあと散歩に行こうと誘われたので小さな手に引かれるがまま散歩に出かければ、いつぞやの上品朗らかマダムに再会した。
「まあまあ。お久しぶり、男前な彼氏さんと綺麗な彼女さん」
きゃんきゃん吠えるトイプードルにも挨拶をしつつ、前の設定覚えてくれている気恥ずかしさから照れ笑いしていれば、カミキリさんがぐっと腕に抱き着いてきた。
「違うヨ、僕のお嫁サん」
「あらまあ~」
カミキリさんの発言であからさまに驚くマダム。え~、これまた乗っからないといけないやつ? でもまあ二人から注がれる期待に満ちた眼差しに答えてあげるってのが大人の余裕ってもんだ。
「そうそう。こちら私の旦那様」
「素敵な簪を付けていますわね」
「僕が贈っタ」
「あら素敵。お嫁さんにぴったりな色合いですこと」
「デショ」
………
待ってー。私を残して二人で盛り上がらないでー恥ずかしいぃぃぃ。顔が熱くて仕方ない。
話が長くなりそうな気配を察して、私は早々に上品朗らかマダムとトイプードルに別れを告げてカミキリさんの手を引っ張った。前回とは逆にマダムたちに向かって手を上機嫌に振るうカミキリさんを一瞥して視線を前に戻した。

「──僕ノお嫁さン」

それはもう満ち足りた声色で呟いた本人が私の腕に額を摺り寄せている。幸せそうに目を閉じて身を委ねるカミキリさんの姿に私はそんなに先の冗談が嬉しかったのかと小首を傾げた。
そもそもお嫁さんが私でいいのか。子供の考える事は分からんね。



マンションに戻り簪を外すのを忘れそのままにしていたら、買い物から帰ってきたツヅミが私の事を見るなり持っていた買い物袋をどさりと落とした。大丈夫かそれ、卵とか入ってないよな。
しょーがねえなあ、と腰を上げ落とした買い物袋を拾い上げたのと同時に彼女に思いっきり両肩を掴まれた。振り払うほどでもないが、力が強くなっていき震えている手から視線をツヅミに戻す。
「な、なななな……ッッッ」
「な? バナナ?」
「なんつーもんを貰ってんですか貴女という人はああああ!!!!!」
鼓膜が破れんばかりのツヅミの大声に思わず隣部屋に籠っていた有希がひょっこり「ナンダなんだ?」と顔を覗かせた。
私は甲高い耳鳴りが収まるまで耳を抑え、消えたのを見計らい手を離すとツヅミが戦慄く声で問い掛けてくる。
「それ、神斬り様からの頂き物ですよね……?」
「おー、よく分かったな。日頃の感謝とか言ってくれたんだよ。律儀で微笑ましいよなあ」
「ヒュッ」
短く息を飲む悲鳴を上げたツヅミは倒れそうになるのを必死で耐えたが、その額には冷や汗が滲み出ている。
体調悪いならはやく休め~? 残ってる家事適当に私がやっとくから。有希悪いが今日の夕ご飯カップ麺な。
「意味分かっているんですか? いや、分かりませんよね東雲さんは一般の方だからそういう知識持ち合わせていないのは当然の事ですよね……
「どうシタ?」
「いや、私もさっぱり分からん」
ふよふよ浮かんで合流した有希と顔を合わせ一緒に首を傾げていると、ひと際大きく長い深い深い溜息を吐いたツヅミの沈んだ声が部屋に響く。

「──まずは祝いの言葉を述べさせていただきます。おめでとうございます」

ツヅミの言葉の意味が分からなくて私が怪訝な顔をしていたからか、およよと眼鏡をずらし袖で拭うほどにツヅミが泣き出してしまった。え、なになに。私そんなに酷い事した?
「ツヅミィ、どうした? 私なにかやっちゃいけない事したか? したなら謝るからごめんって。だから泣き止めって」
「違いますぅ~いや、違くはないんですけどぉ~」
「だったらなんだってんだよ」
要領を得ない問答に有希が飯の催促をし始めた。
私は有希を宥めつつ、ツヅミの言葉を待った。
「これから先、諸々とんとん拍子に進むと思います。いえ進みます。覚悟しておいてください」
「なあ、話が全然見えないんだけど」
「東雲さん。貴女は神様から神力が籠められた贈り物を断らず受け取りました。その時点で成立してしまっているんです」
「だからなにが?」

「東雲さんはぁ! 神斬り様のところにお嫁に行くんです!!」




「──はぁああああ!?」

ご近所迷惑必須な声量が私の口から出た。隣にいた有希はその五月蠅さに文句を言い、ツヅミに至ってはおよおよ泣き続けている。頭が混乱してわけが分からない。簪ひとつにそんな思惑あるなんて私が知るわけないだろっ。がちがちに固まった手で簪を髪から抜き去り目の前に持ってきた。簪越しに浮かぶ最近のカミキリさんの言動に何処か納得してしまった自分が其処に突っ立ってた。ん、待てよ。
「返せb」
「一度受け取ったが最後、返却不可です」
「私の言いたい事先に潰すなよ」
クソでか溜息を吐いていれば、涙が流れなくなったのか鼻を啜り目元を拭うツヅミと目が合った。
「でも、良かったですね。神斬り様は優しい神様ですから、目を背け口に出すのも憚れるような事は起きないと思います」
「今、さらっと怖い事言ってない? ねえ? ツヅミさん?」

その後、本当にとんとん拍子で結婚式の日取りが決まり私はカミキリさんのところへ嫁ぐ、らしい。
実感が全然湧かない。でも、隣に座る紋付き袴のカミキリさんのすっげー嬉しそうな横顔を見るなり、そうなんだなって独り言ちる。ただ、ひとつ疑問があった。
「カミキリさんは私で良かったの?」
どんちゃん騒ぎになっている会場を見渡していたカミキリさんが屈託のない言葉でこたえた。

「僕はアナタとが良かった」

私の髪に刺した簪が同調するようにリンと音を鳴らしたような気がした。