【スズ東】「な~んも知らない素人がよ」

かなり幻覚妄想強めです。
🔔🍮でメンタルオリハルコンフィジカルつよつよ🍮さんだけど人間には変わりないかつ専門的な知識がない一般人なため今日日までたまたま無事だっただけで余裕でオバケ関連のよろしくないトラップに掛かってしまうのをその類の専門家的な人間でもある🔔くんが対処していくよってお話(長い。

大粒の涙を流すわけでもない分厚い雲に覆われた日。鈍色の雲に吸われ弱まった太陽の光に照らされる世界の一角、視線を感じ振り返れば必ず≪そいつ≫は其処にいて、≪そいつ≫が視界に入るたび鼻に何かが焼け焦げた臭いがこびり付く。

共同ゴミ収集所の一角。コの字型に囲まれたブロック塀の端の根元。長年の風雨に晒され色褪せ一部塗装が剥げた小人をモチーフにした30㎝程度の置物が無言で佇んでいる。丁度コの字の内側に入っていない所為か、いつもゴミ収集されずに残り続けている≪そいつ≫は何故か曇りの日にしか現れない。
「どっか誰かの落とし物や忘れ物、じゃあねぇよな流石に」
ゴミ出しついでに目に入るものだから、これまた事のついでにコの字の内側に寄せるべく手を伸ばす。
すると、≪そいつ≫はいつも音も無く手からすり抜け消えてしまっていた。感覚で分かるこれはオバケの類だと。なにせ曇りの日にしか見かけない上に今まさに手からすり抜け消えていったときた。
「今度話し掛けてみっか」
うまくすればマンションの一部屋が埋まり、完全不労所得生活への道にまた一歩近付く。紹介するバイト先は監視系の仕事あたりが無難だろうか。まだ入居もなにも決まっていないどころか話すら付けていないのに顔がニヤついちまって仕方ない。
上機嫌にサンダルをカラコロ鳴らしてマンション入り口まで戻れば、敷地内を竹箒で掃除しているツヅミに出くわしたのだが。
「うっわ。東雲さん悪そうな顔してる」
あからさまに渋い顔をされてしまった。解せぬ。



〇月×日 天候は曇り 気候はそこそこ
前回出会った日から随分経っちまった。なにせ悉く快晴な日が続いてしまったのだからどうしようもない。
重苦しい空の下。ゴミ捨て場が視界に入るなり≪そいつ≫の姿も見えた。途端、鼻を掠める焼け焦げ臭いは≪そいつ≫に近付くにつれ濃くなっていく。
「そこ雨風とか防げないっしょ、私そこのマンションの大家やってんだけどウチに来ない?」
腰を屈めしゃがみ込み前は黒色だったであろうくすんだ白目としっかり目を合わせて話す。
サムズアップした右手をそのまま、自分の後方にあるマンションをくいっと指さした。
「どうよ?場所もそこからそんなに遠くない目と鼻の距離、あっ消えた」
手を伸ばす前にまたスーッと音も無く消えてしまった。くそ、勧誘失敗か。そもそも会話らしい会話すら出来ていない。これはもう現れないパターンか、特に気にせずこの場所に留まり続けるパターンか、どっちだ。
「──、嫌な臭いがすんな」
今日はゴミ収集日ではないため、置き場にはゴミひとつない。なのに何かが腐った臭いが焼け焦げた臭いを上書きするように漂ってきやがる。汚れもそこそこ目立ってきてるし、あとでホースの水ぶちまけてここ綺麗にすっか。しゃがんでいた腰を上げ、空を見上げた。相変わらずな空模様だが、いっそのこと雨でも降ってくれればホースを持ってくる手間もなくなるのにと思わずにはいられない。

管理人室にある用具入れで埃を被っていたホースリールを引っ張り出し、外に備え付けてある鍵付きの蛇口にホースの端をグッと押し込んだ瞬間、背後から声が聞こえた。すぐ耳元で囁かれたような、それでいて遠くから呼ばれたような声につられゆっくり振り返る。振り返るのに合わせ流れる視界の中、徐々に視界に入り込む≪そいつ≫の姿を認識するなり、ここまで臭っていなかった腐った臭いが鼻についた。
「んなことより、やっぱし入居する気になってくれたってか」
膝を一度叩いてから屈めていた腰を伸ばす。声を掛けたのは十中八九再び現れてくれた≪そいつ≫で間違いない。視線を逸らさず、体をゴミ捨て場へと向け、そのまま歩き出す。≪そいつ≫との距離が縮まるにつれ、鼻が曲がる臭いに顔を顰め、思わず鼻をつまんだが流石にこの状態では失礼にあたるので気合で我慢した。
視線を合わせるべくしゃがんで白く濁った≪そいつ≫の目と目を合わせる。
「やあやあ。私のことを呼んでくれたのは君か──?」
ぎぎぎ、と。錆びついた時計の針みたいに≪そいつ≫の顔が此方を見上げるべく動き。そして、ゆっくり瞬きしたのを見た瞬間、後頭部を思いっきしぶん殴られた時のように視界が揺れた。
思わずバランスが崩れ、尻餅しそうになるのを耐えれば自分の口から変な言葉が零れ落ちる。

『久方ぶリ、人間のカラダ』

自分の口と頭に響く声は聞き覚えのないものだった。というより頭がくそ痛ェ、なんなら腹も痛くなってきた。
さっきからずっと視界が揺れているのか頭自体が揺れているのか分かりやしない。酷い立ち眩みが常時発動している世界の中、今し方までいた≪そいつ≫の姿は見えなくなっていた。
「あいつ、何処に……
揺れ動く感覚を如何にかしたくて無意識に頭を押さえるが一向に揺れは収まらない。鼻につく水に浸かり続け腐った草の腐敗した臭いが胃の底から吐き気を込み上げさせてくる。
そんな状態だったがために後ろから誰かが近付く気配になんて到底気付くわけもなかった。



また管轄内で面倒な事が起こったから、今度こそ有難く手伝いをさせてやろうとわざわざ出向いてみたら如何だ。しゃがみ込んだまま震源地テメーかって位、体を左右前後に揺らしておきながら器用にバランスとってやがる。
「なにベタな罠に掛かってんだよ東雲薫」
言霊使いが聞いて呆れる。性質の悪い悪霊に半分憑かれてるとか世話ねぇぜ。
「(……まあ、ツヅミ姉も言ってたかコイツはただの一般人だって)」
専門的知識はおろか此方側の世界の事を詳しく知らないただの人間。ったく分かり易く霊障受けてる姿にため息が出ちまう。
かろうじてボクの声が聞こえたのか、辺りをキョロキョロ見渡して此方を見上げた。
「あんたは……えーっと……ツヅミ、おとうと?」
「日下部リンだ。ちゃんと可愛いボクの名前覚えとけよ」
「スズ、だったけか……?」
「テメー人の話聞けっての!」
「そんな大声、だすなって今、すっげー頭が痛ェし、腹も痛くて気持ち悪いんだから、よォ……
鬱陶し気に耳を塞ぎしかめっ面する東雲薫に以前の覇気は感じられない。今の状態ならボクでも簡単に仕返しが出来そうだ。なんて馬鹿な考えから目を逸らし、丸まった背中に札を張り付け念じる。東雲薫の体の揺れが止まるのと同時に薄汚い悲鳴染みたものが漏れだしてきた。
そぉら。はやくその男女の体から出て行け。その体の中はもう居心地が悪くて仕方ないだろ。
「うっ!?やばッ」
「どしたー?」
そんなこと分り切っている。あからさまに口元を押さえる様に目を細めて問えば、込み上がってくる嗚咽を必死に喉奥へ押し込んでいるのか東雲薫が途切れ途切れに言う。
「なんか喉の奥で、大量の虫が、虫の脚が、喉引っ掻き回してる感じが、して気持ち悪っ!!」
そして、東雲薫のリスかハムスター並みに膨らんだ頬は呆気なく萎んだ。呻き声をあげ、ゲーゲーと吐き出す様に、ビチャビチャと吐瀉物に紛れ吐き出された悪霊の破片に、ボクはわざとらしく侮蔑の視線を投げかけ彼女の横にしゃがみ込んだ。
「うわー汚っねえ」
煽ってみたが東雲薫は嘔吐し続け何も言葉を返さない。彼女の口端から漏れ出ている悪霊の黒い尾を確認してからボクは丸く震えている背中を擦る。
「ほら、全部出しちゃえ出しちゃえ」
一度此方を横目で見たが、すぐに視線を前に戻した。何かしら言いたげな眼差しだったが、それどころじゃないんだろう。というか、東雲薫から出たところを封じるつもりだったってのに悪霊が原形留めてないとか何なんだよ。コイツ言霊使いなだけだろ。他に何かしらの特殊な力でもあるってのか。
……あんがと」
「──別に」
弱々しく礼を述べる東雲薫から視線を逸らす。
何かに切り刻まれたかのように細切れになって出てくる悪霊の欠片。別に封印しなくても勝手に消滅する欠片の全てが東雲薫の体から吐き出されるまでボクは背中を擦り続けた。



「はー、スッキリした」
「汚物こんだけ腹からぶちまければスッキリするだろ」
やっとボクの言葉に反応して苛立つくらいには回復したのか勢いよく立つ彼女の背中から札を気付かれぬよう剥がした。東雲薫がわなわなと拳を握りしめ、今にもぶん殴ろうとする姿に身構えていたが、あの思い出すだけで腹立たしくなる痛みは飛んでこなかった。
「あーあ。自分で掃除の手間増やしちまった。くっそ、口の中が酸っぱ苦ェ
意図的に怒りの感情を抑え、意識を他へ向け踵を返す東雲薫の姿に思わず凝視する。てっきり今度は平手ではなくグーが飛んでくると思っていたから尚更だ。
……丁度いい」
背中を向けマンションの方へ歩いていく東雲薫を一瞥してから先程背中からはぎ取った札を悪霊の欠片塗れの吐瀉物の上に落とす。時間差で発火する札の火に焼かれた悪霊の欠片が未練たらたらな情けない悲鳴の尾を靡かせ消滅した。
よし、と。一人確認していれば東雲薫が先端にシャワーノズルが付けられたホースを持って戻ってきた。
「はい、持ってて」
「は?」
「私蛇口捻ってくるから。それまで、ちょっと洗い流しててな」
「はああ!?」
有無を言わさず押し付ける形でホースを渡された。何でこの国宝級に可愛いボクがくっそ汚いゲロを水で押し流さなきゃならないんだ。地団駄を踏んで抗議しても東雲薫は我関せず、遠くから「頼むわー」っと暢気な声で言う始末。程なくしてホースの中を通ってくる水の感覚にボクは致し方なくシャワーノズルを吐瀉物に向けた。
「うわぁ~
水で希釈され洗い流される光景に辟易する。自分の足元に掛からぬよう避け水を掛けていたら、今度はデッキブラシを肩に掛けた東雲薫が後ろから現れた。
「んじゃそこの排水溝に押し流してくっから」
「チッ、分かったよ」
手際よく吐瀉物とついでゴミ捨て場をデッキブラシで磨いていく東雲薫の動きに合わせてホースの水を掛ける。
これで汚れが可愛い服に跳ねたらクリーニング代請求してやる。そう思っていたが特に汚れることもなく終わった。吐瀉物に塗れようが札の灰の力もあってか、心なし澱んでいた空気諸共ゴミ捨て場が目に見えて綺麗になった。
普段の死と隣り合わせの任務と違った達成感に知らず張っていた力を肩から抜き一息ついた。
「ん?」
手に持っていたホースも力が抜けたように緩くなり、シャワーノズルから出ていた水も止まった。
「はい、お疲れさーん」
いつの間にか蛇口を閉めに行った東雲薫がボクに向かってブンブン手を振っていやがる。しかも、このボクに要らぬ汚い労働をさせたというのに悪びれる事もなく笑顔でだ。いっそのことホースを投げ捨てたい気持ちが浮かんだけど、ボクは心が広いから仕方なくホースを持ったまま東雲薫のもとに歩き、彼女の前にズイっとホースを押し付けた。
「可愛いボクがテメーの後始末手伝ってやったんだから、東雲薫お前もボクの仕事を手伝え。拒否権は無い」
「いいぜ」
断られる事のも念頭に入れ威圧的に言い放てば、それは実にあっけらかんと返ってきた。正直調子が狂う。
そもそも東雲薫という人物に出会った時からずっと調子が狂いっぱなしだ。今尚ホースを片付けながら行き先を背中越しで確認してくるのもそうだ。コイツを見てると何か変に胸の奥がザワついてしょうがない。
「ツヅミにも声掛けねーとな」
「姉さんは別にいい」
咄嗟に出た言葉は自分でも驚いた。本当は姉さんにも来てもらう気だった。その方が東雲薫をうまく使えると思ったからだ。でも、ボクの口から出た言葉に東雲薫は一度虚空を見遣ってから「そうなん?それじゃあ一言掛けてから行くか」と特に怪しまずホースリールを抱えてマンション入り口内に向かって歩き出し、間を置かずこれまた大きな声で「今から行けるぜー」と手ぶらになって戻ってきた。
その、その、何ともないって顔見てると如何にも苛々する。ムカつくムカつくムカつく。
「え?なに怒ってんの?」
……怒ってない」
苛つく気持ちを落ち着かせ、影の中から紙飛行機を取り出させた。
「お!これ乗って行けんの!?」
「こっから歩いていくと遠いから今回は・特別に・乗せて行ってあげるよって勝手に乗るな!」
ふわりと浮いている紙飛行機に許可なく跨ったがために紙飛行機が無様に落下した。いってー!と言いながら強かに打った腰を擦ってる姿に思わず苦々しい顔になる。これは操作するボクが乗らないとうまく飛べないのを口酸っぱく説明したが、コイツ分かってんのか分かってないのか兎に角乗りたいってオーラが駄々洩れだ。
本来一人乗り用だがボクの力を持ってすれば二人乗るなんてわけない。
「落ちると面倒だからちょっと詰めて乗──ッ!?」
「あいよ」
横向きに座ったボクの隣に隙間なく詰めて座るだけじゃなく、ボクの腰に東雲薫の腕がグッと巻き付いた。反射的に出そうになった甲高い悲鳴を無理くり飲み込んだボクは間近にある東雲薫を睨みつける。
……ちか、」
「ちか?」
「~~~近いッ」
「えー?だって落ちるの嫌だし。それより早く飛んでくれよ!なあ!なあっ!」
「ぐぅぅ~~~!!!!」
ボクの腰元に巻き付く腕の力が馬鹿力過ぎてボクの体が東雲薫に引き寄せられた上に、ボクの肩に、柔らかい、感触が、東雲薫が早く飛んでくれと興奮して動く度に、あた、る……
「がああっ!少しは大人しくしろ!じゃないと振り落とすからな!?」
食いしばっていた歯をこじ開けて叫んだ声はボクらしくない可愛くない声だった。可及的速やかにこの状態から脱却するためにボクは普段以上に力を込め紙飛行機を飛ばした。
すぐ隣から聞こえる阿呆みたいにはしゃぐ声から必死に耳と意識を逸らし、一応落ちないよう保険として腰に巻き付いている腕を掴み続けた。