大地を眩く照らす太陽は暗がりの海に沈み、穏やかに眠る者の寝顔を優しく撫でる月は息を潜め、星ひとつ瞬かない空は何処までも黒一色に染め上げる。
「ここはどこなのでせう」
見上げる空は夜の色。されど、決して真っ暗ではない世界にひとりポツンと佇むこひなは小首を傾げた。
後ろから風が吹き何かのざわめきが聞こえる。振り返れば、大輪の向日葵畑が広がっていた。暗がりの世界に浮かび上がり、皆一様に風に吹かれゆらゆらと揺れている。こひなの背丈より高い向日葵達は普通であれば太陽に向かい顔を向けているが、太陽無き今自分達より背の低いこひなに顔を向けている。風に揺られ動く様はまるで笑っているよう。
ただ、特に動じることのないこひなにとって不気味な光景の不気味さの意味を成しえなかった。
「市松はコックリさんに内緒でかぷめんを食べていたはず……」
記憶の糸を辿り何故このような場所に来たのか推理する。だが、残念なことにかぷめんにお湯を注ぎ3分待っていたところまでしか思い出せなかった。
こひなが渋い顔で唸っていると、後ろから声が掛けられた。それは口調が明るいにもかかわらず、今置かれた世界より昏く底の見えないものだった。
「やっと二人きりになれたの」
お嬢ちゃん。
省エネモードではない。向日葵畑の向日葵より背の高い天狗が其処にいた。
「天狗さん」
「どうじゃ?ココ、気に入ってくれたかのう」
こひなに目線を合わせるべく腰を屈めしゃがんだ天狗の手の甲がするりとこひなの頬を撫ぜる。
指先で濡羽色のこひなの髪先を弄ぶさまは頗る上機嫌と言える。
「ぺっ」
対して情け容赦なく唾棄するこひな。気にいるもなにも真っ暗で向日葵だけが続く世界にかぷめんという尊き存在がない。それだけで唾を吐き捨てるに値する。そもそも食べようとした時に連れてこられたのだ。
思い出すだけでも腹が立つのは極々当たり前のことだった。
「その反応は織り込み済みじゃ」
言うが否や天狗は懐から如何いうわけか熱湯が注がれ今まさに食べ頃のカップ麺を取り出した。
香しい香り、愛おしいフォルム。目の前に差し出されたカップ麺を受け取り蓋を剥がせばあたたかな白い湯気がこひなの視界を覆う。
素早い動きでこひなもまた懐に何故か忍ばせていた割り箸を取り出し小気味よく割った。
「これぞ約束されたビクトリー」
「うむ、うむ。良い食べっぷりじゃ」
無表情で麺を啜るこひなの頭を殊更嬉しそうに天狗の手が撫でていく。
そして、天狗はこひなが食べ終わるまで撫で続け、食べ終わったカップ麺の容器と割り箸諸共指を鳴らしたと同時に消したのだった。
けぷり。可愛らしく息を吐くこひなの小さな体を天狗が抱き抱える。
「どうじゃ?満足したかのう?」
「まだまだ足りませぬ」
「お嬢ちゃんは欲しがりじゃなあ」
欲しがりも何も連れて来られる前はかぷめんを二個食そうとしていたのだから最低でもあともう一個必要なわけで。こひなは抗議すると云わんばかりに天狗の仮面に隠された顔面を勢いよく叩いた。
もう一個、もう一個。なんならありったけ、かぷめんの山を差し出せ差し出せ。と、どんどん要求量が多くなっていくが、天狗は気にも留めず仮面の下で笑うばかり。
「ならワシの処に来るといい。お嬢ちゃんが望むものたーんとやろう」
「それは嫌です」
あれだけごねていたこひながきっぱり断る様に天狗のこひなを抱き抱える腕の力が僅かばかりに強くなる。
「市松はコックリさんたちがいる家に帰るのです」
なので、かぷめん置いてこひなを元の場所に帰すのです。
そう言い放つこひなに天狗の機嫌が悪くなるかと思いきやそうでもなくクツクツと笑い肩を震わせる。
「じゃが、お嬢ちゃんはワシから渡されたモノを食うたであろう?」
もう帰れんし、帰す気もない。
鼓膜を通り越し頭の中で響く天狗の声は何処までも楽し気で何処までも暗く底が見えない。
こひなの深い翡翠色の瞳に映り込む天狗の姿は背中から生えた雄々しき翼を広げ今まさに羽ばたかんとしているところだった。
漆黒の闇が横たわる夜空に舞い上がる寸前、轟音と共に暗闇に罅が入り怒気MAXのコックリさん達がなだれ込み飛翔しかけた天狗を妨害したのだった。
「おいコラてめぇ!こひなの姿が見えなくなったと思ったら何してくれてんだクソ天狗!」
「私を差し置いて我が君を攫おうなどという不届き者にはたっぷり鉛球を差し上げましょう……」
「え?嬢ちゃんカップ麺もらったから食べた?おい、狐あれアレ持ってこい、あー吐かせるやつ」
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