【カミ東】それは何時しかよすがと為りて

スキンシップ多めな🍮さんにはスキンシップ多めの🔪様ぶつけんだよ。

事の始まりは何だったか。
「えーと……?」
東雲は今目の前で起きている出来事が上手く処理できないでいる。
五月蠅いくらい頭の中にこだまする蝉しぐれに紛れ何故このようになったのかと東雲の記憶が巻き戻される。

確か今日は朝の時間帯から体温並みの気温を叩きだす馬鹿げた日だった。
暑い溶ける暑い溶ける。汗で体中の水分が出てしまい干乾びる。いっそ科学の力に魂を売って涼しさを得ようと考えるも、結局電気代節約の文字に圧し潰され唸る他なかった。
殺人的な暑さにも拘わらず、台所に立ち昼食の支度をしているツヅミは涼しい顔して火を扱っている。長袖かつひざ丈まである割烹着を着こなして、である。
もともと我慢強いのか、そのように育てられたのか、はたまた札とやらを使って凌いでいるのかは定かでない。
もう無理だわ」
茹で上がった東雲の思考回路はコンビニでアイスでも買ってこよ、と指示を出し昼食の準備をしているツヅミの横を通り抜けヨタヨタ玄関から出て行ったのだった。

涼しい空間に別れを告げる時は何時だってコンビニ店員の声と自動ドアの開閉時になる陽気な音。
「くっそ暑いなこのやろう」
東雲はコンビニから出た途端、ビニール袋から氷菓系の棒アイスの鷲掴み封を切ると同時に速攻齧りついた。
水色の爽やかパッケージに映える毬栗頭の少年は実に夏らしさがある。自分の分の他にツヅミと有希の分、あと適当にいくつか買った東雲は食べ歩きながらマンションに向かって歩を進めた。
しゃくりしゃくり。小さな氷が砕け溶ける小気味よい感覚と舌先に広がる冷たい甘さ。冷たくて美味しいひと時はあっという間に過ぎ、自分のマンションが見える頃にはすっかり無くなってしまった。
だが、天は東雲にささやかな贈り物を贈った。
「お、ラッキー」
アイス棒に印字された”一本あたり”の文字。次回交換して貰うべく、アイスが入っていた袋に入れ直していれば後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこには仕事帰りのカミキリがいた。
たった数十メートル先のコンビニに行っただけの東雲のTシャツには既に汗がぽつぽつと滲んでいるというのに、ツヅミに負けず劣らず真夏の日に袴姿の神様は暑さなぞ苦でもないのか一切汗をかいていない。
「──ラッキー続きじゃん」
へっへっと悪い顔で笑う東雲の目は獲物を見つけた悪人の其れである。
改めてカミキリと向かい合った東雲は腰を直角に曲げ、手に持っていたビニール袋を差し出した。
「等価交換! アイスあげるから食べてる間だけ抱っこさせて! 頼む!!」
「・・・」
虚しいくらいに響く蝉の鳴き声。
特に動くことのない気配に東雲が諦めかけたその時、カサリとビニール袋が擦れる音と共に持っていたビニール袋が少し軽くなった。
勢いよく顔だけ上げて確認すれば、先程東雲が食べていた氷菓系アイスシリーズの期間限定版をカミキリが掴んでいた。無言だが掴んでいるということは、つまりそういうことである。
「おひょひょー。交渉成立! やっぱ涼しい~」
相変わらず冷却材代わりは遺憾であるものの、まあアイス分はいいかという雰囲気が顔から滲み出ているカミキリの後ろに回り込み両脇に手を突っ込んで勢いよく抱っこする東雲の足取りは至って軽やかだった。
通勤鞄とアイスが落ちないよう掴んでいるが、足元だけは踏ん張りが効かず東雲が歩くたびにカミキリの足が左右に揺れ動く。
そして、アイスを食べている間という制限は東雲の部屋の中まで続いた。
「ツヅミーアイス、冷凍庫に入れといてー」
「って、またコンビニ行ってたんですかってうわあああああ!?」
特に視線を向けず東雲からコンビニのビニール袋を受け取るなり冷凍庫に入れ、これはもう一言言わなければと冷凍庫の扉を閉め振り返ったツヅミは再び冷却材代わりにされている神様の存在に気付き声を上げた。
しゃくりしゃくり。氷菓系アイスを食べているカミキリを抱きかかえたまま、よっこいせと腰を下ろそうとしていた東雲がツヅミの声に驚き一時停止するもすぐさま眉根を顰めた。
「今回くらいいいじゃんかよ~。ほら、アイスあげてるし」
「だからって神様を冷却材代わりにしていいわけないでしょ!」
「くっそ! ズラかるしかねえ!」
「あ、コラ! 待ちなさーい!!」
カミキリが食べているアイスは残り半分。その時間分だけはどうしても涼みたい東雲は脱兎の如くカミキリを抱えたまま部屋を後にした。
なんとか追い掛けてくるツヅミを撒きマンションの裏手に身を潜めた東雲がマンションの外壁越しにチラリと追ってないことを確認する。遠くで「もー! 東雲さんどこ逃げたんですかー!」みたいな声が聞こえるものの、こちらに来る気配はない。
東雲がホッと肩の力を抜くのも束の間、タイムリミットは何の前触れもなく訪れた。
「食べ終わっタ」
「あ」
アイス棒を見せるため上半身を捻り見上げるカミキリの姿が東雲の瞳の中に映り込む。
幸か不幸かアイス棒には先程東雲が食べていたのと同じ文字が印字されていた。
ツヅミから逃げるため大きなぬいぐるみよろしくカミキリを抱き抱えていた腕を緩める。走ったおかげで逆に体温が上がってしまったが約束は約束。不承不承。涼しさを自ら手放した東雲は名残惜しそうにカミキリの頭を撫でた。
柔らかく絹のように透き通ったカミキリの髪は滑らかな潤いがあるものの、汗ばむ概念とは無縁なのかとても触り心地の良いものだった。
「それ、当たりだから棒洗って交換しに行くといいよ」
「アタリ」
「そ。その棒持ってくとアイス一本貰えるんだよ」
「大家さんにアゲル」
「え、いいっていいって。当てたのカミキリさんだし貰っといて?」
「大家サんがもらって」
「う~、分かった。あ、ありがとう
面と向かって礼を述べるのはむず痒く、極力カミキリを見ないよう当たり棒を受け取ろうとしたのが悪かった。
当たり棒は東雲の指先から抜け落ちアスファルト塗装の地面に落ちてしまった。落してしまったものを拾い上げようと屈むべく動いたその時、東雲の背中に回すようカミキリの腕が伸びてきた。
素っ頓狂な声を上げる暇もなく、先程まで撫でていた触り心地の良いカミキリの髪が東雲の視界を染めあげる。
東雲の頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。
カミキリから当たり棒を貰おうとしたけど棒を落として、それから、それから……



「えーと……?」
漸く冒頭の状況に戻ってきたが、悲しいかな先程までの出来事を振り返っても結局何の役にも立たなかった。
高さ的にカミキリの頭もとい顔が丁度東雲の胸元に埋まっている状況に東雲の顔が紅潮していく。
「い、や、離れた方がいいってカミキリさん。私いま汗でびっしょびしょで気持ち悪いっしょ?」
ただし、カミキリの顔が自分の胸に埋まっている状況は状況でも汗でビショビショの方を気にしているのである。
散々汗かいた状態でカミキリに抱きついていたのに、である。
離れた方がいい。東雲の言葉にカミキリの抱きしめる力が僅かばかり強まった。微かにあった隙間さえ今はほとんどない。胸から伝わるはっきりとしたカミキリの存在に東雲の眉尻が頼りなく垂れ下がる。
「なあ、カミキリさん怒ってる?」
………
「ごめんってば~。なんか喋ってお願いだから~。あ、でも涼しぃぃぃ~」
マンションの裏手で体よく影の中にいるとはいえ、太陽の下よりか多少マシな程度の気温に身を置いている東雲は申し訳なさを感じながらも齎された涼しさに抗うことは出来なかった。
無意識にカミキリの背に東雲は腕を回した。すると、カミキリは更に東雲に顔を摺り寄せ抱きしめる力を強くする。
まるで待っていたと言わんばかりの反応。
だが、東雲は何か言う事もなくただただ、……中途半端な態勢のお陰で腰への負担が洒落にならなくなり悲鳴を上げるその時まで全身で涼しさを味わっていた。