冬を待たずショベルカーの大きな爪が拝殿を削り取ろうとうなり声をあげている。商店街の方はもう取り壊されはじめ、工事現場の人がお辞儀をしている看板や黄色と黒色の棒に赤いコーンが商店街だった場所をぐるりと囲っている。その囲いの内側には工事道具やシートを被った木材が雑に積み重なっていた。
ボロくとも人の手入れが行き届き参拝者もそこそこ来ていた神社は今まさに崩れようとしている。ぎゅっと胸の前で握りしめた手は震え、悲し気な音を立て崩れていく光景を規制線の外側から見守ることしか出来ず、少女は混みあがるしゃくり声を飲み込んだ。
変わらず周囲に充満する工事作業の怒号でうるさいはずなのに静寂が少女の身を包み込む。ゆっくり動く世界の中、大きなムカデの神様が苦しんでいる姿を少女はーーこともは見た気がした。
それは悲しんでいるようにも悔やんでいるようにも怒り微かばかり諦めているようにも見えた。無機質な節が擦れあうキシキシとした音。幾重にも重なった牙から聞こえるキィキィした声が解体が進むにつれ弱く小さくなり終には聞こえなくなってしまった。
胸の前で強く握った手の中にはこの神社の神様からもらったお守りを握りしめている。
子供の自分では無理だと分かっていてもこともは工事が始まる前に工事の人に泣き出しそうなのを我慢して訴えた。壊さないで、せめて他の場所に移してあげて、と。しかし、現実はこともの想像していた通り残酷で冷たくて彼女一人の声で如何にかなることもない。滞りなく神社の解体作業は始まった。
大方の作業が済んだのか黄色やら白のヘルメットを被った大人の人たちが神社から離れ商店街の方へ向かっていった。ショベルカーの爪痕が痛々しく残る拝殿は奇跡的に倒壊を持ちこたえているものの吊り下げれていた大きな鈴も、鈴に括り付けられていた太い紐もろとも賽銭箱の上に落ち、もう参拝者の誰一人鈴を鳴らすことはできない。
こともの後方から無慈悲な言葉が飛び交う。大人の事情ありきで進むこの世界は子供一人の力では到底敵わない。
日が暮れて燃えるような夕日が燃え尽き暗い夜が息を吹き返す。
再びムカデ神社を訪れたこともは昼間見るより、よりさみしく佇む拝殿にまた胸の中が痛くなった。もうあのムカデには会えないのだろうかと思った矢先、石灯篭の物陰から何かがカサリと姿を現した。おおきなムカデだった。それは道端や草陰にいる普通のムカデと何ら変わらない大きさのムカデだった。
こともはそのムカデが普通のムカデではないと直感した。出てきた瞬間、境内の淀んでいた空気が澄み渡った。いやな雰囲気はしない。怖くもない。ライトで照らし出される姿は随分変わってしまったけれど、このムカデは……。
知らず流れていた涙をぐいっと拭い、こともはウサギのナップサックの中にある小さながまぐちの財布を取り出し、ちゃりんと10円玉を壊れた賽銭箱に入れた。
「これから毎日おまいりにくるからね」
空元気に近くとも精一杯に笑い軽やかな足取りで鳥居を潜った。振り返る鳥居の真ん中からムカデの神様がうっすら浮かび上がり夜闇の中に消えていった。赤の世界ではない夜闇の中で見るムカデの神様は前見た時より弱々しく、されど赤の世界の中にいた時と同じように威厳ある存在のままだった。
ここからさほど遠くない未来。
新しく建てられた建物の屋上に小さな神社が建てられた。それは新しい建物が建てられる前から住んでいる地域住民たっての願いだった。こじんまりとしているが真新しい朱色の鳥居と大きなムカデを祀る拝殿は立派なもので、時折大きなムカデを見かける噂があるものの誰一人その大ムカデを見たことがないという。
ただ神社が再建された日には赤く染まった空に大きなムカデを見たという子供の目撃情報が相次いだ。
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