豆炭々炬燵
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【ペニビル】妥協したゆえの結果

人間焦っていると判断ミスする事が多々起きる。後悔先に立たずなビル兄ちゃんとメンタルがやや女々しいペヤングなリメ版ペニビルのお話。

昼夜問わず”それ”は普段と変わらず不気味な雰囲気を漂わせているものの何処か言いようのない面持ちで自室に現れた。
定期的に起きる発作に近い相手から齎される迷惑行為。生暖かな吐息が肌を撫ぜ、絶えず滴り落ちる唾液が服に垂れ染みを作る。血のように赤い唇が皮膚に吸い付き時折やわく歯を立て。うねり蠢く舌が目に見えないクリームでも舐めとるみたいに丹念に這ってはザラ付いた表面を押し付けた。
顔面に至っては執拗に舐められ吸い上げられ何度も唇を押し付ける行為をくり返す。半ば鬱憤晴らしに近い嫌がらせが終わった頃には即刻熱いシャワーに身を潜らせなければ他人に見せられないほどの状態だった。何でとはあえて言わないが体中ベトベトのクタクタ。飽きず抵抗したところで力では敵わない押し切れない”それ”に毎度組み敷かれる。
逃がす気なんて更々ない拘束が漸く解かれ気だるげに体を起こす。赤い跡が其処ら中に散りばめられた惨状を見下ろし、無意識に自分自身の体を掻き抱けば目の前で此方をじぃっと眺めていた金色の瞳が微かに揺れ──、視界から消えたのとほぼ同時に白い波に飲み込まれた。耳の奥。頭の中に無理矢理入り込んでくる不愉快な呼び声。今のところ闇の中から手招く声に返事を返したことは一度も無い。もし、返してしまったらどうなってしまうのだろう。なんて考えてもつまらない事は初めて不愉快で気持ち悪い迷惑行為をされた日から考えないと心に決め。それは今でも続いている。
だが、そろそろ身も心もしんどくなってきたのは紛れもない事実。特に友達と遊びに行こうとした矢先にされてはたまったもんじゃない。制止をして止まる相手ならそもそも苦労しない。苛立ちが募り冷静さを欠いてしまったが為、脳裏に差し込んできた黒い光をそのまま口に出してしまった。

もっといいことを教えてやるから 今の行為をやめろ

一言もつっかえず言い切った勢いも借りて涎をだらだら零し続ける赤い唇にそのまま唇を押し付けた。一瞬唖然として動かない隙を突いてすぐさま唇を離し腕で拭う。赤い口紅を付けたまま外に遊びになんかいけない。幸い”それ”は自身の口紅が少し滲んだ口元を白い指先でなぞり何か物思いに耽っている。出掛けるなら今の内。早々にその場から立ち去った。これで待ち合わせ時間に遅れないで済む。先程の出来事を忘れたくて思いっきり遊んだのも束の間、家に帰り自室のドアを開ければ忘れたかった悪夢が帰りを待っていたのか静かに佇み此方を見ていた。
有無を言わさず伸びてくる白い両手。両手で包み込む形で無遠慮に顔をわさわさ触り、唯一の逃げ道も見えない力で閉じられてしまった。
赤い口紅が滲んだ唇から漏れる熱を孕んだ吐息。あの時、黒い光の囁きに耳を傾けなければこんな事にならずに済んだのに。今更後悔したところで再び、それも今度は相手から唇を塞がれては意味がない。
口の中いっぱいに広がり蠢くのは散々皮膚の上を這いずり回り透明な跡を作っていた”それ”の舌。顎の裏側から歯の一本一本まで隈なく取りこぼしがないように舐め、最後まで逃げ回り奥で縮こまっていた此方の舌に絡みつく。同じ感触だからか単純に気に入ったのかは定かじゃない。絡み引き合いに出した舌を執拗に絡め吸い上げる度、くちゅりくちゅりと、粘着質な水音が頭の中を埋め尽くす。本来唇から外に滴り零れる筈だった”それ”の唾液は残念な事に逃げ道を失い舌が蠢くのに合わせ中で混ざり息苦しさの種となっていた。陸で溺れる感覚に思考が霞む。如何にかしたくて致し方なく混ざり合った唾液を飲み込んだ。上下する喉の動きを何処か他人事のように思う傍らくぐもった自分自身の声に息苦しさとはまた別の不快さで眉を潜めた。
「君は一体何をしたんだい」
開口一番言われた言葉に耳を疑い目を瞠る。不甲斐無いかな最高で最悪な行為から解放された後、力が抜けた体は相手に凭れ掛り白い服にしがみ付きやっとのことで立っている。
「私は今お腹が空いて仕方ないんだ」
汗で張り付いた前髪をかき分け額に唇を押し付ける行為は今までのものと明らかに違う。音を立て離れては押し付けてくる”それ”にいよいよ頭から血の気が引いていくのが分かった。
「食べたくて食べたくて如何しようもないんだよビルゥゥゥ~……
最悪な状況がこれ以上最悪になる前に何としてでも逃げなくては。しがみ付いていた手を無理矢理押し退ける形で突っ撥ねた。必死に距離を取ろうと離れようと踏ん張った。だが、”それ”の体はビクともしないどころか開いた隙間を埋めてくる。
「お腹が途轍もなく空いて空いて頭がおかしくなりそうだ。もっと、もっともっと、もっともっともっとしたい。たべ、たい──」
尖った舌先が耳の中に挿入されながら吹き込まれる声が、言葉が、頭の中でぐわんぐわん響き渡る。耳を塞ぎたくても出来ないさせてくれない。延々頭の中にこびり付いて離れない。


体中大惨事になっていた行為が違う意味で重くなってしまった。
でも、未だ何とか想像している範囲で取り返しのつかない出来事には至っていない。
ただ胸を撫で下すまでじゃないって意味で。
暫く経ってから肉を喰らい血を啜る牙と口が舌を噛み小さな傷を負わせた事が起きた。鋭い痛みを感じたのも束の間、一心不乱に恐らく血を吸い上げ啜っていた”それ”は一頻り満足して唇を離したが、何故か苦しげに悲しげに顔を歪ませ柔く何度も唇を食み押し付けてきた。
「違う違う。これじゃない私が求めているのはこれでは、ない……
鉄の味が口の中に居座ってる所為なのかもしくは違う要因があったのか。黒い囁きにまた耳を傾けてしまった。
此方から唇を押し付け恐る恐る舌の先っぽを相手の口の中に忍び込ませ、ぎこちなく自分自身の舌を相手の舌に絡ませた。動かない相手に何処か必死になっていたかもしれない。角度を変え続けている内に周囲の空気が変わった。

嗚呼、私が求めていたものだ

頭の中で直接聞こえる安堵に満ちた”それ”の声。噛みつき喰らう勢いでしていたのと打って変わり、たがひたすら緩く濃厚で絡み求めあう行為に張っていた力がまた抜け出した。小さな痛みがまだチリチリしていたが、それ以上に浮遊感を誘う感覚に視界を閉ざし、見て見ぬ振りだった感覚からさらに目を背けた。