【擬人化蟹】偽りの煌めき【タマモア】

人間になりすましたタマトアさんがモアナちゃんを嫁に貰いに来る話。人間に化けたり色々ねつ造激しいご注意。

テ・フィティに心を返し世界から闇が消え再び平和な時代がやってきた。
長い間していなかった航海も安全になった海ならば何ら問題なく優秀な航海士でいて若き村長のモアナは自ら率先して船団を率い新たな島々を巡る旅に出ていた。
新しい島を見付けるのもそうだが、自分達とは違う部族との交流を築き深めていくこともあった。

そんな折、久方ぶりにモトゥヌイに帰還していたモアナの所へ文字通り珍しい客人が訪れた。
見たことのない衣服を身に纏い、貴金属で模られた装飾品が太陽光に照らされるたびギラギラと煌めき、特に本来あるべき物の代わりに取り付けられている左足から放たれる無機質な輝きはより一層異質さを感じさせる。
「最近島々を巡る船団を率いているという矮小な国は此処か?」
武力行使をしていないものの、あからさまな上から目線の物言いをした男にモアナの顔が思わず渋くなる。
腕を組んだモアナが不敵に笑い「ええ、そうよ」と肯定すれば如何だ。無駄に大袈裟な動きで男がモアナに近付き、無礼にもその肩を抱いた。
「そうかそうか!あんたが彼の有名で優秀な航海士様か!」
「え?なに?有名ってどういうこと?」
「知らないのかい!?いくら海が穏やかになったからと言ってまだ危険な奴らがうじゃうじゃいる、そんな海を!あんたは難なく誰一人欠けさせず無事に航海するってんだろ?!それを優秀だといわないで如何する?ええ?」
がっつき気味に話す男にモアナはたじろぐも抱いていた腕を外させ距離を取った。
手の平を見せるように間に置き制止の構えを取るモアナに男は機嫌を損ねるかと思いきや悪かったという素振りで両手を上げる。
「と、まあそんな優秀な航海士がいる国と我々は是非友好的な関係を築きたいわけだ」
男の指から乾いた音が響くや後方で待機していた者の一人が恭しく頭を垂れながら男の隣にやってきた。その両手には細やかな刺繍が施された布地が乗せ、まるで神に捧げるように膝を折り布を持っている腕だけを上げている。
モトゥヌイの人々が作り切る布の製法とは全く違うそれは深海を掬い取ったような色合いをしており、細やかな刺繍はよくよく見れば金色に煌めいていた。
なるほど、まずは友好の証としての贈り物というわけか。後方にいる両親を見て頷けばモアナの両親もまた同じことを考えていたらしくトゥイが村人の一人に声を掛け何か贈り物を渡そうとした時だった。

「あんたを嫁に貰いたい。これはその花嫁衣裳の材料だ」

異国の者達以外、その場にいた者みなぴたりと止まってしまった。
静かに潮騒が響く中、軽い足取りでモアナに近付き彼女の手を取った男は何のためらいも無く薄い唇をなめらかな褐色の肌に押し付けた。









まさか本当にお姫様になる日が来るとは思わなかった。
詳しく話を聞けば相手は王族だという。つまりそんな王族に嫁ぐものならモアナを言い表す言葉にお姫様も食い込むことになる。なんという皮肉。これでは今度半神半人にどういう顔で会えばいいのか。会ったら絶対からかわれる、と贈られた布で仕立てられた花嫁衣裳を纏うモアナは項垂れ顔を両手で覆っていた。
「これもモトゥヌイのためよモアナ
何度も自分に言い聞かせ、心配する両親を説得してきた日々が彼女の脳裏を過っていく。
まだ言ったことのない場所へ行くってのはワクワクする。そして、楽しい気持ちの裏には何時だって不安がくっ付いていて離れない。
一度大きく深呼吸してからモアナは既に待っているであろうこれから夫となる男のもとへ意識と足を向けた。
薄暗い部屋の中、一人っきりで感傷に耽り気持ちが落ち着いたら外と中を遮っているタパを捲り出る手筈。だというのにタパには思いっきり男の影が浮かび上がっている。
込み上がる溜息を胃に押し込んだ、暗くなった気分をリセットすべく両手で頬を叩き、その勢いのままタパを捲りモアナは外に出た。

「おやおやおや?綺麗に着飾っちまって見違えたな我が妻よ」

豪快にタパを捲った事には驚いた様子だったが、男はモアナの花嫁姿をじっくり爪先から頭の天辺まで見るなり満足気に笑みを深くするのだった。



異国の花嫁衣裳を身に纏い、これまた華々しく飾り立てられた異国の船に乗り込み、いざ友好関係を築いてくれた島へ。盛大な見送りをしてくれた両親と村の人々は涙で視界が見え辛かったけれどずっと忘れないでいようとモアナは祖母に貰った首飾りを握りしめながら心に誓った。

航海は順調、と言い難いものになりつつある。雲行きがどんどん怪しくなりしまいには大時化。船を飲み込もうとする大波に主役であることも忘れモアナが叫び、何とか船を持ち直そうと動き難い格好で駆け回る。
他の船員たちに指示を飛ばすが、モアナの声が届いていないのかはたまた聞こえていないのか異国の船員たちはその場から一歩も動かない。
これはおかしいと察したモアナが自身の夫になる男に視線と声を投掛けるが、何故か男は嵐に焦る所か壮絶な笑顔を称えた面貌でモアナを凝視していた。時たま顔を手で覆っては腹を抱える常軌を逸した行動に転覆する危険からではない恐怖に身を竦め無意識に後退ればその腕を男にぎゅっと掴まれ引き寄せられた。
幸せな気分になど一切なれない状況で男が殊更甘ったるい吐息混じりの声をモアナの頭の中へ直接吹き込む。
何処か聞き覚えのある深い海の底へ引きずり込む呪詛はモアナの意識を奪い、力なく前方に倒れ込む彼女の体を男が抱き留めた瞬間雷鳴が轟いた。
強烈な光が世界を焼き、収まる頃には異国の船から人影が無くなった。今尚不規則に雷光が暴力的な光で異国の船を照らす。何もいなくなった異国の船は荒波にもまれ意図も容易く傾き、その船体を陽の光が差し込まない海の底へと沈めていくのだった。










憐れ海に選ばれ女神に心を返した人の子は魔物の嫁となり
陽の届かぬ世界で過ごす内に太陽に愛された肌は色味を失っていった