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豆炭々炬燵
2545文字
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モアナと伝説の海シリーズ
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【原型蟹】酔い咽ぶ煌めき【タマモア】
へべれけタマトアとべろべろモアナちゃん。
出来れば一度っきりで終わりにしたかった骨で出来た檻から眺める景色にモアナはがっくり項垂れた。
事の始まりは何だ。たしかモトゥヌイで今年一番の酒が出来たので折角だから馴染みの半神にあげるべく意気揚々海に出たのだっけか。何処にいるかは分からないが、モアナが一人海に出ると必ずと言っていいほど彼は彼女の前に現れる。
鼻歌混じりに舵を切り、収納箱に大切にしまわれている酒を見ては笑みが深くなる。喜んでくれるだろうか、なんて細やかで和やかな期待に胸を躍らせていたモアナの視界に何かが映り込む。
それが巨大なヤシガニの鋏だと気付いた頃にはもう遅い。あっという間に船ごと海底に引きずり込まれたモアナはただ今絶賛監禁中である。
無情にも砕かれた船から必死になって酒が入ったココナッツの実だけは死守した。砕けた船から放り投げられた態勢で腕を伸ばし実を抱き寄せたのとほぼ同時にがっくんとモアナの体の落下が止まる。腹部に硬い何かが食い込み息が詰まった。
咽ている間にもモアナの意志とは関係なく視界が動き。止まった時には自慢話を歌に乗せ歌う煌びやかな物が大好きな大蟹の魔物がそれはもう大層上機嫌に狂気染みた顔でモアナを出迎えた。
結論から言えばタマトアはモアナを餌としてマウイをおびき寄せるらしい。
それだけあの釣り針に御執心なのかはたまた単なる嫌がらせなのかは定かではない。
檻の外では塒の主がこれまた聞いてもいないのに囚われた人間に向かって一方的に話し掛けていた。さしあたって殺される心配は無いとしても危害を加えられないとは限らない。なにせ相手は魔物でしかも気まぐれそうな性格をしている。いつ気が変わるやもしれない。
「(ほんとは一番はじめにあげたかったのに
……
)」
陽気で頼りになる半人半神の面影が脳裏を過っていく。自分の所為で彼を危険な目に晒したくない。微かに悲壮に暮れた面持ちをしたモアナは自身の腕に抱いていたココナッツを一度強く抱き、緩やかに立ち上がった。その顔にはもう悲壮感は漂っていない。
「もっと気持ちよくお話したいと思わない?」
胸に秘めた思惑を気付かれぬようモアナは努めて平常心を保つ。
これは一つの無謀な賭け。最悪な方向に転ぶとも限らない恐怖から喉を鳴らす。
「あ~?それは如何いう事だァ?」
タマトアの突出した目玉が訝しげに細められているものの、その巨体をモアナの方へ向けた。
「(食いついた!)これっ 見て!」
「何だ、ただのココナッツじゃないか」
露骨に肩透かしされたとされた云わんばかりにタマトアのテンションが下がる。
だが、モアナはココナッツを右手で持ちぴょんぴょん飛び跳ね訴えた。
「実はこのココナッツ、中身はなんとお酒なの!しかも今年一番の出来のものよ!ほら~お酒って飲むと気分が良くなるじゃな~い?歌だって踊りだって気分が乗った方が楽しいわ!だから、お一つどう?」
差し出されたココナッツを鋏で器用に摘まんだタマトアは逆の鋏で顎下を擦る。眼下を見遣れば屈託のない顔でモアナがタマトアを見上げていた。
鋏で摘まんだまま振ってみれば水っぽい音が聞こえる。彼女の言っている事が嘘でなければこの実の中に満たされているのは瑞々しい果汁ではなく芳醇な香りを放つ酒。
「何を企んでるか知らねぇが、いいぜアンタの誘いに乗っかってやる」
大口を開け舌を突きだしたタマトアは自身の頭上の上で挟んでいたココナッツを砕き割った。ぽってりとした舌の上に大蟹にとっては雫に近い酒が数滴垂れ落ちる。舌を引っ込め口腔内に広がる僅かな酒を堪能するように目を閉じ味わう。
「あ~、ちと物足りないが良い酒だ。もっと飲みたくなる」
「それは良かった」
後ろで手を組みはにかむモアナの足が突如砂地から離れ空に浮いた。
風を切り襲い掛かるタマトアの凶鋏に身構える暇などなく、しまった!と焦り目を瞠ったモアナが自身を掴んでいる大蟹を見遣れば何やら様子がおかしい。もとい、何かが違う。
「だが、なあ~。ヒック、かと言ってェ嬢ちゃんを、返すわけ、ヒック、にはいけ、ヒック」
タマトアの普段薄紅色の顔に朱が走り、ぎょろぎょろな目も何処か眠たげ。触角に至っては根元からたらんと垂れ下がっている。
極めつけはこれ見よがしにしゃっくりをしているのを見てモアナは確信した。
「(酔ってくれた!)」
酒に酩酊している輩は往々にして正常な考え判断が出来ないもの。この機を決して逃してはならない。一縷の光を脱出の望みを掴むべくモアナが言葉を舌先に乗せ口を開けた瞬間、
「大丈夫!必ず戻ってく、」
べろん。
「・・・ひやああああああ」
タマトアが彼女の顔面に向かってその大きな舌を這わせた。違う意味で目が覚める衝撃にモアナの爪先から脳天にまで鳥肌がたつ。しっとりとして柔い感触にまた寒気に襲われ思わずモアナは自身の腕を擦る。
しかし、嫌な感覚は消えるどころか更に上塗りされていった。
「ちょっと、ま、タマト、あ、ひぃいいい~~」
二回、三回。無情にもモアナの気持ちなどお構いなしにタマトアの舌が彼女の顔を上半身を舐め上げる。舐められる度に忍び寄る捕食の恐怖にモアナの体が震えた。
為す術もなく肉厚な舌に蹂躙されていれば粘着質な音に紛れすすり泣く声がモアナの耳に入り込む。押し付けられた舌が離れるにつれ其れは鮮明に聞き取れるようになっていった。
「
……
俺の話を聞いてくれて、酒まで振る舞ってくれた」
顔に付いた涎を腕で拭い取ったモアナの視線の先にはタマトアが悲しげに顔を俯かせ大きな瞳を涙で潤ましていた。
大きな目からボロボロ涙を零す姿はたとえ魔物と云えどモアナの眉を潜めさせ気遣うように大蟹の名前を呼ばせた。
「タマトア?」
緩慢な動きで降下する視界。鋏から解放されたモアナが塒の砂地に降り立ったのと同時にタマトアも緩やかにその白く細かな砂地に身を下ろした。切なく揺れる巨大な双眸が戸惑う少女を映し出す。
「如何して嬢ちゃんは人間で、俺は魔物なんだ
……
」
悲しみに暮れえぐえぐ泣き続けるタマトア。その巨大な鋏に手を置き触れ添えたモアナの表情は変わらず言い表し難いものだったが如何にもこの大蟹の傍から離れるという選択肢は浮かばなかった。
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