【原型蟹】厄介な奴ら【タマモア】

バトルもの(風味)。ねつ造いっぱい。

いつの時代でも強者が生き残り弱者が淘汰される。兎角魔物の国であるラロタイでは常時生き残りをかけた戦いが繰り広げられていた。頻繁に力の優劣が逆転し、一時前の天敵が眼前に屈し次の瞬間にはめでたく腹の中。
残酷でいて単純な弱肉強食の世界で常に上位に位置しているモノ達は限られ、そのモノ達は他のモノ達になどに絶対負けやしないという至極真っ当な強者としての傲りを持っている。それゆえ、自分より格下の相手に対し余裕ある態度をとるのもまた常であった。
陽の光が揺らめき降り注ぐ海面の下、細かな砂を敷き詰められ岩壁に囲まれた塒は外観から見れば巨大な巻貝そのもの。
以前意図せず入り口の幅を広げてしまったため、塒のプライバシーはあるようでない開放感に満ちている。遠目から中を覗き込めばやたら光沢を放つ小高い山染みた何かが塒の真ん中にいる位しか見えず、実際にはその山から巨大な鋏が生え、突出した目玉が随時忙しなく動いていた。
よく目を凝らせばその目玉の先、巨大な二枚貝に腰掛ける少女の姿があった。何やら楽しく煌めく山と話でもしているのか時折微笑んでは視線を上に向けている。
そして、それは山のような体を持つ相手も同じようで度々その巨体を震わせては背中の輝きが岩壁に反射していた。



「如何やら飯の時間のようだ」

数度巨大な目玉が瞬きをしたと思えば、ゆらりその巨体ごと塒の入り口に向けた。
飄々とした言葉の割に其の顔を彩るのは残忍さと狂気を漂わせ、さも愉快だと云わんばかりに歪んでいる。
「あなたの好きなタダ飯、ではなさそうだけど?」
「な~にたまにはアクティブに食べるのも一興ってやつさ」
緊張感のない会話をしている間に塒入り口を潜り抜けた魔物はラロタイでも中々の位置に属している。黒光りする硬い鱗を纏い、鋭い牙が不規則に生えた細い顔、歯の隙間から涎を滴り落している。長い尾は威嚇からかうねらせ、そのなだらかな稜線を描く背には背びれが頭の後方から尻尾先に掛け列をなしている。
「あれ、私見たことあるかも」
「そりゃ運がいい。あれに見付かったら最後、有無を言わさず嬢ちゃんみたいな弱い奴は即飯行き。今頃くっさい腹の中で人生最後の時を絶望して、ってその頃にはすっかり消化されてるか」
「ほんと見付からなくて良かったわ」
意地悪な顔で云う大蟹相手に少女の顔は頗る不満げであった。
そうこうしている間に塒に入り込んだ侵入者がその鎌首を掲げ血のような舌をチロチロ出し入れしている。その視線の高さは塒の主であるタマトアと同じであるが、尻尾を入れた総身長は相手に分があった。
一触即発。ジリジリ間合いを図り凶鋏をかざし牽制しつつ、タマトアの突出した片方の目が自身の脚元を見遣る。
「踏み潰されたくなかったら其処ら辺の物陰にか、お?」
言うよりも早く二匹の魔物から離れ物陰に隠れている少女モアナの素早い対応にタマトアの目が眇められた。
……Good girl」
甘く抑えのきいた声を掻き消すように咆哮した大蜥蜴が大口を開け突進してきた。巨体をくねらせた勢い任せの突進は難なくタマトア自慢の鋏が受け止め。巨体同士がぶつかった衝撃と轟音が塒に響き渡る。
『ギェエエエエエエッッ』
大蜥蜴の首元をがっしり掴んで離さない大蟹の凶鋏がどんどん食い込み、苦しさに耐えかねてか大蜥蜴の長い尾がのたうち回っている。
「おいおいおい。これ以上俺の塒を勝手に模様替えしてくれるな」
空気がビリビリする中、タマトアの面貌が壮絶な笑み一色に染められた。
一閃、蜥蜴の尾が近付くタイミングに合わせ首元を掴んでいた鋏を離し向かってくる尾を其の鋏で切り落した。魔物の鮮血と悲鳴交じりの雄叫びが舞い散る。切り落とされた尾を庇うように身を屈め咄嗟に距離を取った大蜥蜴をニタニタ嗤い見る大蟹はその鋏に付いた魔物の血を口に運び舐めとった。
「如何だ?自慢の尾を切り落とされた気分は?」
未だにビタンビタンと暴れ蠢いている尾を鉄脚で踏みつけせせら笑う――タマトアを影から見ていたモアナの顔はあからさまにゲンナリしていた。
自分の強さを見せつけ相手をとことん甚振る性格はタマトアらしいといえばらしい、が……

『キィ』

すぐ近く。モアナは後ろから聞こえた声につられ振り返る。
果たして其処にいたのはただ今タマトアが一方的に蹂躙している魔物と同じ見た目をしたココナッツサイズの小さな小さな魔物だった。首を傾げモアナを見る仕草に何処か愛嬌がある。鳴き声も高くて可愛らしい。

『キィ』
『キィキィ』
『キキッ』

だが、それが複数系になってくると話は別。よくよく見れば全員目がギラギラしている。
下手に動くと不味い。モアナは息を可能な限り潜め、その場から立ち去ろうと後退る。足裏から感じる砂の感触がやたら誇張され間近で繰り広げられている魔物達の攻防戦すら遠くに聞こえた。
「(あと、あともう、ちょっと)」
チラチラ後方を確認していたモアナだったが、あと少しのところで小さな石に足を取られてしまった。尻餅を付いたモアナに合わせ小さな蜥蜴たちが襲い掛かる。徒党を組み品性のない鳴き声を鳴き散らし向かってくる蜥蜴にモアナの表情が恐怖に強張り、次の瞬間には強かな笑みを浮かべた。
砂地を忙しなく探っていた指先から伝わる堅い感触。待っていたと云わんばかりに強く握り横払いしたオールが見事蜥蜴の顔側面にヒットしそのまま振り抜いた。
『ギャンッ』
「あら失礼」
態勢を立て直しオールを構えるモアナに出鼻を挫かれた小さな蜥蜴達が狼狽しだした。まさか人間如きにと云ったリアクションに少女が不敵に笑う。
「お生憎さま。ただ何もせず食べられるなんて真っ平ごめんな、の!」
腰を低く落とし蜥蜴の懐に入り込んだモアナがオールで蜥蜴の一匹を高く振り上げた。空に浮く仲間の体を茫然と仰ぐ蜥蜴たち。その隙を逃すものかとモアナが次々に蜥蜴たちをオールで振り払っていく。
その様子を眺めていたタマトアの口角が楽しげにつり上がっていった。
「そうだぜぇ?その嬢ちゃんは簡単に喰われちゃくれない。だろ?なあ
よそ見をしていた内にタマトアの巨鋏に大蜥蜴が噛み付いた。鋭い牙を突き立てその身を砕こうとしているらしいが、残念な事に其の殻を砕くことは叶わなかった。噛みつく力を強めれば強める程強固な甲殻に負けた牙が虚しい音を立て折れ砕けた。
其れでも尚、諦めず喰らい付く大蜥蜴を自ら引き寄せた大蟹が相手に囁いた。
「喧嘩を売る相手を間違えたなァ?特に俺の前でアレに手を出しちまうとは、……其の度胸だけは褒めてやってもいい。そして、俺は今機嫌が凄くいい!お前ら一族はみ~んな仲良く俺の腹ン中にいれてやる。無様に、一匹も、残さず、嬲り殺して、なっ」
大蜥蜴の瞳に映る大蟹の顔は筆舌し難いほどドス黒い感情で塗り潰され。両眼の機能が無くなる寸前までその光景を脳内に埋め尽くした。
微かな断末魔を上げただの肉塊という名の飯になり果てたモノを鉄脚で蹴とばしたタマトアはリーダー格が倒された烏合の衆と化した小さな蜥蜴たちをこれまた丁寧に一匹ずつ摘まんでは岩壁にぶつけていった。岩壁に当たり動かなくなっていく蜥蜴たちの山が出来ていく。
「はい、残念逃げんな。嬢ちゃんはこっち」
ひょいっとタマトアに摘ままれ落とされた先は前にも入れられた骨の牢屋。
兎角モアナを逃がさない為というより、踏み潰さないようにと混乱して暴れる蜥蜴たちから隔離するために入れたと云える。
千切っては投げるもとい、摘まんでは投げる光景にモアナの顔があからさまに渋くなる。
「そこまでやらなくてもいいんじゃない?」
「アンタなあ。こちとら許可なく塒で暴れられた被害者よ?お分かり?」
心外だと訴えるタマトアが蜥蜴を持った鋏でモアナを指差せばもう彼女は何も言えない。
というより、言っても無駄なのだと一人言い聞かせた。溜息一つ、持っていたオールを隣に置き骨の牢屋からその光景を眺めてはまた溜息を吐くのだった。