豆炭々炬燵
2799文字
Public ONE PIECE
 

影の子

モリア様がペローナ嬢を拾う話別バージョン×2

雷鳴轟き豪雨が吹き荒れる夜半時。勢いよく窓ガラスに叩き付けられる大粒の涙と泣き叫ぶ風の声が窓や壁を震わせる心地よさ。灯りが全て落とされた室内から重苦しい雲を眺める双眸が爛々と闇夜に浮かぶ。
どっかりとソファーに腰掛け、時折稲光が室内を暴力的に晒すたび、其の悪夢めいた相貌が照らし出された。
「いい嵐だ」
人々の悲鳴染みた風鳴り。良き肴に耳を澄ませ手に持っていたグラスに残る赤い水を一気に飲み干そうとした時だった。嵐に紛れる何かの気配。折角の酒が台無しになる予感は即ち面倒ごとが転がり込んだ事を意味していた。一気に嫌悪に染まる顔を崩さず今はまだ手下のいない館の暗がりに潜ませていた影を蠢かす。
「ったく面倒なこった」
どうせまたアレなのだろうと頭の隅に置いてあった出来事に嘆息を吐く。
呪い殺されたのか、はたまた悲運の死を遂げたのか定かではない。とかく新しい住み手も見付からず荒れ放題となった不気味で居心地の良い館に勝手に住み着いていたら如何だ。ある程度、影を集め次第立ち去る予定は何故か夜な夜な玄関先に届けられる赤子入りバスケットに悩まされる日々にすり替えられた。大人の身勝手さで捨てられる赤子に同情をせず捨てた大人を悪く言う気もない。
単純にいい世の中になったもんだと嗤うだけ。ただ赤子を育てる趣味もない、尤もそんな面倒な事をするきなんぞ毛頭ない。
「適当に捨ててこい影法師」
今宵も自身の影を使い他の玄関前に擦り付ける行為を繰り返す。とどのつまり影を奪ったとしても元が赤子なら多寡が知れている没人形にするにしても強度が足りなさ過ぎる。故に要らない必要ない。
さて、台無しにされた酒を仕切りなおすべく再びソファーに座り直したが、いつもならすぐ戻ってくる影が帰って来ない。不審に思い意識を影に注いだ瞬間、朽ちた館の主の口角が耳に届かん勢いで吊り上がる。



大きな足音を立てやや開いている玄関を更に開け広げた。
玄関先では対応に困り主人が来るのを待っていた影と、異様な雰囲気を放つ一人の子供に視線と意識を向ける。
傘をさしていたがこの雨では全く意味を成しておらず、頭から爪先までびしょ濡れ。傘を持つ手とは逆の手に握られているリードは犬の首輪に繋がっていたが、最早その原型を留めていなかった。とうに息を引き取り腐った肉から放つ悪臭は雨の中でも鼻を刺し。引きずられた箇所から変色した内臓がはみ出ており、白い骨も地面に擦り続けられた結果形が変形している。
つまり、この子供は犬の死体を引きずりながら此の館にやってきたのだ。
「キシシシ。赤子は何度かあったがとうとうガキまで捨てやがったか」
……
「おいガキ。此処はお前が来るようなとこじゃねえ。さっさと家に帰りな」
「ここがあんたのあたらしい家、だって」
「あん?」
「気味がわるいあんたにお似合い、だって。運がよけりゃころされないだろ、って」
大抵の輩は情けない悲鳴を上げ逃げ去る風貌を恐れず、それどころか睨みつけるように見上げていた意志の強い眼光が土砂降りの雨に負けじと大きな涙を零しだした。
徐々に俯き零れる涙をリードを持つ手で拭う子供の震えた声が微かに響く。
「クマエーは死んでない、クマエーは死んでなんていない、のに……
さしていた傘を投げ捨て顔を上げた子供が懸命にされど悲痛な声で訴える。
――クマエーは死んでなんがいない!死んでないの!」



「で、テメェは何をしにきたんだ?」
興味なさげに小指で鼻を穿っていたのを止め欠伸を噛み殺す。
流石にこれで怒って帰るだろうと踏んでいたがまた予想が外れた。
……ぐすん、すん。連れてきたあいつらはうすきみ悪いからってわたしをのこして帰っていった。帰りかたわからないし、あんな家帰りたくない。だからココにいる」
「あ~?んな面倒なのするかってんだ」
「そ、んな
裏切られたと云わんばかりの絶望顔。手で追い払い影法師に扉を閉めさせたら閉めきる前に子供が無理矢理中に入り込んできた。先程とは打って変わって顔つきはやけに強気なものになっていた。
だが、されど子供。精一杯強がって入ってきたのが分かる。笑う膝に瞳の奥でチラつく怯える影が実に子供らしい。無知で無力にも関わらず何処から湧いてくるのか定かではない自信に満ちている典型的な子供。
「ここに住まわせろっつってんだろ!」
相変わらずの強気。試しに影法師や欠片蝙蝠で脅かしてみてもその態度は崩さず、逆に目を輝かす始末。如何やら此方方面にかなりの耐性を持っているようだ。というより此方側に近しい感性を持っている。
「仕方ねえ」
「ほんとか?やった!やったー!」
折れたのを見るや無邪気にはしゃぐ子供を影法師でひょいと持ち上げた。手に持っていたリードを離させ、ずんずん館の奥へ進んでいくと案の定抗議の声が上がった。
「あれはもう駄目だ。おれがもっといいのをくれてやる」
未だ腑に落ちてないようだが大人しくなった子供の横顔を見た途端、笑いが込み上がる。死体を見るにしちゃ純粋過ぎる眼差しはまさに異様そのもの、この子供の将来が楽しみだという感情が胸に産まれた。











別ver


手ごろな入れ物が無いか墓地を見回っていれば腐った犬の死体を後生大事に抱えたガキがある墓場の前で微動だにせず佇んでいた。
腐敗した犬から染み出る汚液や異臭も気にせず、直向きに墓石に刻まれた名を見下ろしている。
深く考えなくとも分かる。家族が全員死んでしまって一人っきり。行く当てもなくあったとしても此処から離れられず詰まらない日々を無気力に無意味に過ごしている。
知らず見入っていた所為か子供の丸い目が此方を見ていた。特に忙しいわけでもなかったので暇つぶしがてら子供に近づき見下ろした。俄然子供は無表情のまま腐った犬を抱え見上げている。

「お前は悪魔か?」
「何故そう思う」
「その見た目、絵本に出てきた悪魔にそっくりだ」
「キーシッシッシ!ならば本当の悪魔だったらどうする?」

子供の犬を握りしめる力が少しだけ強くなる。

「連れて行ってくれ」
「は?」
「地獄でもあの世でも悪夢の中でも何処だっていい。わたしを連れて行ってくれ」
「面白いガキだ」

この風貌を見ても逃げず喚かず、目を逸らさない子供に興味を抱いた。
目を閉じさせるよう仕向ければ素直に目を閉じ身を委ねてくる。小さな体を抱き上げれば溢れんばかりの寂しさがその小さな体を満たしている。腐った死体で服が汚れるのも厭わず、この者の家族だったであろう墓石にも目をくれず、悪夢の中に微睡む子供に見え隠れする年相応の素振りが実に面白い。

「こいつはもうおれのガキだ。テメェらのじゃねえ」

振り返らず墓石に掛けた言葉の後、墓地に響く不気味な笑い声は一人の子供を拾い連れ去った。