大勢の人で賑わうショッピングモールの雑然とした音は聞いているだけで気分が盛り上がる。家族や恋人、親しい者達の楽しげな談笑。その中に耳郎と八百万が目当てのキャリーバックを探し回る声も仲間入りする。
「おっかしいなあ。もうその辺にあるハズなんだけど」
「見つかりませんわね」
頭の中に描いた案内図頼りに歩いてきた。そろそろキャリーバック売り場に着いてもおかしくはないが如何せん売り場が見当たらない。休日もあってかごった返す人込みで店先が人の壁に阻まれて見えず、店の名前に至っては見ればすぐ分かるだろうという安直な考えのお陰でよく覚えていない。
「仕方ない、手分けして探そっか」
「の方が良さそうですわね。では、見つかったら連絡を」
「オーケー」
手に持ったスマフォごと軽く振り二人は其々踵を返す。
程なくして八百万と別れた耳郎は人の波に乗っては流れるをくり返し目的の店を探した。人の山をかき分けやっとのことで店先に辿り着いても空振りしていたが、やっと探していたキャリーバックがずらり並ぶ店――ではなく、多種多様なヘッドフォンを扱う店に出くわした耳郎の瞳は突如訪れた想定外のサプライズにキラキラ輝いた。
「おーっ」
流石ナウでヤングな最先端と謳うだけある品揃えに思わずそわそわ。
「(少しだけなら、いいかな? あ、いやでも後で来ればいいんじゃ……あーっ、あそこに飾ってんのカッコイイなあ!)」
右往左往。珍しく表情をコロコロ変えていた耳郎の顔が一際渋くなり――、これ以上ないまでに吹っ切れた爽やかな笑顔で店内に入っていった。
「(あとで謝ろう)」
八百万に対しての罪悪感も程々に自然と上機嫌に店内を歩く耳郎の顔は終始緩みっぱなしだ。あれもこれも魅力的。見ているだけで楽しい。欲を言えば気に入ったやつは是非ともお財布と相談してお持ち帰りしたいところ。
そんな時、後ろから肩を叩かれたものだから緩んだ顔そのままに耳郎は振り返り、……顔から一切の表情という表情がそぎ落とされた。俗に云う真顔というものである。
「よぉ。こんな所で会うなんて奇遇だな」
要望していないラップを披露した挙句、決めポーズか何かを決めるプレゼント・マイクの登場についさっきまで踊っていた耳郎の心がスッと正座した。目からも輝きが失せた。
「……。わー、先生もお買い物ですか」
「Oh!もンのすげー棒読みだぜ!しかも、目が笑ってねえッ」
ケラケラ。何が楽しいのか理解し兼ねる耳郎の視線が既に店先で入るか入らないかでざわつき出してる買い物客を捉える。伊達に名の知れた英雄だけのことはある。熱烈なリスナーを筆頭に人が人を呼び、あっという間にプレゼント・マイク見たさの野次馬の山が出来上がった。
その人達に向かって愛想よくマイクが手を振れば瞬く間に歓声に近い黄色やら野太い声やらが上がる。
「先生”は”一人なんですね」
「やたら”は”を強調された気がするぜぇ。そういう君だって一人じゃないか」
「ウチ友達と一緒に来てるんで」
「バッサリ切りやがって!俺だって本当は相沢と一緒にショッピングする予定だったんだ!ただアイツ『何で買い物するためにわざわざ外に出る必要がある?外に出るだけ時間の無駄だ』って…!!いつも買い物はネット通販だって……!!!」
「あー、相沢先生らしい言い分」
目元を手で覆い天を仰ぐマイクの傍から距離を取れば取った分だけマイクが耳郎の後を追う。なんちゃって距離を取る作戦が失敗に終わった瞬間であった。
小さく舌打ちを零しこれ見よがしに早歩きで店先に溢れ返った人をかき分けたのと同時に耳郎は駆け出した。器用に人の隙間を縫い、結構離れた位置で足を止め振り返る。遠ざかり見えなくなったプレゼント・マイク目当ての人混みにホッと胸を撫で下す寸前、
「俺から逃げ切ろうなんてまだまだ甘いなぁ」
真横から聞こえた声に体が反射的に身構えた。
よっと掛け声を出しながら行儀悪く柵の手摺から飛び降り不敵に笑うマイクは――、風のようにその場から立ち去ろうとする耳郎の後にピタリと張り付いた。
「オイオーイ。そんなに走っちゃ駄目だろ」
「むしろ何でついてくるんですかっ」
「そりゃ教師として生徒を、……見守る義務的なヤツ?」
「先生の顔から真面目という字が一切見えない!めっちゃ楽しんでる顔してるじゃん!!」
慣れない状況での疾走は殊の外体力を削り、耳郎は未だ余裕綽々であるマイクを恨めしい目で見遣っては速度を落とし仕舞には膝に手を付き足を止めた。
「この程度でへばっちまうなんて、若さと勢いはお前ら年代の特権だろ?」
「(くそう……)」
「おっ、丁度いい。なあ、ソレでダイレクトに心音聞かせてくれや」
マイクの指先が肩で息をすると共に揺れる耳郎の耳たぶを指差す。
「聞かせる、たって…、今日、は…無理で、す……」
「あん?あの特注スピーカー無くとも聞こえるっしょ――、こうやってな」
言うが否や急激に距離を詰め寄りプラグの先端を掴むマイクのサングラス越しの眼光に耳郎の心臓が一際大きく鼓動を打ち鳴らす。どんどん上昇する体温は果たして先程走った所為か他の所為か。
「やっぱり直聴きは全然違うぜぇ。こっちの方が断然いい」
マイクが耳郎の心音に合わせリズムを口ずさむ。無意識に聴き入る音色が周囲の喧噪を塗り替え其の音しか聞こえなくさせる。無音の世界、其の世界に響き渡るマイクの声色と自身の心音とスマフォのバイブ音。……バイブ音?
「あイテッ」
「すみません、友達から電話掛かってきたので。此処で失礼します」
臆せずマイクの眉間ど真ん中にプラグを突き立てた耳郎は涼しげな顔でその場を後にした。
軽くお辞儀して駆けていく耳郎の背を地味に痛い眉間を押さえ見送るマイクは人知れず嘆息を吐き、サングラスでは隠しきれない鋭い眼光をとっくに消えてしまった背中を追うように向け楽しげに口端をつりあげた。
「逃げられちゃったねぇ。でも、今度は逃がさないぜぇ?」
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