去年と同じくひめの好意並びにブルースカイ王国の王女様特権をフル活用してくれたお陰で今年の誕生日会もひめが暮らしている在日大使館で盛大に行われる運びになったのだが――。
「私も何か手伝おっか?」
「だーかーらー。主役のめぐみが誕生日会の準備しちゃ意味ないでしょーが」
相変わらずのめぐみに厨房入り口で仁王立ちするひめが侵入を阻止する。奥の方ではお弁当屋を実家経営するゆうこを筆頭にいおな、リボン、そして以前いなかった大使館職員達が忙しなく料理やらケーキやらの準備をしている。
特にゆうこに限っては去年を上回るクオリティの高いバースデーケーキ作成を並行しつつ、他の者達に指示を飛ばす抜かりの無さ。そこはかとなく彼女の本気度を窺える。
ひょっこりひめ越しに賑やかな中の様子を見ていたら、突如めぐみの視界いっぱいにひめの仏頂面が広がった。
「もしもーし、めぐみさーん?」
「分かってるって。何もしないで大人しく待ってるから」
両手の平をひめに見せる形で何もしない意思を表すが、鼻息荒く踏ん反り返す姫君の態度は変わらない。むしろ怪訝な眼差しでめぐみをじーっと睨んでいる。
それにめぐみが眉尻を下げ笑って誤魔化そうとしたのが不味かった。ひめは諸々諦めたと云わんばかりに溜息を吐き、片手を腰に添えもう片方の指で乾いた音を打ち鳴らす。すると、間髪入れず厨房奥で待機していたのか同じくやれやれと首筋に手を置いた誠司が姿を現した。
「はいはい。お前は俺と向こうに行ってような」
「え?誠司?え、ええ?」
突如現れた誠司にめぐみの頭の中が疑問符で埋め尽くされ、そんな彼女の背を後ろから押す形で一先ず厨房から離れていく誠司に向かってひめの些か緊張感の薄れた声が飛ぶ。
「誠司ー、あとはよろしくぅー」
ブンブン手を振るうひめを見遣った誠司が軽く手を掲げたのを見送った後、くるりと反転したひめのこれで安泰だと云わんばかりの自信たっぷりな顔。いおなは彼女に気づかれぬよう小さく噴出した。
「ひめちゃん今年は去年より増して気合入ってるからねえ」
「それは分からなくもないけど」
横目でチラリ盗み見た先で気合たっぷりな調子でコックやら従業員やらに指示なのかよく分からないが彼女的には指示を飛ばす意気込み溢れたひめの顔つきに思わず笑みが零れる。
視線を手元に戻し、自分が担当している料理の続きを再開した。が、如何にも隣で製作されているケーキの存在感が凄まじくて集中できない。先程の台詞は見事言った当人自体にブーメランとなって返ってきているのではなかろうか。中学生一人で作ったとは到底思えないバースデーケーキの製作工程はやっと終盤に差し掛かったところ。細かなデコレーションを施せば終わりといっても細かなデコレーションが終わる気配が一向に見えない。何処までデコれば気が済むのか。
「それに今日のお誕生日会にはもう一人お祝いできる人が増えるしね」
しぼり袋の先端から目を逸らさずいおなに語り掛けるゆうこの穏やかな声色にふと、厨房の窓から見える高い秋空を見上げた。
「だから気合が入るって?」
いおなが流し目で見詰めた先にいたゆうこは、ケーキから顔を上げしぼり袋を持ったまま朗らかな面持ちで、既に出来上がっているチョコプレートに書かれている主役二人の名前を目を細め眺めていた。
「嬉しいから、つい」
慈愛に溢れたゆうこの言葉は賑やかな厨房の中でもはっきりいおなの耳と心に響き、彼女もそれに肯定するように浅く頷き薄っすら白い歯を見せた。
庭園だけじゃなく内装までごってり装飾が施された廊下を歩くめぐみは終始感嘆の声を上げては目を輝かせた。金色のモールの波が幾重も連なり、その間を彩る鮮やかなハートや星のオーナメントが見慣れた廊下を彩る。どれもこれも飾った人の真心が伝わる飾りにそっと触れるめぐみの表情は緩みっぱなしだ。
壁に掛けられている数多くの鏡も今日の日ばかりは賑やかに着飾り映す者の気分を華やがせる。
大きさも形も違う鏡の前に立ち楽しげにポーズを決める本日の主役を半ば呆れながらも微笑ましく思う。気分はなんちゃってモデルといったところか。
そして、何となく予想していたとはいえ案の定腕を引かれ一緒に鏡の前でポーズするのを求められた誠司の体が彼女に引っ張られた勢いで数歩たたらを踏んだ。どうにかこうにか転倒を免れたが、注意する気力などすぐ隣ではしゃぐめぐみにすっかり抜けきってしまった。
鏡の前に立ちポーズを決めては次の鏡の前に立つを繰り返す。様々な鏡に合わせ色々なポーズで撮ってきたのも残り僅か数枚ほど。
「ほらっ、誠司も笑って笑って」
「お前なー。カメラで撮ってるわけじゃないんだぞ」
「でもさ。こうオシャレした鏡の前に立ってにっこり笑うと――、まるで記念写真みたいで楽しいよ」
言われてみれば写真立てに飾られた写真に見えなくもない。
「ちょっと大きすぎやしないか?」
「大きい分だけ幸せハピネス」
「…プッ。なんだそりゃ」
やや真剣さの足りない誠司に両手を広げ気持ちを一生懸命伝えようとするめぐみの高揚した気分が徐々に下がり、応接間では一際目立つ最後の鏡の前に来た彼女の眼差しが2人しか映っていないその更に奥を遠望する。
見えない影を慕うめぐみの傍にそっと寄り添い、鏡の中に映る少し前まで当たり前だった光景から誠司は思わず目を床下に逸らした。鏡越しで見えるかもしれない悲しみや寂しさに暮れるめぐみの瞳を正面から受け止めるのが辛いのではない。鏡に映る自分の情けない顔をめぐみに見せたくなかった。
「今年の誕生日会、ブルーいないんだよね。ブルーだけじゃない、ミラージュさんやレッドも」
何も返さず俯き続ける誠司を鏡越しに一瞥しためぐみが何でもないように話し続ける。
「ずっと一緒の日が続くって思っちゃうの何でだろうね?いつかお別れする日が来るのにさ」
「…めぐみ」
「でも!」
誠司の気弱な声にめぐみのほんの少しだけ語気を強めた声が被さる。
「素敵でかけがえのない思い出だって大切だよ? でも、そればっか見てたらこれから先いーっぱい素敵で楽しくて嬉しいことが見えなくなっちゃう。そんなのつまんないし、とっても悲しい……だから今日のお誕生日会ちょっと寂しい気持ちだってあるけど、もうこれ以上ないくらいに楽しまなきゃ!」
「――そうだな。その方がブルー達も喜ぶな」
鏡から体ごと誠司に向き合うめぐみの顔に翳はない。軽くなってきた空気に誠司の胸が撫でおろされようとした時、俄かに漂うトラブルの匂いに知らず頭を掻いた。
「おーいっ」
「此処にいたか」
駆け足で近づくファントムとぐらさんにめぐみはきょとんとし、隣にいる誠司は一人ファントムのエプロン姿に噴出すのを耐えるのに必死で小刻みに震えていた。
「探したぜ」
「どうしたの?」
「時間がない、とにかく来てくれ」
奇しくも危惧していたトラブルの気配が見事的中してしまったらしい。差し迫った雰囲気を纏うファントムにめぐみの胸が心が急かされる。短いめぐみの了承の後、ファントムが踵を返し駆け出した。彼女もその後に続き、息がやっと整った誠司もその後に続いた。
大使館前。そろそろ招待客が集まりだした頃、大門前でのちょっとしたトラブルに人々の視線と意識が集まっていた。
その視線の中心にはきっちり制服を着用している男の警察官と、気だるげなスーツ姿の男、シックなドレスを纏う女というよく分からない組み合わせの三人組。飛び交う口調や砕けた態度から親しい間柄というのだけは窺えられる。
「こんな日ぐらい何もせず周りの者達に任せればいいものを。ここまでくるとワーカーホリックもいいところですな」
「そうよ。それに何で警察官の制服着てるの?折角の晴れの日にお洒落の一つもしないなんて分かってないわねえ。そんなんじゃお嫁さんなんか一向に現れやしないわよ」
「そうですとも。だから私も面倒極まりないですが、きちんと正装しているのですぞ。それもこれもまだ見ぬ未来の私の生活を楽にしてくれる方と出会うために」
「――あんた格好良くキメてるつもりだろうけど全然格好良くないから。むしろ残念な部類だから」
「そのようなこと重々理解していおりますが、何か問題でも?」
「余計性質が悪いわ!」
ヒステリー気味にぎゃんぎゃん叫ぶ女の声を聞きたくなくて気だるげな男が耳を塞ぎ嘆息吐けば女の顔がどんどん鬼の形相へと変貌していく。あと一歩のところで爆発かと思われた女の癇癪は言い争いに紛れこの場から離れようとする警察官の丸まった背中を捉えた瞬間、絶対零度の眼差しとなって其の背を射抜いた。
「それもこれもあんたの所為よ」
大仰に跳ね上がる肩に冷ややかで鋭い眼光で睨む気だるげな男も続く。
「そうですぞ~。大人しく祝われていれば良いというのに――、やれ警備だの案内係りの手伝いだのと」
「しかも、止めさせてもすぐ正門前に戻って誘導するってどういうことよ?」
二人の脳裏に過るファントム(料理の助っ人兼任のためエプロン着用)とぐらさん(ウェルカムマスコットとして)が案内している隣で何食わぬ顔をして招待客を案内する光景に目頭とこめかみを其々抑え唸った。持て成す気配りも分からなくはないが仮にも主役である身を自覚してほしい。
「はじめて見ましたぞ、ファントムのあの何とも言えない顔……」
「あの妖精ちゃんだってウェルカムマスコット役の筈なのに汗が滲み出てたわ……」
意図せずハモった溜息を吐く二人――生瀬と星の二人に警察官が漸く噤んでいた口を開けたが些か勢いが足らず語尾が尻すぼみ。
「し、しかしだな、本官にはこの街を守る義務があってだな」
言うが否やカッと目を見開いた二人がにじり寄り左右其々肩を掴んだ。心なしか肩を掴む手に力が入り過ぎているのか指が食い込んでいる。
「ええ、ええ。街を守る、なんて素敵な精神で御座いましょうか!この場に置いては面倒極まりない精神でありますが!」
「ちょっとは自重なさいよ!主役にあれこれされると祝う側は変に気まずくなったりするんだから!」
「いや、だがな…。体が勝手に動いてしまってしょうがないのだ……」
まだ食い下がろうとする本日の主役に生瀬と星の怒りのボルテージが上昇がとどまることを知らない。肩に食い込んだ指から嫌な音がギリギリギリ。すわ制服が貫通する寸前、後方からやけに弾んだ声が飛んできた。
「その気持ち、すっごくよく分かるよ!」
声がした方へ顔を向けた生瀬と星の顔が急激に渋くなったのは言うまでもない。本日の主役二人目の登場である。
駆けてきた所為のか、同じ思いを抱いている相手に喜んでいるのか定かではないが、息を弾ませ目を輝かせているめぐみの登場を喜んだのは今し方同期二人に詰め寄られていた者だけだった。
すぐに意気投合して盛り上がる主役組からキッと剣呑な目をする生瀬と星にビクっと身を震わせた誠司がファントムの陰に隠れ困惑の声を上げる。
「勘弁してくれよぉ。俺はこいつらに呼ばれて此処に来ただけだっての」
瞬く間に怒りの矛先がファントムに向けられるも本人はどこ吹く風。涼しげな顔で淡々と言い放つ。
「俺は俺の仕事に支障をきたす前に手を打ったまでだ。問題ごとは一か所に纏めた方が都合がいい時もある」
「んじゃ、あとは任せたぜえ」
早々に仕事に戻るのがいっそ清々しい。ファントムの肩に乗っかっていたぐらさんも素知らぬ顔でテーブルの上に乗りウェルカムマスコットを演じだした。
暫し茫然としていた星が不満を口に出そうとすれば、良いタイミングに館から大使館職員がファントムのところへ駆けてきた。どうやら厨房の助っ人を頼みに来たらしい。とっくに諦めモードの生瀬と違い一言物申さずにはいられない星が声を荒げる。
「ちょっと待ちなさいよ!」
星の声に立ち止まり振り返るファントムに職員が遠慮がちに急かすのを手で制止させ、先に行ってもらうよう促した。先に行く職員を待たす気など更々ないのかファントムの体は館の方を向き続けている。
「何か用なら早めに済ませてくれないか」
「あんた面倒ごと押し付けてそのままにする気!?」
星の指差す方向には面倒ごとと称された二人が何やら興奮気味に談笑している。それを一瞥したファントムの顔から一切の表情がそぎ落とされた。
「当たり前だ。これ以上俺の邪魔をするのは許されない」
有無を言わさない気迫に負けじと星が追及する。
「なら招待客の案内とかどうすんのよ!」
星が力強く指差した先にあったのはウェルカムマスコットとしてテーブルに置かれていたぐらさんが愛嬌たっぷりに招待客を案内している姿があった。
「案外怪しまれないものですなあ」
「感心してんじゃないわよ!ほら、生瀬も言ってやりなさいっ」
「えー、これ以上突っかかったところで何もなりませんぞ」
「相変わらず諦めるの早いわね!もっと粘りなさいよ!」
生瀬の体をがっくんがっくん揺らす星に冷ややかな視線を送ったファントムが鼻から息を吐き額を押さえた。
「もういいか?俺は厨房に行かせてもらう」
付き合っていられない。そんな態度でその場から去ろうとしていたファントムであったが、残念なことに星に気づかれてしまった。が、此処で引くわけにはいかない。彼には引けない戦いがある。
「この誕生日会には名のある料理評論家も訪れるそうだ。おおもりご飯の味を全国に広めるこのチャンス、逃すわけにはいかない!」
ぐっと拳を握りしめたファントムの背後に見えぬ炎が燃え上がった。
「あんたどんだけあの弁当屋に入れ込んでるのよ!?」
「親父さんが作り出す幸福に満ちたご飯の素晴らしさを世の中の全ての人々に知ってほしいだけだ……。それとゆうこのアシストは俺じゃなければ務まらない」
「素で言い切るとこに無意識な惚気を感じますぞー」
颯爽と駆けていくファントムを完全に引き留めるのを諦めたのと同時に突っ込み疲れた星の肩をぽんっと軽く生瀬が叩き彼女の苦労をそれなりに労わるのだった。
一方主役組の方と云えば・・・。
「やっぱり動いてないと落ち着かないよね!」
「うむ。いつ何時トラブルが起きるとも分からん」
「お前らいい加減にしろよ~」
ほぼ諦めている誠司を半ば引きずる形で正門に立ち案内を続行していた。
それでも時間は平等に過ぎるもので二人の誕生日会が賑やかに開幕する。大使館前に集まった招待客たちの祝いの言葉があたたかく主役の二人を包み込む。その場の空気と身内の力は偉大なもので一人は二人係で力づくに、一人は背中をそっと押され誕生日を祝ってくれる人々全員が見渡せるように階段の踊り場に並んで立ち一人一人の顔を見渡した。
誕生日会にはケーキがつきもの。ゆうこ超力作のケーキがこれまた派手な台に乗せられ現れると会場のボルテージが一気に上がる。一体何処から現れたのかケーキの存在感はみなの注目を集め、今回の主役たちより目立っていた。正直招待客全員に配っても有り余りそうな誕生日ケーキは格好の被写体である。たかれるフラッシュ。しまいにはバースディソングを歌う前にケーキを切り出してしまいそうな雰囲気に。
「今年のお誕生日会賑やかで楽しい!」
「にしても凄い熱気だな」
これはもうケーキ切らなければ収集つかない。そう察したいおなからケーキを切るようの長いナイフを持たされ場の空気に流されていると思いきや楽し気に笑う横顔を見ためぐみも柔和に笑う。
「私、一緒にお誕生日できてうれしいっ」
大きな手に握られたナイフに自身の手も添え思いっきりケーキを入刀すれば会場中の招待客から歓声が青い空に向かって響き渡り、その声にも負けないくらい力強い声がめぐみの隣から上がった。
「それは俺も同じだ!」
「二人揃ってケーキ切るって、これ誕生日じゃなくなくない?」
「もしかしなくても結婚式と混ざっちゃってる?」
「つい勢いで渡してきちゃったけどこれ誕生日会の催しとは毛色が違うわね」
「これ本当だったらあいつの職種的な意味で大問題に発展するじゃないの」
「まあ、これはそれっぽく見えるだけで本質は誕生日会なのでセーフということにした方が楽ですぞ」
「是非!おおもりご飯との提携をお願いしたい!」
「……めぐみ」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.