うずめび
2023-10-08 20:19:42
3708文字
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岳博 海の話 未完

岳博でみづきくんのローグライクから着想を得たやつ。
ローグライクのシナリオがちゃんと見れてないので海関係をなんとかしようとした結果、最終的に博士がシーボーンみたいになってさよならしてるだけのネタです。解釈違いしかない。書きたい場面のみ・死ネタです。

ドクター」

 腕の中で眠る人を重岳は呼ぶ。もう一度起きてこちらの名前を優しく呼んで触れてほしいとも思えば、ようやく静かに眠れた人を起こしたくもないとも思う。体を海に侵食され、けれども生き残った民たちのために奔走し、最終的に全てを解決するために自らを贄としてしまったい愛しいひと。――きみが好きな人間を私も守りたいと笑ったときには、もうこうなることを覚悟していたのだろうか。
 わからないと首を横に振り、侵食され始めた頃から重岳にほとんど触れなくなった体は随分と細く軽くなってしまっていて労るように抱きしめた。
 君が並みのものでなかったとしても、私のせいで何かあっては嫌なのだといつからか変質した体をより防護服で隠し、わずかに触れるときも服越しでしか出来なくて。久方ぶりに触れた素手は人の手であるのに水掻きと鱗が生えていて。PRTSの画面が触りづらいと音声入力に切り替えていた頃にはきっともう。

「貴公が怖いと、もう嫌だと告げてくれさえいれば私は」

 海から逃げきることは叶わなくても、その体と心をわずかでも守ってやることは出来ただろうに。データを取るためだと誰よりも前線に出ては恐魚と遭遇して体を変質させ、戦いで仲間を失うたびに心を痛めていたことを知っている。

――私はまだ君の好きな人で、人間でいれている?体がかわってしまっても、まだ私は。

 防護服ごしでも抱きしめたときの違和感を感じ取れるようになってしまった頃、一度だけそう言われたことがある。服の下にある体がどうなっているか重岳は最後までわからなかった。どんなに触れたいと伝えても、悲しそうに首を横にふられてしまったから。

――君に何かあってはいけないから。それに君の記憶の中だけでも、何もない私でいさせて欲しい。君が好ましいと思ってくれたままの私でいさせて。

 馬鹿なことをと思った。どんな体でも、たとえ鱗と触手にまみれていても、源石があったとしてもドクターがドクターであることは変わらなかったのに。静かにフェイスガードを外して鱗の生えた頬に顔を擦り寄せ、小さなヒレが生えている頭をなでた。
 もうずっと目元しか見せてくれなかった理由がそこにあって寂しさがつのる。姿が変わるのは恐ろしかっただろうに、泣いたのは本当に分かたれる最後のときだけで。それだってきっと恐ろしさからではなく重岳と離れてしまう、おいていってしまう悲しさからだった。

――きみとずっといっしょにいられたら、なんてわがままがすぎたかな。くるしくなるならどうかわたしをわすれてほしい。きみのしあわせとやすらぎをずっとねがっている。

「随分と難しい事を言う。私の幸福もやすらぎも貴公の形をしていたというのに」

 最後まで一緒にいたかったと言った口で忘却と重岳の幸せを祈って逝ってしまったひどいひと。けれどつれて逃げてやれなかった自身こそが本当はなによりも。



 あの日、人が平穏を手にした日に兄は死んだのだとニェンは思う。端から見ても互いに慈しみ、愛しているのだとわかる幸福な片割れを失ってからと言うもの、その名残を腕に抱いたまま兄は眠り、それから正しい意味で目覚めることがなくなった。
 不思議と朽ちることのないひと――ドクターの遺体を守るように腕と尾で包み、背後から抱きしめたまま重岳は胎児のようにずっと眠り続けている。きっと在りし日にはそうして穏やかに二人で寄り添ったこともあっただろうに、今はただただ悲しい光景だった。

「おはようっても、あんたたちはずっと寝たままか」

 今日もずっとそのままなんだろうな。ニェンの呟く声に答える者はいない。
 はじめの頃は重岳の目を覚まさせるため、そしてドクターの遺体を弔うために様々な人が二人へ近づいた。けれどもドクターの遺体に近づいた瞬間に重岳が自我を感じられないままに目を覚まし、奪おうとするものに対して苛烈な攻撃を加えるため、その試みは今は凍結されてる。意識がある頃は意図的に力を押さえていたがそれがない今、重岳の本気の猛攻を凌げるものはそういない。

――あの人は私の絵の中にいるようなものよ。二人が一番幸せだった頃の夢をずっと見ていたいのね。

――兄とドクターをそっとしておやり。あれはまさに比翼連理だったのだよ。片割れが潰えたらもはや飛ぶことはできはしない。特にあんな捥がれ方をしてしまっては。

……恨むぜドクター」

 確かに兄貴は人間って種族が好きだったけど、あんたの事だって好きだったのに。ぽつりとニェンの声が落ちる。ドクターが調査のためだと前線に出る度に心を痛め、人前では防護服を一切脱がなくなった時にはどうにかして治せないか、あるいはドクターをこれ以上前線に出さずにすむ方法はないかと悩んでいたことを知っていた。

――ニェン、私がドクターを連れていやなんでもない。聞かなかったことにしてくれ。

 一度だけ泣きそうな笑みで溢した言葉はきっと兄の本心だった。愛する人が傷つかないように、損なわれないように一緒に逃げてやりたかったのだろう。ただ、兄もドクターもそうするには責任感が強すぎて。そして何より人を愛していたから。目の前で海に飲まれゆく人たちを放ってはおけなかった。

――もしも私に何かあったらあの人をよろしくね。あの人には支えてあげる人が必要だと思うから。

 たくさん弟妹がいるから私がいなくなっても大丈夫かな。そんな風に笑った人に馬鹿を言うなと珍しく声を荒げて怒って、それにすまないと謝っていたけれど。ドクターは本当に自身がいなくなっても兄が気にしないと思っていたのだろうか。
 変質した体をもって自らを兄が愛した人間ではないからと断じていたならそれは大きな勘違いであったし、守るべき弟妹がいるから欠けても問題ないと思っていたのだとしたらそれもまた大きな誤解だった。今更その勘違いも誤解も解く方法などないのだけれど。


 

 曖昧な夢ともしれない場所にいるドクターは昔のように穏やかによく笑った。なんの憂いもなく素顔をさらして優しく温かい手のひらで重岳に触れるものだから、自身の閉じた妄想だと理解していても離れがたくて。

――君の手は温かいね。

 今も作り物の穏やかな日差しが照らすロドスの甲板で鱗も水掻きもない小さな手を重岳の掌に重ねて少しばかり幼く笑う。いつかにしたやり取りの再生が悲しくも確かに嬉しいと思ってしまった。現実に戻りたくないと思う程度には。
 本当はわかっている、これがただの逃避に過ぎないことは。そしてドクターが望むことではないことも。弟妹とともに現実を生きるべきだということも。けれど。

「重岳?」

 現実に帰ったところでこうして名を呼び触れてくれる愛しい片割れはおらず、目覚めれば今目の前にいる人は消えてしまう。自身の妄想といえど、重岳には二度もドクターを失うことは耐え難かった――守れも、一緒に逃げてもやれなかった愛しいひとをまた自身のせいで失うことなど。
 返事のかわりに尾を体に回して腕の中に引き寄せる。少しばかり驚いた声がして、けれども背に腕を回してくれるのが愛おしい。

――ドクター、どうか私の傍にいてくれないだろうか。貴公と離れるのは耐え難い」

 愛しいひとが優しく背を撫でながら口を開く。

「大丈夫。大丈夫だよ、重岳。私は君の傍にいるよ」

 君が傍にいることを望んでくれるならずっととあまやかに笑う人の肩口に重岳は顔を埋めた。

(――ならばなぜ)

 傍にいて欲しいと、共に生きることをあれほど望んだのに貴公はすでにいないのか。
 感情とともに雫が溢れてしまうのに、腕の中にいるドクターがその雫を拭うことはない。記憶の再生に過ぎないひとは生前に無かったことはできないからだ。あの人であれば重岳が泣いたら目を見開いた後、慌てて抱きしめて背を撫でたに違いない。重岳どうしたんだ。何かあったのか、だなんて。
 ぽたぽたと溢れる雫を浴びるまま、ドクターは慌てたような素振りをみせる。

「大変だ重岳、雨が降ってきている。君が濡れてしまうから、はやく部屋へ戻ろう」

――そうだな。そう、だったな」

 寒いのは良くないと言うドクターを重岳は抱き上げた。涙を認識できない人はいつも雨が降ると言う。濡れているのはドクターであるのに、重岳が濡れてしまうのが良くないと言うのがあまりにもあの人らしいのが――

「わ、自分で歩けるのに。今日の君は心配性だね」

 君が思うほどか弱いつもりはないんだけどなと恥ずかしそうに笑うドクターを見て重岳は腕に力を込めた。ああ、わかっているとも。誰よりも芯が強かったからこそ、逃げることなく役割に殉じてしまった事、逃げたいと言えなかったことも。生きている間にこうして抱き上げて拐ってしまえたら良かった。
 ドクターを抱き上げて重岳は部屋へ戻る。虚像に過ぎなくとも愛しい人と共にいたかった。それがいつかは目覚めるものだとしても、今はまだ二人で水底に沈むように添い遂げていたかった。