ひさね
2023-03-30 14:55:26
2097文字
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屠殺

リハビリ作、ソウミカのソウの話
※ぬるめの屠殺表現あり

 手折れるのなら始めからそうすれば良かったのだ。
 ふと目が覚めて、一番に思った。最悪の気分だった。胃から酸っぱい臭いがこみ上げる。頭も鈍く痛んだ。夜の静けさに押されて、思考も痛みも加速するようだった。
 諦めて横になっていてもどうにもならない。頭の中が脈打つ感覚が気持ち悪くて、ゆっくりと起き上がった。
 その時、隣のベッドで眠っている彼女、ミカに目を向ける。なんの他意もなかった、と思いたかった。
 黄色の布団にくるまって、真っ直ぐな姿勢で眠っている。泥のように、意識は沈んでいるようで、胸が静かに、定期的に上下していた。あどけない寝顔を晒していた。
 まるで、生きているようだった。
 まるで、なんて形容する方が変なことはわかっているけれど、それでも現実味がなかった。
 彼女は、いつだって人の異変に聡かった。この間の戦いでヘマをしたとき、ふとした、つまらない道中に、そろそろとおれに忍び寄っては袂に傷薬を入れられた。「秘密にしておいてね」と薄く笑って、はにかんで。
 それでいて、怪物や戦いには真剣で、戦いのあとに顔を付けられた怪物の調理をし続けられるシビアな慈悲があった。
 今でも、鮮明に覚えている。彼女が、調理の「下準備」をする所を、初めて見たときのこと。今と同じような、しけた夜中だった。
 グリフォンの血抜きをしていた。そこら辺の手頃な木に縛られた逆さ吊りの鳥。丸い断面の首から滴る血と、エプロンからはみ出るほどに大きな赤い染み。彼女の白い手も真っ赤で、顔にも幾分か散っていた。キャンプの終わりに見るには、余りにも生々しかった。
 そして、ちょっとした気配に気がついたのか、ゆっくりと振り返って、テントから地面に這いつくばる、間抜けな格好のおれを見たのだ。
 薄く涙を浮かべていた。瞳孔が黄色い星でくり抜かれた目に、うすく膜が張っていた。
 目があったとき、頭の先までかあっと熱くなった。おそらく、怒りだった。調理人だというのに、なにも知らないのか。そんな、まだ幼い少女に抱くには理不尽な憤りだった。
 テントから這い出て、何も言わずに近寄ると、酷い鉄の臭いがした。ぽたり、ぽたり、と草を濡らす音が耳をつく。目の前には死体がぶら下がっていた。
 ごくりと唾を飲みこんだ、丁度その瞬間。彼女が、あのね、と口を開いた。
「一回で、やりきれなかったの」
 脈絡のない言葉に、は、と息を漏らす。何も追いつかないおれを置いて、彼女は息を継いだ。
「グリフォン。気絶してたみたいで。首を落とそうとしたら、うまく行かなくて。暴れちゃったんだ」
 いたそうだった。
 想定外の内容に、ぽかんとしてしまって、何も言えなくなった。
 呆けたおれを横目に彼女は、逆さまの死体を見ていた。
「今度はうまくやらなくちゃね」
 自分の手で屠殺したそれを、温かく見つめていた。
 しばらくそうしていたかと思うと、彼女は服の、まだ血のついていない部分で手を拭った。いつの間にか、鳥の血は止まっていた。木につながるロープを解く。次は羽根を毟るのだろう。
 白い手が死体に伸びる。無知故ではなく、純粋な意思で、その意味を知った上で、すべてを奪っていく。
 まったくアンバランスだった。普段の少女らしさとはかけ離れている。
 目が離せなくて、鳥が湯の中で蒸されている間、ずっと考えて考えて。
 それが、慈悲なのだと思い至ったとき。
 ひどく目がくらんだ。
 余りにも理想的で。おれにとって都合が良すぎるほどに、おれの理想を体現していて。
 先程とは別の熱が迸った。
 ひどく、あつくて、腹の奥にたまる熱だった。
 彼女の汚れた手も、顔も、服も、すべてが熱を煽り立てて、そのまま、動けなくなりそうだった。
 きっとこれが、恋の自覚だった。下劣で、最低で、どうしようもない気づき方だった。
 それ以来ずっと、彼女のことをまともに認知できないでいる。彼女のアンバランスさが熱を煽って、それに苦悩しているのに、肝心の彼女が生きていると感じられないでいる。全部、おれの夢なんじゃないかと、思ってしまっている。
 だから、苦しいのだ。全部、おかしくなってしまった。他でもない彼女のせいで。認識がくるっていった。
 今も、隣のベッドで彼女は眠っている。すよすよと穏やかな寝息を立てて、寝返りを一つ打った。顔がこちらを向いて、白い首が晒される。
 手折れるものなら、手折ってしまえば良いのだ。あのグリフォンのように。そうすれば、現実と幻想の判別に苦慮せずに済むのだ。それに、全部自分のものに、なるかもしれない。生きるために屠るように、おれも──。
 手がびくりとはねて、はっとした。ひどく、顔が熱い気がした。
 それから蝕まれていく思考を振り切るように、布団に潜り込む。ミカの顔を見ないように、深く深く被る。好意と殺意が入り交じるとは度を越している。正気じゃないのは自分がよくわかっていた。
 だから、ぎゅっと目を瞑る。視界を暗くする。
 体の中に渦巻く熱も知らないふりをして、さっさと意識が暗転するようにじっと願っていた。