しろくまたたくはくしゅんさん
2023-11-04 12:25:29
2207文字
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【ヌヴィフリ】かみをきる

PV4.2の感想という名の、死刑の前に髪を切る話


「水神────死刑」
 自分でも何を告げているのか理解しえなかった。しかし、この国において諭示裁定カーディナルの判断は絶対だった。判決に民は狂ったように叫ぶ。「裏切り者!」「お前なんか神様失格だ!」「私の息子を返してぇッ」聞くに堪えない言葉を投げかけられつつも、死刑を告げられた水神フォカロルス────フリーナは台座に座ったまま動かない。その瞳から静かに涙を流したまま、ぼんやりと虚空を見つめていた。
 ドン、と床を突き破りそうな力で杖を鳴らせば傍聴者は一斉に黙る。
「審判は下された。これにて閉廷する。執行には規定により三日間の猶予を設けるものとする」
 席を立ち、舞台からはけたその足で廊下を急ぐ。ヌヴィレット様!と何人からか呼び止められたが歩みは止まらない。止められなかった。
 通路からプロムナードへ出れば、多くの人で混雑していた 神の座る席へ続く階段。その扉が開き、重々しく響く鎖の音。細い手首にかけられた手錠と、顔色を真っ青にさせたフリーナの姿が現れた。
 点滅するフラッシュ。叫ぶ民衆。なにか投げられるが、特巡隊が周りを固めているため被害はその中には及ばない。だが、罵り、蔑み、暴力のような言葉が高い天井に響いては耳に落ちてくる。
「水神フォカロルス!」
 居ても立ってもいられず叫ぶ。一瞬、フリーナの足が止まったが後ろから隊員が押し、また歩み始めた。

 三日間────長い三日間だった。
 死刑囚は基本、面会が認められない。この国の法律だった。今から作り変えようとしても遅い。神がいなくなるという事態に対応できない法律がいくつも存在するため、それを再編するために共律庭と検律庭が奔走していた。国の領地のほとんどが沈む中、法だけは守ろうと右往左往する官職たちを滑稽には思うが、見捨てることはできなかった。
 着々と用意される断頭台。法を犯さないために秩序があり決闘も許されているこの国では、滅多に死刑という判決は下されない。最後に使われたのは数十年も前であり、さび付いた鎖が雨の降る街に不気味な音を響かせていた。

 審判から一日、二日、と経ち扉のノックが叩かれたのは三日目の夜のことである。
「失礼します」
 執律庭の職員が一人、執務室に入ると直角にお辞儀した。
「ヌヴィレット様に召喚命令がくだされました」
 予想はしていたが、面会依頼ではなく召喚命令ということに驚きつつ、即座に承諾した。死刑判決を受けた者は四日目に死刑が執行される。だがその間だけ許される権利が一つだけある。〝最期の願い〟だ。もちろん既定の範囲内で、というものであり、例えば最高級レストランが作ったスープが飲みたい、好きだった音楽を聴きたい、家族に会いたい等────死にゆく者のささやかな願いであれば、どんなものでも叶えるよう決められていた。
 通常の囚人たちとは異なり、死刑囚には特別な監獄が用意されていた。どこまでも高い塔の上。月と太陽が一番近い場所。

 そこに、フリーナはいた。

 丸い椅子に座り、窓の方を向いていて表情はわからない。
「どうぞ」
 部屋の四隅を囲む警備隊の一人に差し出される、鋏。軽く、切れ味のよい銀の合わせ刃物だ。手にしても真意がわからず「これは……?」と尋ねれば彼女の両手足につながれた鎖が鳴る。
「髪を、切ってほしいんだ」
 ほんの二日、声を聞いていなかったのに懐かしく思える。鼓膜を揺らす声色はいつものような気丈さに溢れていた。朗々と、明るく、そして心を晴れやかにするような語り口。
「首を切るのに邪魔だから切るように言われてね。そしたらなんだか、君の顔が思い浮かんじゃってさ」
「何故私が……。一度も切らせたことなどないだろう」
「綺麗に切れるか不安なのかい?大丈夫、首後ろの襟足に合わせくれるだけでいいからさ!」
 じゃらじゃら、と鎖が連なる音。両手が拘束されているからか、後ろに手を回すだけでも一苦労なのだ。常であれば死刑囚の身だしなみを整えるのは執律庭の者であり、自分よりは器用に髪を切ることができるだろう。
「最期のわがままなんだ……。頼むよ」
 そう囁かれた言葉に、法律に、義務感に、指先が動く。白い髪を手に取れば、長く丸まった毛先が犬の尾のように揺れた。
 しゃきん。
 良い鋏だ。引っかかることなく、力を入れることなく、乙女の御髪を割いていく。
 しゃきん。
 足元に長い髪が落ちていく。柔らかに、滑らかに、石でできた床に散らばる。
 しゃきん。
 ひと房。もうひと房。たっぷりとなびかせていた彼女の長い髪が落ち、丸くなり、波紋のように広がっていく。
 最後のひと房を切り終える。時間にして、十五分も経っていないだろう。
「うん。さっぱりした。ありがとう、ヌヴィレット」
 髪を払うため左右に振られる頭。それだけか、とフリーナの背中を見つめた。
「ああ、」
 髪に隠れていたその背中の、なんと小さなことか。肩の頼りないことか。よくその細さで、頼りなさで、一国の神として存在できたものだ。
 そして、首のあまりの細さに、今ここでへし折ってしまった方が苦しまずに済むのではないだろうか────刹那、そんなことを考えた。
 伸ばしかけた手で切ったばかりの襟足の髪をすくい、口づける。
「おやすみ、フリーナ」
「おやすみ、ヌヴィレット」

 外の雨は、今夜も降りやまない。