しろくまたたくはくしゅんさん
2018-10-21 18:42:59
6199文字
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新世界より・前死譚

勝オルでした。っていう。
※死ネタ

 デクの顔が見えなくなったのは、いつからだろう。

 雄英高校1年の時、俺はデクとはじめて喧嘩した。今まで喧嘩にすらならなかった相手と、喧嘩をした。喧嘩をしたくなった。それほどまでに俺は追い詰められていて、デクは強くなっていた。だから、ちゃんと喧嘩になった。
 結果としては俺が勝った。けれど、全然嬉しくなかった。……ずっと考えていた。デクはヘドロの時からオールマイトに認められていたのだとしたら、俺には一体なにが足りないのか。オールマイトは俺は既に土俵に立っていると言う。こんなに、こんなに弱っちいのに。俺に与えられたのは両手を爆破させる派手な個性。逆に言えばそれ以外なにも無い。クソ髪のような強固な守りも、アホ面のようなアホさも、しょうゆ顔のような柔軟さも、半分野郎のようなチートさも、デクのような献身的すぎる親切心も。
 攻撃するだけの個性は、救護する能力に乏しい。守ることすら難しい。だから勝ち続ける。勝ちにこだわる。そうしなければ意味がない。俺の、意味がない。そう思っていた。あの日の夜までは。デクの拳が顔に入って、それでも勝利に拘っている俺が、馬鹿らしくなった。代わりに、共有された秘密は予想した通りのものだった。オールマイトは俺を責めなかった。活動時間が短なり、どのみちもう使えなくなるはずの能力。それがあの場で燃え尽きただけだ、と。けれどやっぱり、俺が捕まっていなければオールマイトはもう少し、オールマイトをやれていたはずだ。──もう、考えても仕方のないことだ。過ぎ去ったことをあれこれ聞くよりも、これからどうするか。
 力が抜ける。地面に座り、埃の立つ空気を咽ないようゆっくり吸いこむ。過去のオールマイトを、俺は嫌というほど知っている。その力を一体どのように使い、敵を倒し救ってきたのか。単純な身体強化型の個性は、地味なようで一番使い勝手がいい。力の入れ具合で、戦うことも救うこともできる、憧れの個性だ。原初多くの人が望んだ「スーパーマン」に近い個性はそれだけで馴染みがあり、戦うことと救うこと、その両方が望まれる。オールマイトはどちらもこなしてきた。ならば同じことを、いやそれ以上に、デクは期待される。平和の象徴として、巨悪に立ち向かうことを望まれる。悔しいことに、コイツにはそれを背負う覚悟がある。それに見合う力がつけられるかは別として。──いや、つけなくてはいけない。けれど今のデクは木偶で、こんな弱い俺に負けるくらいのへっぽこだ。
……強くなるよ。君に勝てるよう」
 なんだそれは。
 なあ、デク。お前最終目標わかってるか? 俺に勝てるくらいじゃ駄目なんだよ。AFOとかいう気持ち悪いおっさん、それから手まみれ野郎、クソアマに覆面野郎に──悪い奴ら全部に勝たなきゃいけねーんだよ。俺に勝つとか呑気かよ。ダメだこいつ。オールマイト今からでも間に合う。考え直せ。いっそ俺がヘドロに巻き込まれる時まで巻き戻れ。んで捕まっている俺は抗うな。そんまま死ね。そうすりゃ「デク」なんてへっぽこ継承者なんざ生まれなかった。俺の死体の横でびーびー泣いてりゃよかったんだ。良かったじゃねえか。お前これから怖い思いも痛い思いもせずに済むんだぞ。もう手遅れだけどな。
 深いため息が出た。オールマイトとデクの秘密を知ってるのは生徒では俺だけだという。
オールマイトは秘密を公にしたくはない。けれどデクが巨悪に立ち向かうことを望んでいる。そんなの木偶の棒一人だけでは無理だ、周りのサポートは必要だろう。オールマイトはライバルなんて必要なかったかもしれないが、このクソナードな継承者を奮い立たせるには、好敵手が必要で……ああそうか。俺がなるしか、ないのか。嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方がないけれど、俺はデクのライバルになる。強くなり続けてオールマイトを超えるほど滅茶苦茶強くなるという俺の目標は変わらない。それをデクが超えるほど強くなった時が、オールマイトの求める巨悪に立ち向かう力になる。そう信じていないと、やっていられない。オールマイトが望むなら──オールマイトに、認めて欲しいから。
 だから、デクと俺は、ライバルになった。

 卒業する前、大きな戦闘があった。敵連合は蓄えた力でオールマイトを、緑谷出久を殺しに来た。俺は余力を残して戦うことに専念した。救うのは別の奴の仕事だ。オールマイトが標的だというのは分かっていたから、オールマイトの元に行こうと必死になった。けれど、オールマイトの視線の先は、瓦礫に押しつぶされたデクで。ああ。そうか。俺はあんたを助けることすら許されない。望むのは、次世代の平和の象徴を守ること。悟って、伸ばした手を左にずらす。瓦礫に向かって突進していた脳無に向かって爆撃を繰り出した。ひるんでいる隙に瓦礫から気を失っているデクを引っ張り出す。損傷はそれほど大きくない。生きている。それをオールマイトも確認し、微笑んでいた。その先で脳無を抑えている右腕がつぶれていた。もう持たないだろう。爆速ターボで退避し、途中で会った丸顔とクソ眼鏡にデクを押し付け、戻る。間に合え、間に合え、間に合えば──
「オールマイト!」
 下半身がほとんど無かった。それでも息はあった。しぶとい人だ。その時だけは救うことに専念した。戦うことを放棄した。だから、これは罰なんだ。戦闘が終わって、敵連合はすべて捕縛された。搬送先の病院で、オールマイトは集中治療室にいた。根津校長が俺を呼んだ。呼吸器をつけられてしゃべりにくいのに、それでも必死に言葉を紡いだ。
「みど……や、しょ……は?」
 ああ。
 ああ、ああ。
 そうだった。この人は俺なんか見ていなかった。初めから、あの無個性でどうしようもないクソナードで人助けに自分の命すら投げ出して体をボロボロにするクソしか、眼中に、ない。
「デクは、大丈夫だ」
 どうしたら認められる? どうしたら俺を見てくれる? どうしたら、あんたは、安心できる?
「この先も、ずっと……あいつのことは、俺に任せろ」
 根津校長がひげを揺らした。青い目が閉じていく。口元がゆっくりと弛緩していく。満足そうに笑ったのかもしれない。医師がじっと機器を見ていた。メーターの揺れが弱くなって、そのまま水平になった。腕時計を見て、看護師が手持ちのカルテに時刻を書き込んでいる。
 俺の憧れた人は、静かに死んでいった。

 卒業後はデクのやりたいようにさせた。根回しも根津校長がしてくれたので俺はほとんど実働していないが、それでも生存確認くらいはしに行くことにした。コネクション作りはあくまでついでだ。デクが一人にならないように、その国でも信頼できる人物を付かせた。死ぬことはないだろう。そうならないように、利用できるものはなんでも利用する。たとえば、デクから向けられている特別な感情さえも。「死なないうちに日本に戻って来やがれ。事務所立ち上げっからそこに来い」というのもコイツを死なせないためのストッパーだった。距離を置きつつ、それでも繋ぎとめておくには最適な効力を持ちつつ、それは三年と半年で成就した。海外経験を積んだヒーローデクは平和の象徴として十分な人物に成長していた。勝って救い、救って勝つ。またいつ巨悪が生まれたとしても、オールマイトが心配するようなことは起きない。コイツは必ずここに生きて帰ってくるし、巨悪に勝つ力を持っている。そう信じていた。その目の前の選択肢を見るまでは。

『緑谷出久 OR 爆豪勝己 八木俊典』

 クソモブヴィランが、と罵る口が開かない。どういうことだ。死者が選択肢に上がっている。報告になかったことから、恐らくレアケースなのだろう。それとも、人間は死者にそこまで執着を得ないものなのかもしれない。しかし、この個性の真髄は「選んだ方が消滅する」ことではなく「選んだ方は存在できる」であるということを、どうして他人に伝えることができるだろう? それを他人や敵本人が知った時に、悪用されるのが目に見える。1分という短い時間で、それを伝えることも困難に思えた。周りに誰も居ないことも幸いだった。
 どれだけ俺がその世界を望んだとしても、オールマイトがその世界を望まないのなら意味は無い。いつからだろう。デクの顔が見えなくなったのは。オールマイトのようにくぼんだ顔ならよかったが、あいつの顔は童顔で、海外長い癖に平たくて、それでいて緑の瞳が希望に満ちて輝くから、他人の期待でフラッシュがたかれると、なにもかもまぶしすぎて見えなくなってしまう。
「デク」
 もう顔が、思い出せない。

   ◆ ◆ ◆

 晴天の霹靂。まさしく。
 どこまでも澄んだ空が広がる。
 ざざー、ごろごろ、と海鳴りが聞こえる。
 天国というわけではない。車が何台か停まっている。足元はコンクリート。寒さを感じて腕をさすれば、素っ裸で現実に立っていた。ここから見える建物の形が物語る。ここは、俺の死に場所だった。
 息を吸うと、少し重い気がする。周囲に気配はない。しばらくそのまま突っ立っていれば誰かが見つけてくれるだろうか。そんな淡い期待があった。
「かっちゃん!」
 ほら。嫌な予感がした。抱きしめられると温かい。こいつは生きている。けれど、あまりにも静かだ。
「海、の」
「うん?」
 まぶしすぎる顔は今や、少しくたびれた顔になっていた。そばかすで、確かにデクの顔なのだとわかる。
「海の、音が聞こえる」
 足に力が入る。なんで聞こえる。ここから海は遠いはずだ。それを留めるデクの手。すぐに戻る、と言ってどこかへ消える。
 目の前の道に、さっきから車も通らなければ人も通らない。都会のど真ん中なのに。向こうのほうの表通りのざわめきも聞こえない。駐車場から出て、目の前の道を見渡す。服が、鞄が、あちこちに落ちていた。それだけで十分だった。腹が立った。自分に、どうしようもない馬鹿に。なんであいつの気持ちを利用した。なんであいつは世界に自分を含めない。なんであいつは俺を選んだ。あいつは、お前は──
 殴った手が痛い。緑の目が真っ直ぐと俺を見た。目を見たのは、ずいぶん久しぶりだった。そんな目でいつも見ていたのか。俺を。
「君しか、選べなかった」
 そこまで、愛されていたのか。お前に。

 人類が二人しかいない新世界が出来てからというもの、デクと二人穏やかに過ごしていた、と思う。人間がいないのであればそこに善悪は存在しない。いや、傍に一人いるが、そいつは紛れもなくヒーローだ。俺以外の全人類を消滅させた巨悪の存在でもある。しかしそれを倒すことはしない。判断基準が俺しかいない。そこに真の善悪はない。そして何より、こいつが死ねば一人で生きていくことになる。人類が残した遺産を少しずつ減らしていきながら老いる、というのはぞっとしない。
 デクが滅ぼした人類というのはあまりにもでかい。日々消費される酸素、日々排出される二酸化炭素、それらが人間の総数分バランスを崩したのだ。虫がすべていなくなれば植物が死に絶えるように、人間がいなくなればこの星に影響を与える。気候の波が大きくなっていき、7月に入ったというのにほとんど気温の上昇が望めない。氷河期の到来だった。これはいずれ起こるとされていて、今の人類はどんなに頑張ってもその氷河期の間に滅びてしまう。64億年存在する地球からしてみれば人類の繁栄など一瞬だろう。それがほんの数百万年早くなっただけだ。生態系バランスの崩壊による氷河期など、これもほんの一瞬で終わるだろうが、それでも数千年かかるだろう。たった二人の人間にのり越えられるはずもない。ならば、最後の人類として希望を残すことが優先だと思われた。つまり、未来の知恵ある生物に、旧人類という媒体を残すことを目標とした。
 このまま秋になる前に氷河期に入ることを予想した俺は、8月に入ると準備をして、山に登る決意をした。日本には複数、山脈に流氷が存在する。いずれも三千メートル級の山が連なる、日本アルプスである。そこで死ねば骨くらいは未来に残せるだろう。
「登るぞ」
「登る? これに?」
 デクは白い息を出して、山を見上げた。既に山頂付近は厚い雲がかかっており、雪も降りつもっていた。死にに行くのだ。デクが行きたくないというのであればここで分かれるつもりだ。しかしそれも酷な話である。俺が死ねば、デクはもう二度と人間に会うことはできない。投げた防寒具をデクは受け取った。その顔はどこか嬉しそうだった。
 天候は最悪で、落雷に気を付けつつ進む。以前この山を夏に上ったことがあるが、まずこんなパウダースノーは降っていなかった。数日かけてようやく中腹、さらに頂上付近の岩肌に近づいたが、登れるモンじゃなかった。雪が降り積もり、凍るならまだしも、氷河期に入ったばかりの山肌の気温は安定せず、岩に張り付いた雪が固定されるのは何年も先になるだろうことが予想された。山登りなんてど素人なデクはよくここまでついてきた。以前雨宿りに使ったことのある横穴を見つけた。そこに入り手袋を外す。感覚が麻痺していたあたりからマズいと思っていたが、やはり凍傷が起こっていた。ライトをつけて穴の中を照らせば、久しぶりにデクの顔が見えた。死んでいた期間があるから俺より二歳年上のくせに、俺より若く見える童顔だ。
「手袋、はずして……
 デクの右手は凍ったように硬く、内出血で膨れ上がっていた。ナイフで布を外すと、傷だらけの右手がそこにあった。二年のうちに作った傷跡も多い。それをなぞった指先に感覚は無い。けれどその指と指の間に自分の指を絡める。もう二度と離れることはないように。こいつが目覚めたとき、俺が居なくて、また世界中すべてを殺してしまわないように。
 ブリザードの高くふぶく音をぼうっと聞いていたが、ふと、これだけでは足りない気がした。未来になにかを残すのに、これだけできちんとわかるか不安になった。メモ帳を取り出して、ペンのキャップを歯で外して、手を引きずるようにして書いた。

 新世界より 愛をこめて

 左肩の温度が動く。もう目は開いていない。瞼が霜でくっついてしまっている。書いた言葉は何かと聞いてきた。答えてやる。俺とお前のことだ、と寄り添ってやる。最後くらいいいだろう。こいつは頑張った。間違ってしまったけれど、なあ、そうだろ──
「うそつき」
 オールマイト。あんたが願う通りにならなくて、ごめん。こいつは俺を好きすぎる。どうしたらよかったなんて、もう死んだ奴に聞けない。オールマイトに認めて欲しかっただけなんだ。俺が一番だって。でもなれなかった。とっくのとうにわかっていたけれど、それでも諦められない。デクが俺をあきらめなかったように、俺もあんたをあきらめたくない。吹雪が止んで、澄んだ夜空に一つの輝く星が見えた。オールマイトみたいだなって思ったんだ。そんなわけないけれど、手を伸ばしたら、そこに届くくらい近かった。きれいな、まっしろくて、きらきらしてる星だった。おれの、あこがれで、いちばん──