しろくまたたくはくしゅんさん
2018-10-20 17:13:14
5308文字
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新世界より⑥

dktかもしれなくないかもしれないだろ~~~~????※死ネタ

絶望をこめて。


「でも、ここに、僕は帰ってきた。──僕が、来た! なんて、ね。色々事情はあるけれど、逃げて情けない僕だけれど、また皆と一緒に活動できたらなって思います。これからも、よろしくお願いします」
 出久は深々と頭を下げた。ぱらぱらと拍手が起きると、一斉に「おかえり、デクくん!」「よろしくな緑谷! チームアップしような!」「待ちわびたぞ、この時を──」「偵察必要な時は呼んでよねっ」と言葉を投げかける。出久はひとつひとつに頷きながら、涙を流す。師匠である故人から「泣く癖は……」というのを終ぞ直すことはできなかったのだ。その代わり命一杯笑う。その時、出久は歪んだ視界の中で勝己を見たが、彼はどこかぼんやりと宙を見ていた。なにか気に障るでもなく、空気のように佇む彼に呼びかけようとした口は、切島の腕が肩にかかり引き寄せられたことで閉じてしまう。
 出久が勝己に話しかけられたのは、飲み会がお開きになった後である。バイクで此処まで出久を乗せてきていたため、必然的に帰りもバイク、故に勝己は一滴もアルコールを飲んでいない。足元がふらつく出久を抱きとめて「しっかりしろクソナード。帰んぞ」と言ってきたのだ。帰りかけていた彼らの級友は驚いた。
「おや爆豪さん、お持ち帰りですか?」
 峰田の一言に上鳴が乗る。「お盛んですこと~」と。二人とも酒には強いが口は軽くなるタイプだ。からかいの標的にされた勝己が口を開く前に、出久は彼の背中に手を回し、逞しい肩越しに級友たちを見て、瞳を緩ませた。
「そうだよ。僕、今日からずっとかっちゃん家だもん」
 その言葉の端々に、うれしくて、満足で、しあわせで、たまらない、という感情が込められていた。事情を知らぬ級友たちは絶句し、各々言葉にならぬ言葉を上げる。しかし当事者二人にとってはとうに決まっていたことである。この時級友たちは「既に爆豪の事務所に所属することが決まっているのでは」ということを予測していたので数日後のヒーローニュース速報には驚かなかったが、世間は大騒ぎとなった。二人は幼馴染かつ同じヒーロー科卒かつ敵連合総力戦実質の軸となったことで有名な一方、その仲の悪さもまた有名であった。卒業前は勝己から出久に距離を置いたということを知っている級友たちは、今から二人が同じ敷地で、家で、部屋で暮らすというのが不思議でならない。最も、彼らは勝己がこまめに出久に会いに行っていたというのを知らないのだが。
 根掘り葉掘りとされる前に、勝己と出久はその場を去っていった。昼間のエンジン音は何処へやら、スイッチを切り替えて電動で走るバイクは静かに闇に消えていった。

 出久はその日の朝、良い匂いのする部屋で目覚めた。真新しいベッドは少し硬かったか、単に酒に酔った体が変な方向に曲がっていたのか知らないが、彼は関節を回しつつ起き上がった。匂いは少しだけ開いた扉の向こうからだ。誘われるようにして出久は部屋から顔を出した。キッチンにいる勝己は出久に一度視線を向けて、すぐに手元に戻した。
「飯食いながら作戦会議するぞ」
……うん」
 出久の心は少し沈んだ。彼が勝己と一緒に住むのは一人でも多くの敵を倒し、捕まえるためだ。「おはよう」「おやすみ」を言うためではない。前述したが、出久は勝己の事務所に所属することと相成った。サイドキックとしてではなく、チームとして活動することを選んだのだ。諸外国で活動経験を積んでいる折々に勝己は出久に会いに来たかと思えば「死なないうちに日本に戻って来やがれ。事務所立ち上げっからそこに来い」と勧誘していた。出久からしてみればそれは命令であったが、条件反射ではなく心から「うん!」と同意した。海外で心の深い部分の傷を癒しつつ、勝己が事務所を立ち上げるのを待った。半年前に名義を世間に公表したのですぐにでも帰りたかったが「ごたごたしてるからもーちょい待て」と犬のように御預けを喰らった出久は、ようやくこの勝己が住むマンションにこぎつけたのだ。
 かなわない恋をしているという自覚はあるが、出久は勝己を目の前にするとやはり浮かれてしまった。昨日、グレイヴ・タワーの前に颯爽と現れた時はその格好良さに憧れ、恋心が炸裂してしまった。実家までのドライブも、ずっと背中に(しかも合法的に)張り付くことができたのだ。これ以上ない幸せだというのに、昨夜のお帰り会でとうとう皆に見せつけるようにしてしまった。対する勝己はさも当然、という態度で出久を持ち帰り寝室に放り投げた。そしてそのまま部屋を出ていき、向こうのほうで扉が開いて締まる音が聞こえたのだから、ビジネスライクここに極まれり、と出久は目を閉じてその日の世界を終わらせた。
 白米、味噌汁、のり、目刺、だし巻き卵、おひたし──まるでお手本のような和食の献立だ。しかし帰国した出久にはこれほど恋しい味もあるまい。昨夜のお帰り会も和食中心であったが創作料理が中心で、こうした平々凡々とした味はほんとうに久しぶりのことであった。
「かつ丼は昼な」
「え、かっちゃんなに、エスパー?」
 午後から二人は事務所に行き、これから話し合う標的に関してのチームアップ要請を行う。それから見回りの地区を確認、事務所での基本的な業務の確認、など、基本的なことを復習う。朝食後は出久の日用品の買い出しに行き、それから昼食をとって出勤だ。
 一日にすることは山積みで、ヒーローとして活躍を求められる彼らに安息の日々はやって来ない。それは永遠のようで、出久が日本に帰国し半年経っても永劫に続くように思われた。

   ◆ ◆ ◆

「オア・キリング?」
 出久は近づいてきた腕をはじく。次に腰をねじって反転、もう一度腕を使って反転する頃には左から蹴り込みが来ていた。膝を曲げて上体を浮かせるのを速め、崩れた滞空体制を整えるために過ぎ去ろうとしていた足に飛びつき勝己の膝を伝う。払おうと爆破準備を始めた手の位置を捕捉、それから勝己の足ごと抱え込み押し倒す。レスリングの要領だ。
「ンなろっ!」
 両手で爆破を繰り出した勝己はそのまま上に出久を蹴り上げるような体勢を取ろうとしたが、出久は片足を勝己側に伸ばす。二人分の重心を爆破する動力の方に近づけたのだ。垂直に近い形で飛び上がったが、瞬時に勝己は反動に従い振り子のようにして上体を膝に近づける。ぐっと近づいた顔に頭蓋骨が鳴る。このくらいの衝撃ではお互いびくともしない。ふと重心の傾きを感じ、出久の見ていた景色は向こうっ側の壁から天井へとうつされる。重心がひっくり返されたのだ。そのまま腹に膝が入ると、出久はがふりと息を吐いて詰まった声で「ぎ、ッ!」と唸る。
「ふっ、国際部から、直電だ。──ハァ、明日にはロシア政府から直々に、日本ヒーロー協会へ、っふぅ……達しが来る……これで一勝一敗だ、クソッタレ」
 勝己は上がった息を整える。出久は天井から降り注ぐ光に癒し効果があると信じているかのように、全身を広げて身をゆだねている。手合わせの日課の間にはいった着信からの情報である。勝己は出久が修行に出ていた3年間と半年、出久が生きているかの確認をしに行くだけに終わらず、その土地でコネクションを作っていた。国際警察とのコネもそのとき得たものだ。彼らしくない旅費の無駄遣いだ、と思っていた出久もそれを聞いて納得した。つまるところ自分への生存確認はそのコネのついでだったのかもしれない。たまたま彼が行きたい場所に自分がいて、もしくは修行先を誘導されていて、そこに彼が来た──「僕って、案外ちょろい?」「話聞いてたかよクソデク。その通りだ」と出久は幼馴染の用意周到性に舌を巻いた。
「間違いなくAFOと同じレベルでヤバい奴だ」
 それを聞いて、出久は地面から起き上がった。AFOはもうこの世にいない。死んだ、というべきか。どこかの次元に挟まっている、というべきか。ともかく誰も死体を見てはいないが、生体反応はないので死んでいる、という見解である。まるで見えないところでトラップ餌を食べて死んでいるゴキブリのような気持ち悪さを抱えつつ、とりあえず顔を見せないことに安心しているのが現実だ。その諸悪の根源ともいえる敵であったAFOと同レベルである「オア・キリング」がロシアの独房から脱走、国外へと逃亡したのだという。
「個性は?」
「──どちらかを、消滅させる個性だ」
 オア・キリングは十数年も前にその身を永久独房へと投獄されている。その個性は凶悪で、目を見るだけで発動させることが出来る。回数制限などは明確化されていない。何故なら「愛する者」の死を天秤にかけるのだ。実験などしようものなら隣の奥さんや旦那さんの行方不明が相次いでしまう──話を戻そう。大概の人物は一番愛しているのは己の可愛い身と愛している人やペットを天秤にかけられる。そして、選ばれなかった方は消滅する。選択肢は必ず二つ出てくるが、個性の持ち主にはどのような選択肢かわからないらしい。選択肢は個性をかけられた本人以外も見ることができる。制限時間があり選ばずに一分をすぎると、どちらも死亡する。尚、天秤にかけられるのは等分の命ではなく、複数人固まっての選択肢であるケースも存在する。たとえば「夫 OR 愛娘である三つ子」などであるが、当時そこまでの情報はこの二人の知るところではなかった。
 そうして国際レベルでヒーローにのみ通達されたにも関わらず、その日のうちにオア・キリングは一般人に名前が知られることとなり、世界を混乱に陥れた。行方不明や不審死があればオア・キリングがこの街にいるぞ! などとネット上で騒ぎとなり、警察やヒーローはその火消しに追われることとなった。行方不明・不審死は事実であるが、年間の行方不明者と不審死は二十万件を超える。すべてオア・キリングの件として調査するわけにもいかず、しかし詳しく見解を述べなければ周囲は疑心に苛まれるばかりという悪循環であった。
 よってその件ははじめ、「また行方不明届けか」ということで警察は疑問に思わなかった。老夫婦の娘は、一週間に一度は実家に顔を出し、持病の薬をきちんと飲んでいるか、変わったことはないかとマメに聞いていたそうだ。しかしある日電話をかけて「今から行くね」と伝えようにも、誰も出なかった。二人そろって出かけているのかもしれない。そう思い、彼女は夜にもう一度電話をかけた。夜に電話に出ないということは滅多に無い。心配になって老夫婦家を訪ねると、明かりがつきっぱなしの部屋に誰もいないと言うのだ。リビングに脱ぎかけの衣類があり、誰かにお茶を出した跡があったという。警察も変な失踪の仕方だな、とは思ったが、深く追求はしなかった。通帳があることを確認はしたが、娘も両親の現金までは把握していなかったので盗まれたものはなさそうだ、と判断した。しかし、その後同じ地域で行方不明になった一人暮らしの老人宅でも、脱ぎ捨てた衣類が敷かれた布団の中で発見され、とうとう上層部に報告を上げた。一斉に家宅捜索がされた結果、周囲にもう三件、同じく日常生活を送っていたが体が消えてしまった故にできた衣類の脱ぎ跡が発見されたのだ。
「日本に、いる──」
 警察上層部は世界の混乱状況を鑑みた上で、オア・キリングが日本に潜伏中であることを極秘事項としてヒーロー協会に情報共有した。すぐに警英合同での会議が開かれ、警察側の特別部隊、ヒーロー側の特別部隊が発足した。
 その中に平和の象徴を引き継ぐ緑の青年と、現ヒーローランキング一位を誇る青年がいた。この二人がいれば向かうところ敵無し、と謳われるまでになった出久と勝己の二人である。彼らも国際警察から電話を受けて以降独自にネットワークを展開し警戒にあたっていたが、日本にいるらしいとわかり一層肩に力が入る。二度と、二度と巨悪に負けぬために力を蓄え、経験を積んできた二人だ。
「絶対捕まえようね。かっちゃん」
「ああ……
 こつん、と合わせた拳は、いつもより力が入っていた。

 二週間後、その約束の通り出久はオア・キリングを捕まえた。起点である目は焼け焦げ、垂れさがった皮膚が瞼をくっつけていた。殺さずにとらえる為にそうしたのだ、と出久はすぐに周りを見渡す。地面に押さえつけられた男は激痛の中、忍び嗤う。出久の視線の先に何があるかなど、視界を奪われても想像できたのだ。中身の無いヒーロースーツ。転がった二つの小手。しかし残念だ、とも思った。何故なら、平和が絶望する顔が見られないのだから。
 だから、彼は世界でも屈指のセキュリティを誇るタルタロスへ収監された後も外へ出ることをあきらめなかった。ヒーローが絶望する顔を見たかった。あの、最後まで己の信念を貫き笑う顔ではなく、ヒーローとして至上の、平和の象徴の絶望に満ちた顔を──彼は何度もつぶされた目で、わずかな網膜の欠片で、見たのだ。
「かっちゃん」
 奇しくもその顔は、かのヒーローが見せた顔と同じであった。