平和の象徴オールマイトが亡くなったのは、出久たちが雄英高校に在学中の事であった。活発化していた敵連合、そして巨悪の根源であるAFOとの戦いの後、彼は息を引き取った。当時は出久も負傷が酷く、その死に立ち会えなかった。立ち会ったのは根津と、そして多く交戦しつつも怪我の少なかった勝己である。どんなやり取りをしたのか、根津も勝己も一切口には出さなかった。聞くのも憚られたが、その前にメディアはこぞって当時のヒーロー科生徒をほめたたえ、次世代の平和の象徴として祀り上げ始めた。出久は努めて笑顔であったが、勝己は辟易し鋭い目つきを一層吊り上げて対応していたのは、世間の記憶に新しい。
根津も昨日のことのように思い出し、そして空になったティーカップ二つ分に紅茶を注いだ。
「午後から、参ろうかと思っています……」
オールマイトもとい八木俊典の親族は既に亡くなっていた。これは死後に判明したことだ。OFAの後継者であり彼の弟子でもあった出久は、そう言えば彼とそのような話をしたことが無かった。あれほどオールマイトというヒーローに執着していたにも関わらず、彼のヒーロー性ばかりを見ていた。弟子になってからもOFAについて尽きることのない悩みに向き合うのが精一杯で、そうした他愛のない会話をしていない。出久はOFAにかかりきりのあまり、八木俊典という男の存在についてあまりに無知であることを痛感した。
彼に親族はおらず、故に墓の場所もよくわからなかった。そもそも、世界に知れ渡るヒーローの亡骸だ。通常の墓地に埋葬したところで墓荒らしされると予想された。塚内の推薦もあり、遺体は都市中央にあるセントラル・グレイヴ・タワーと呼ばれるハイテク集合墓地に納骨された。
そこに参るというのに、出久の言葉は歯切れが悪い。というのも彼はその場所があまり好きではない。床も壁も天井も光も、真っ白である。境界線がよくわからず、通常の人がイメージする天国を模した空間らしいが、どうにも安らかに眠れる場所ではないと思うのだ。まぶしくて安眠できやしない、と相澤が納骨後生徒の前で皮肉っていたが、出久はその言葉に心の底から頷いた。
数時間後、出久はそのそびえ立つ集合墓地の前にいた。瀬呂とは学校で別れ、根津校長の好意で荷物集荷の宅配業者のトラックに紛れ込ませてもらったのだ。正面門にも業者用の裏門にももちろん記者たちは張っていたが、トラックが集荷場につくころには尾行車も散っていった。
「ありがとうございました」
「いえいえ。サインいただいてありがとうございました!」
段ボール箱をリサイクルして作った味のある色紙が、集荷場事務所の上に飾られる。いくつものサインが見えたので、なるほど常套手段らしい、と出久はそこを後にした。
道を歩いているとバスがあったので最寄り駅まで乗り、そこから都内を目指す。冬の都会はビル風が厳しい。変装用に装着しているキャップを深く被り直した出久はタクシーを呼び、都内中央に真っ白とそびえ立つタワーを目指した。タクシーの運転手は出久に話しかけてきたが、いずれもふたつみっつの会話で終わらせた。ラジオからは出久の帰国、それから雄英高校に立ち寄ったことなどが大々的ニュースのように取り上げられている。そんな事より敵の情報を流してほしかった。出久が日本に帰ってきたのはそのためである。墓参りの後、夜に開かれる飲み会までの間、塚内が時間を取ってくれている。その敵の情報を──脳無と呼ばれる怪物の情報を、もらうために。
タワー周りにも、おそらく出久に突撃取材をするためのマスコミや記者が張っていた。死者が眠る場所にまで食いつく根性は図太い。彼は辟易し、地下駐車場まで向かうようタクシー運転手にお願いした。地下駐車場にもやはり張り込みがいるので、タクシーから出てダッシュで受付に行き専用カードキーを手に入れエレベーターに乗り込むシュミレートを、彼は何度も頭の中で繰り返す。入口から少し離れた場所に停まった運転手は、降りる間際の出久をじっと見て、「あ、」と発声した。出久は一万円を青いプラスチックトレイの上に置くとさっさと降りた。ドアを閉める前に運転手が叫ぶ「待ってください、ヒーロデク! サインください!」
しまった。と出久は顔を引きつらせる。耳聡く目聡い記者・マスコミがハイエナのように向かい来る。
そこを遮るように黒い大型バイクが停まった。
「乗れ」
エンジン音に掻き消されないほどの声量で、黒い皮着の男が言った。投げつけられたヘルメットを装着し、後ろに乗り込むと後ろに引っ張られたので、出久は慌てて目の前の人物に飛びついた。
「かっひゃん」
上手く顎までおさまらなかったヘルメットに邪魔をされながらも、彼は幼馴染の名前を呼んだ。
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