しろくまたたくはくしゅんさん
2018-02-24 22:53:10
5815文字
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担喜(かつき)【勝デク♀】

落語にはまって書いてみた話。なんかもういろいろ目をつぶってください。

【あらすじ】
縁起も良く人一倍速い飛脚の勝己は、遊郭で逃げ出そうとする遊女を見つける。同郷のよしみで頼みを聞くが、その遊び女は将来を約束した幼なじみであった。



【高座】

 江戸時代、飛脚の話にございます。

 江戸から駿府を往復する有名な飛脚がおりまして、この者を「爆豪勝己」と申します。
 なぜ有名かと申しますと、この飛脚、名前を「勝己」といいまして、勝己、かつき、担ぐ喜び、すなわち「担喜」と験を担がれ各大名より大変重宝されていたのでございます。
 結納の祝言ややや子が生まれたときの手紙や贈り物をこの飛脚に任せれば、相手方にとにかく喜ばれた次第。

 さてさて、この飛脚が江戸の花街を通りかかったときのことで御座います。
 大名というのはまぁマメなものでして、参勤交代で遠くに離れたおりには、遊女に手紙やかんざし、煙管などを贈ることもしばしばありまして。勝己はどこぞのなになにという太夫に、今しがた手紙を持っていったところにございました。
「もうし、もうし」
 裏通りをすたこら走っていたところ、か細い女の声が聞こえてきまして、飛脚は足をその場に踏みながら、「よぉどうした」と細い路地をのぞき込む。するとそこには泣きひしゃげてうずくまる女が一人。
「どうしたテメェ、酷い面しやがる」
「飛脚さん、これには訳がございまして。こうこう、こういうことにございます」
「へえ、お前さん、遊郭から逃げ出そうってのかい。ハァ。なんだって。年季明けに大名息子のところへ嫁ぐ。良い貰い手じゃあねェか」
「へえ。その方には禿のころから大変よくして頂きました。しかし、どうにも決心がつきません。
 飛脚さん。どうか私を担いで遠くへ連れて行ってもらえませんか。賃はいくらでも払いませう」
 遊女があんまりにもめそめそ泣きますので、はぁ困っためんどくさい、と飛脚はしばし仰ぎましたが、お駄賃が出るならばそれもよいか、と肩に担いですたこらさっさ、あゝさっさのさでさ。
「一依り白富士、二まで番やァ、明日か三寸また来て四つ角」
「はぁその歌。懐かしゅうございます」
 飛脚が生まれ故郷の遊び唄を口ずさんでいますと、遊び女がそう言うので、じいっと黙っていますと次を歌いまして、「ヨイヨイ五首釘刺しゃ六つ嫁、七とき会いたりゃ八の字書いて」と上手に紡いだので、最後は「九を据えては十里も行かぬ」と声を合わせて締めくくる。
「遊び唄はお郷が違えばちっとばかし違うもんだ。さては手前、俺と同じ駿河の生まれだな?」
 聞けば、
「ええ、ええ。そうです。同じ郷のよしみでも一つ頼みを聞いてくださいませんか」
「仕様がねえ。聞くだけなら聞こうじゃねェか」
 女は川に寄ってくれと言うので、江戸と相模の境にある川に下ろせば「ちょいとあちらをご覧になっててくださいませ」と向こうを指すので、なぁんだ厠か、と飛脚が空を眺めていると、「どぼん」と音が聞こえたので、慌てて振り返り仰天した。女があれよあれよと川に流されていく。
 飛脚はすかさず箱を下ろし、飛脚なんでふんどししか着けていない。飛び込む準備はとうに出来、そいやぁ! っと飛び込みまして女を引き上げた。
「お前さん、厠にしちゃ深く行きすぎだ」
「どうぞ見捨ててください。お駄賃は箱の中に入れておきました」
「なんでぇ、端から死ぬつもりだったか」
 生まれてこの方走ることしか知らぬ飛脚は、どうして女がこうもめそめそするかわからない。箱に括った荷物をほどけば粟の握りが二つばかり。女に分けて話を聞いてやることにした。
「先ほども申し上げましたが、私は駿河の生まれにございます。こんな小さい時分にそこから離れましたが、そのとき幼馴染の男と契りまして。元服しましたら添いましょうと」
「男が迎えに来なかったんか」
「ええ。なにしろ、小さい時分の約束です。忘れてしまったのかもしれません」
 女はうなだれる。そのほっそりとした首から漂う悲しみを見て、飛脚は太ももを叩く。
「そいじゃあ、お前のお郷まで連れてってやらァ」
「えぇ? きゃあ!」
 飛脚は女を担いでまた走り出す。街道を走れば噂になるってもんで、飛脚しか知らぬような山道野の道けもの道を行きまして、富士の麓に着いた頃には夜中になっておりました。そこで宿に泊まりまた朝から走りまして、とうとう駿府の外れにあります小さな町へとやってきた。
 飛脚は見慣れた景色をすたこらさ。やぁどうしたものかと足を踏み、幾度か女の顔を振り返る。
 昨日までの泣きっ面はどこへやら。目元は子どものように大きく唇がふっくらとした肉付きのいい女は、飛脚の頭の隅に引っかかる。そうしているうちに町の中に入れば、飛脚によく似た女が一人駆け寄ってくる。勝己のおかかであった。
「あらアンタ。いつもいきなり奉公から帰ってきて。それにその子は誰だい──おや、まぁ」
 飛脚が女を降ろせば、「ご無沙汰をしております」とお辞儀をするので、飛脚は舌を打った。
「お出(いず)ちゃんじゃあないの。そんな身なりで、どうしたの。さあ家に入んなさいな。適当なものを見繕うからね」
「ばばあ、そんな奴家に上げる義理もねェだろう」
「この子ったら。いいのよ、お出ちゃん。放っておきゃ」
 お出──この名を飛脚は知っていた。小さいころよく野山を駆けまわって遊んでいた、「出久」という男の子は、周りの大人たちからそう呼ばれていたのでございます。家に入り、廊下を跨ぐように歩いて障子を開ければ、ああ、失敬。飛脚の目には確かに豊満な胸と肉付きのよい尻が襦袢の合間から見えたので、確かにおなごなのだと解った次第。化粧箱の角をぶつけられないうちに外へと退散、あちこち町の馴染みに挨拶しながらよくよく思い出せば、そういえば小さい時分にそういう契りをしたかもしれぬという気になる。
「元服しても一緒にいよう。確かに、そう約束したかねェ……
 やれやれと飛脚は顎を擦る。おなごと知っていれば迎えに行ったものを、という思いをすぐにかっ消し「あの木偶の坊だぞ。放っておいて正解だったな」とすぐに合点。
 かぁかぁと赤い空に黒点々。腹も減ったし俺の家だ、帰らぬ義理もなかろうと、飛脚が帰れば、まあなんと美しい出で立ちの女が出迎える。
「なんでぇ、お前は」
「なにと言われましても。木偶の坊にございます」
 嫌味のように言うので、やぁこれはやはり小さいころ野山に連れまわし、つついて虐めていた出久なのだと認めざるを得ない。身なりを整え、薄化粧もして、紅もさしたるそのおなごの色に当てられ、飛脚は飯を食っても風呂に入っても終いに考えるのは女のことばかりであった。

 さてさて、床に入っても女のことばかり思い浮かべば「こりゃイカん、身体が鈍る」と翌朝早くに飛脚はひっそり出立した。昼頃に駿府の方で書簡を承り、江戸に向かいてすたこらさのさ。道中、富士を見上げて水を飲んでいますと、なにやら向こうから大名行列がずらずらやって来る。「よけろ~ぃ、よけろぉ」となにやら急ぎ足で通る。旗を見れば、江戸のほうでよく見かける家紋であった。水筒を締めて、飛脚は走り出す。
「飛脚だ飛脚だぁ! お傍通りつかまつる! 御免!」
 声を張ってその沿道を走って行けば、棒槍に行く手を阻まれる。
「なんでぇ、書簡預かってんだ。明日の明けには殿様に届けるようになぁ」
「お主、飛脚『担喜』であろう。先日江戸から遊女を攫った」
「攫ったんじゃねぇや。運んでくれと頼まれた。駄賃もしかと受け取ったぜ」
「ええい、そこへなおれ! お主がかどわかした遊女は、我らが殿様の契り女にあるぞ!」
 数人の兵に囲まれると、飛脚は荷物を降ろし頭を垂れる。兵も慌てて頭を下げれば、籠の中から出てきた殿様がその場に立つ。
「飛脚、足を止めさせて悪い。急ぎ、この書簡を届けてほしい」
 男は懐から手紙を出し、飛脚に渡す。後ろから走ってきた別の飛脚を呼び止め江戸への便を任せると、殿様は飛脚に小判を渡し籠の中へ戻っていく。兵士たちも列に戻り、飛脚が手紙を返せば「お出へ」と書かれてある。
 飛脚は走りに走り、その日の暮れにはまた実家へと帰ってきていた。
「木偶はいるかぁ!」
「はい。はい。おりますよ」
 おっとりとした様子でお出は奥から出てくるので、思わず担いで逃げてやろうかとも考えたが、駄賃を考えるとそうもいかぬ。飛脚は手紙を差し出し、その場でお出に読ませた。
「もう、逃げられないのですね」
 お出の緑の目から、はらりはらりと涙がこぼれる。飛脚はどうして女が泣くのかわからない。思わず懐に仕舞っていた小判を見せて、
「明日までに上等なモンを用意する。そいでここで結納をあげっちまえ。あの殿様はテメェによくしてくれるだろう」
 そう言って飛脚は女の返事も聞かずに飛び出した。
 飛脚は夜中に走り回り、殿様にいただいた小判を抱えて隣の隣街まで走って、上等な着物と漆の器、米俵を担いで朝方に返ってきた。飛脚のおとともおかかも、仰天して「なにごとだぁ」ってんで、町の大騒ぎになった。「お出が結婚するんだぁ」「どうやら江戸の殿様らしい」「やんやえんや、こりゃ街道まで出て祝いごとじゃあ」と祭りとなって、いよいよお出も後に引けなくなった。
「ああ、ああ。かっちゃん。なんてことしてくれたの」
 馴染みの呼び方で女に恨み言を吐かれても、飛脚は気にもしない。
「俺はしがねぇ飛脚。向こうは殿様。どっちが幸せか考えてみろってんだ。遊び女でいまはただの町娘。逃げ出しても構わず追いかけてきた。そいで不満とは贅沢め」
「贅沢。贅沢といいますか。こんなひどい贅沢、とてもいりませぬ」
 埒が明かねぇと飛脚は女を担いで、家の一番奥にある湯屋に放り投げた。そこには腕の立つ湯女たちがおりまして、今から嫁御の身体を清めに参ろうと集まっておりました。湯屋の扉を閉める間際、女はぽつねん呟いた。
「僕は、かっちゃんに担がれてたほうが幸せなのに」
 飛脚は聞かぬふりをして、町へとまた飛び出した。「やい殿様と町娘の結納でぇ、暇な奴はどんとさ来い」と触れ回り、あれよあれよと街道は大賑わい、大名行列もこれはなんだと進めば町中が大騒ぎ。神輿が上がり、提灯が下げられ、何が起こりますやらと町を練り歩いていますと、さぁっと赤絨毯が敷かれましてその上を歩いているうちに、一軒の家に着いた。
「ここで降ろしてくれ」
 殿様の命に従わぬわけにもいくまい。兵士も連れ立ったが手で差し止められ、殿一人がその口に立って朗々告げる。
「御免ください、御免ください。ここにお出はおられるか」
 奥から出てきたのは、黒い着物を着た仲人だ。殿様は一瞬あの飛脚かと思うほど、飛脚とおかかは似ていたが、おかかはそんなこともつゆ知らず。おかかは「はい御座いますよ。ささ、中へどうぞ」と殿様を誘う。
 赤い敷物は中に入っても続いていた。履物を脱ぎ、座敷へ進めば白無垢の美人がおった。殿様は驚き「誰そ」と問えば「お出にございます」と仲人が押すので、神前へと出た。結納だ結納だ、と子どもたちのはしゃぐ声を受けて、殿様はそのまま女の横に収まってしまう。式はとんとん拍子に進み、お出は殿様のものとなったそうな。
 やぁ、めでたしめでたし。














 ──これこれ、物を投げなさるな。やじも飛ばしなさるな。ちっともめでたくないじゃないかってぇ? それじゃあいけない。お席にお座りください皆さま。ええ、ええ。噺忘れていました。続きが御座います。

 結納も終わるころに、女はとうとう泣き出してしまいます。やれどうしたことか、と殿様が式を止めて尋ねれば、お出が話します。
「殿様にはよくしていただいて、大変嬉しゅうございます。しかし、契は結べません。心に決めた者がいるのです」
 殿様は女の背を擦り泣き止ませると、飛脚を探すよう申し出る。女は泣きはらしながら顔を上げた。殿様は「初めからわかっちゃいたが、あんまりにもからかいがいがあったもんで」と茶目っ気を見せたので、お出はとうとう角隠しを取りまして家を飛び出す次第。

 河原でのんびりと寝そべっていた飛脚であったが、聞こえた草履の音に尋ねてみる。
「なんでえ。逃げ出したんかよ」
「へえ。逃げてきました」
 影ができたので、飛脚が目を開ければ緑が見える。一等綺麗な緑だなぁと思ったのも束の間で、起き上がると飛脚は女を担いで走り始める。
「まぁ、何です急に」
「出久。いずく。出る苦、か。こりゃあ担ぎ甲斐があらぁ」
 そして赤絨毯の敷かれた己が家に帰った飛脚は、お出を降ろして膝をつき、そこにいるおととおかか、それから殿様の前で深々と頭を下げた。
「今まで喜ばっかり担いで来ちまった。そいじゃあ仏さんが不平等でいけねえってんで、こっからは苦も担ぐことにした」



 終幕


【あとづけ】
・言葉を落語に合わせてしまったので、誰コレ状態。でくちゃんも一人称「私」になっちゃった。
・お殿様という当て馬は好きなキャラで想像してください。
・配送会社のトラックから飛脚のマークが消えて久しいですが、あれ、赤いふんどしが「幸運」を呼ぶからマークが変更されたと最近知りました。
・江戸の飛脚は、山越えなど途中お馬さんを使っていたようですね。
・「一依り白富士、二まで番やァ、明日か三寸また来て四つ角 ヨイヨイ五首釘刺しゃ六つ嫁、七とき会いたりゃ八の字書いて 九を据えては十里も行かぬ」
 意訳「この上なく素晴らしい白無垢にて、二人は結婚したけれど、ちょっと経てば夫が浮気し尾行しても角でまかれる。とうとう嫁御は五つ人形に釘を刺し、六つ目は自分に刺してしまった。夫は何度も死んだ妻に会いたくて、うろうろと歩いてみるけれど、こういった男はすぐに過ちを忘れて、結局同じことを繰り返してしまう」
・「勝己」から「担喜」へ。「出久」から「出苦」へ。言葉遊び。喜苦を共にするいい夫婦になりそうですよね。
・ちなみにこのあと「担き担く」=「担喜担苦」としてまた飛脚としての知名度をあげたかっちゃんですが、「言葉遊びでも腑抜けちゃいけねえ」ってことで、お子を4人もうけて「担ぎ担ぐ」としたそうな。

どっとはらい