しろくまたたくはくしゅんさん
2018-02-24 18:45:26
5519文字
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そして僕らは花になる【勝デク】

未推敲です。きれいなやつ。支部タグのままです、ご了承ください。

 現代の個性社会においてどうしても個性の相互理解では追いつかない部分があるのは、留意しなくてはいけない事項だ。
 たとえば、エンデヴァーみたいに炎を体から絶えず出す人がいたとする。こういう人は、体温が一般の人よりも高い。じゃあ、身体から絶えず水や氷を出す人はどうだろう。そう、体温がとても低い。あの、ほんとに、生きてる? ってくらいに。
 じゃあ、そういう人たちが満員電車において一緒になってしまったらどうなるだろう。僕ら恒温動物は、夏に炎を扱う人が近くにいたら「あついなぁ」とかぶーたれる。冬に氷の個性の人がいたら、「うわ! さむい!」なんて遠ざかる。けれど不快に収まる範囲だ。じゃあ、その真逆ともいえる個性の人と密着したら?
「俺が生まれる?」
 ──轟君、それとってもセウトな答えだからね。麗日さん、笑ってないで飯田君のツッコミ止めて?
 答えは、「個性事故につながりやすい」だ。以前、混雑した電車内で皮膚を火傷した人と、低体温になって動けなくなった人がいた。近くにいたのは「保温」という個性の人で、火傷した人は「熱吸収」という人だった。いつもは個性を抑えて生活しているけれど、個性の相性によっては、ほぼ無意識に力を解放してしまって気がつけば事故になっている。そんなケースが多々ある。
「なるほど……。では、今回緑谷くんたちがその顔になってしまったのは、そうした無意識における個性事故だ、と」

 そう。そういうことなんだ。



 寮生活になったけれど、連休は外出申請をすれば学校の外に出ることを許されていた。実家に帰って、母さんに元気な顔を見せて、お手製かつ丼を食べて、これ以上ないくらいのんびりとした休日を過ごした僕は、駅で母さんと別れた。
「あ?」
「わっ」
 快速に乗り込めば、良く知った顔。
「か、かっちゃんも、帰ってきてたんだ」
「おー」
 かっちゃんは席にどっかりと座っていた。僕らの最寄りの駅から乗り込む人はそんなにいないから、こうして座れることが多い。
 あの大喧嘩した夜から、かっちゃんは僕に不必要に絡まなくなった。大人しくなったかと言えば全然だけど、特に理由なく声を荒げることはしないし、ちゃんと僕の言葉を聞いてくれるようになった。と、思う。
 さて、僕はというと、その席を通り過ぎて、かっちゃんから見て斜め後ろの席に座った。背もたれからはみ出たかっちゃんの髪の毛が見える。つんつんしていて、夕焼けにじんわりと染まっていた。
 きれいだなあ、とぼんやりしていると、ぷしゅん、と息を吐いた鉄の塊が動き出す。決められたレールの上を走り、定刻通りに東京へ。携帯を触っていたけれど、ごとんごとんという揺れで、すぐに眠くなってしまった。
 目覚めれば、乗客でいっぱいになっていた。連休後半、最終日に向けて混雑は加速するのはわかっていたけれど、やっぱり多いなぁ。──あ。
「あの、ここ。よかったらどうぞ」
 お歳を召した女性と、小さな子どもに席を譲る。様子を見るに、連休だから少し遠出をしてその帰りなんだろう。ヒーローランドに行ってきたのか、小さい男の子の手にはフィギュアが握られている。おばあちゃんと孫なんだろうな、きっと。「ありがとうございます」と女性は眠そうな男の子の手を引っ張って、席に座る。膝に乗っけられた男の子はすぐにすやすやと眠ってしまった。
 僕にも、あんな頃あったなぁ。なんて、懐かしく思いながら、通路に立つ。電車は進み、乗客の流れで、入り口近くのスペースへと押し出されてしまった。
「あ」
「あ?」
 壁を背にして立っていたかっちゃんが僕に気付く。僕は首をねじって、かっちゃんが座っていた席を探す。メガネをかけたよぼよぼのおじいちゃんが、はなちょうちん出しながら眠っていた。
「ちっ」
 かっちゃんは僕の顔を見て舌打ちをしただけで、それ以上何も反応はなかった。首都に近づくにつれて、乗車率は上がり、密集していく。
「わ、わぁっ!」
 その駅で、どっと人がなだれ込んできた。一歩半くらいあったかっちゃんとの距離が、押されて縮まる。
「んぷ!」
「は? テメェ誰に寄りかかってきやがる!」
「ご、ごめ……
ん、と顔を上げれば、かっちゃんの顔が目の前にあった。鼻筋、唇、つり上がった目。全部近かった。血筋が走ったのもよく見えた。ガッとかっちゃんの手が僕の顔を引き離す。甘い匂いがしたので、爆破されるかもとひやひやしたけれど、流石に乗車率100%超えた車内ではやらなかった。
「顔上げんなクソナード」
「えぇ、それはさすがに首がつっちゃう」
「テメェの顔なんざ見てられっか」
「うう……
 ここまで来たら、あと十数分の道のりだ。時々かっちゃんの肩に頭をぶつけたり、かっちゃんの膝が僕の太ももにあたったりしたけれど、この密着状態じゃ仕方のないことだった。
 首都に入ると、次第に人が抜けていく。雄英の一つ手前の駅になると、ずいぶん空いてきて、ようやくかっちゃんから体を離すことができた。力の入っていた首をぐるぐると回していると、かっちゃんが声を出す。
「オイ」
「なに、かっちゃん?」
「テメェじゃねえわ。そこの野郎!」
 かっちゃんは驚く速度で腕を伸ばし、知らない男の人の腕を引っ張り上げた。見たところ、普通のサラリーマンだ。
「次の駅で降りろ」
 何言ってんの、かっちゃん。僕ら次の駅で降りるけど、その人は関係ないじゃん。とボケをかますほど、僕は馬鹿じゃない。かっちゃんの視線は、その奥にいた女性に向けられている。真っ青な顔で、震えているように見えた。痴漢、と思わずつぶやきそうになるのを手で押さえた。デリケートな話題だ。僕はその男性と女性の間に立って、脂汗を浮かべる男性を睨む。次の駅に着くまでかっちゃんと視線が一度合ったけれど、かっちゃんは鼻息を鳴らしてそっぽ向いてしまった。
「お、俺じゃない……
「知るか。あんたの手のひら調べりゃわかるハナシだろ」
 かっちゃんの手は大きくて、力がある。片方の手首だけ掴まれていても、逃げられないと思わせるだけの握力があるので、男性はそれ以上何も言わなかった。
 駅に着き、申し訳ないけれど女性にも降りてもらった。まだ恐怖感がぬぐえないのか、うつむいて、僕を壁にするようにして立っている。状況を把握した別の女の人が、駅員さんを呼びに行ってくれた。その待機中だった。
 ふと、甘い香りがした。さっきかっちゃんに掴まれた時、頬に分泌液でもついちゃったかな。頬をこすっても、むにっとしただけで、なにもついてない。鼻で息を大きく吸い込んでみる。──違う。かっちゃんのじゃない。と、女の人の方を振り返ってみる。首筋から、ふわふわと粉のようなものが舞っていた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫です──その、ごめんなさい。動揺しちゃって、うまく抑えられないの……
 貴女の個性は? そう聞こうとしたとき、突如として男性が暴れ出す。
「うぁ! うぉあぁぁああああ゛ッ!!」
 突然体を引っかき始めた男性に、咄嗟に腕をねじってそこら辺の壁に押さえつけたかっちゃんの動きは、素早くそつなく。完璧だった。向こうから駅員さんが走ってくるのが見えて、僕は手を振ろうとした。けれど、突然喉にかゆみが走る。かっちゃんを見れば、僕と同じように喉がかゆいんだろうけど、必死に耐えてる顔だった。
「え? ええッ? なんで!?」
 僕らの様子を見て、慌て始めたのは女性の方だ。
「まさか──そんな……
 女の人はうろたえ、力なくその場にぺたんと座ってしまった。そしてぼろぼろと泣き始めてしまったのを最後に、僕の視界はぼやけて、真っ暗になった。



「まったく、そろいもそろってよく巻き込まれるな、お前ら」
「んだよ。あそこで見逃してりゃよかったってか」
「まぁまぁ、相澤先生。爆豪少年、どう、どう。今回の個性事故はしょうがないよ」
 相澤先生、かっちゃん、オールマイト。声は囁くように聞こえてきた。
「う……んん、ぅ」
 声を上げて、その異常さに気付く。口が何かに覆われている。覆われているというよりも、なにかに縫い留められているみたいだった。開かない、舌も満足に動かせない。目を大きく開こうとしても、開けない。代わりに、光と青と緑が見えた。
「う? んんんんぅ??」
 手を動かせば、これは自由に動いた。足も自由に動くみたいだった。試しに手のひらを目の前に持ってくると、五つに分かれた物体が青白く見えた。振ると、もじゃもじゃと粒子が遅れてやってくるけれど、確かに僕が動かした通りに見えた。ということは、この青くて、丸い粒がたくさん集まっているように見えるのが、僕の手なんだ。
「おー緑谷。起きたか」
「んぶー」
「無理してしゃべるな。最悪、死ぬらしいからな」
「ばゔ!?」
「相澤くん、それ極論だから。緑谷少年、目覚めはどうだい」
 足音が二つ。相変わらず囁くようで、透き通った、まるで雪の日の草原みたいに聞こえる声。自分の声も、かなりの音量を出していたはずだけれど、音が吸い込まれてずいぶん小さく聞こえた。
「頷くか首を振るかで反応しろ。いいな」
 合理的な、相澤先生らしい提案に、僕は頷く。
「気分はいいか?」
 頷く。どこか痛いとか、気持ち悪いとか、そういうのはなかった。
「体は動かせるな?」
 頷く。身体を起こせるか? と尋ねられて、ああ今仰向けに眠ってるんだ、とわかる。上半身に力を入れてみれば、平常と同じように動かせた。視界が天井から並行に変わる。青と緑の粒子が形作る世界。濃淡がついていてよかった。どうやらここは病院らしい。
「さて。事の経緯をお前にも話す必要があるな」
 相澤先生は至極面倒くさそうに話し始めた。

 電車の中で痴漢が発生し、かっちゃんが男性をつかまえて僕は女性の盾となった。そして雄英高校最寄り駅ホームにて、僕ら四人が降りる。駅員さんは通報を受けて、二人がそのホームに出動した。けれど、突然女性以外の男三人(かっちゃん、名も知らぬ男性、そして僕)が苦しみだした。駅員は咄嗟の判断で、ホームを緊急閉鎖、救急車を手配し警察へ連絡。おそらくこうした個性事故に慣れているのだろうけれど、素晴らしい対応だ。
 とここで僕が感動していると、もぞもぞと衣擦れの音がした。視線を向ければ、隣のベッドにつんつんとした物体が見えた。かっちゃんだ。かっちゃんも運ばれたということは、僕みたいな状態なんだろうか。でも、さっきしゃべっていたような。
「痴漢をした男性と、被害者女性の個性の相性が悪かった」
 相澤先生が話を続ける。
 痴漢をした男性の個性は、「遺伝子置換〈植物〉 ゲノムチェンジ・プラント」。半径3メートル以内の人物に対して、体内の遺伝子に植物寄りになるよう働きかけ、植物由来の効果効能を一時的に高める個性だ。数か月前までアロマオイルセラピストとして働いていたが、解雇され一般のサラリーマンになったけれど、女性の肌に触れなくなったことに対するストレスが溜まり、今回の犯行に至る。
 そして女性の個性は「植物病原菌 プラントイル」。植物病というのは、大分類傷病名の一つだ。個性社会になってからというもの、人体が大きく変質する者が現れた。人型、動物型、海洋型、幻獣型、そして植物型。植物型の人々は、他の型に属する人々の病気にはかかりにくいけれど、植物病という植物由来の病気にかかりやすい。シンリンカムイも以前赤枯れ病にかかり生死をさまよったことがある。
 ここまで聞いて、話の流れが読めた。僕らは人型だから、通常であればどれだけ植物由来の病原菌をふりまかれようと、病に侵されることはない。けれど、男性の個性により遺伝子が「植物寄り」になってしまった。女性の首から漏れていた粉は、おそらく彼女から発生した病原菌。それが僕らの身体を侵した。そして、普通はかからない病原菌に体が驚いて、ショック状態になってしまった、と。
 相澤先生の口から言葉が途切れる。おおよその経緯を把握した僕は、そっと顔を触ってみる。ふさふさとして、ぴらぴらしている。これは──花だ。
「お前たちは『花面病』にかかったらしい。正式名称は『顔面部被覆植物症候群』だな。明確な治療法はない。が、数日から数か月で治る」
 ええ、と言葉を漏らすが、くぐもった声が出ただけだった。そんなに長い間、僕はしゃべれないし、視覚も聴覚もおかしなことになるのか、と。
「さあ、学校に帰るぞ」
「緑谷少年、立てるかい?」

 顔に花を携えて、慣れない視界を進んで。車に乗り込んでかっちゃんをじっくりと観察する。
 鼻から上の方は花に覆われているのか、額にまで白い粒子で覆われている。青い部分が肌なんだろう。口元はいつものかっちゃんのフェイスラインだ。僕より症状が軽いみたい。
「んだよ」
 僕はふるふると首を振る。ふわ、と手の甲に花びらが落ちた。このまま過ごせば、部屋とか教室が花びらで埋もれてしまいそうだな、と思った。
 相澤先生が運転席、オールマイトが助手席に乗り込むと、車が動き出す。二人はこれからの僕たちに関して話し合い、時折僕らにも話を振ってきた。かっちゃんが短く、そっけなく返事をする。
 これからどうなるんだろう。そんな不安をよそに、花からいい匂いがした。途中でつけられたラジオの声が日付を跨いだことを報せたのを皮切りに、僕の意識はだんだん重くなっていった。

そして 僕らは 花になる