しろくまたたくはくしゅんさん
2017-11-08 22:59:03
2899文字
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シスター!③【勝デク♀】

神父かっちゃんとシスターでっくんのお話ですよ~ようやく前半終わった気がする。


 あなたはだあれ。
 月を右に、まっすぐ歩け。
 いや。ひとりにしないで。
 ああ。ずっと、見ててやるよ。



 シスター!③



 出久は素朴だが大きな白壁の家の前に立ち尽くす。彼女が神父の家に来たのは久しぶりだ。見習いの時に、一か月ほど神父の身の回りの世話をしていたとき、庭の草むしりの担当をしていた。神父は優しく、時に厳しく、自分と同じような身よりの無い少年少女を育てしつけていた。出久はいい子だったから、本来なら半年ほど給仕するのを早々とあの大家一家に引き取られた。今思えば、いい子だったから云々ではない。おそらく神父は金で子どもたちを売っていた。出久は何度かそうした取引の場面を見たことがあった。それ以来、ミサでは神父の言葉を聞かず、無心で神に祈りを捧げるようになったのだ。
「基本的に家の中は変わって無ぇ。好きに使え」
 勝己の言葉に、彼はどこまで自分のことを知っているのだろうか、と興味がわく。好きな食べ物、好きな花、好きな色くらいは軽く知っていそうな気がした。
 扉を開く。変わっていないと彼は言っていたが、出久は見渡すとすぐにいろんな装飾品が無くなっていることに気付く。玄関の奥には鹿の首から上の剥製があったし、リビングには熊の毛皮が敷かれていたはずだ。前の神父が隠居する際、私物を引き取ったのかもしれない。
 代わりに、おそらく勝己のセンスなのだろう。厚めだが靴底にしっとりと吸い付く黒の絨毯、テーブルクロスは赤を基調とし、端には金の刺繍が控えめに施してある。絵画の類も外されており、壁には本棚が置かれていた。几帳面な性格なのか、図書館のように本の背丈に合わせて収められている。
「・・・・・・、っ」
 出久は悲鳴を上げそうになった口を押える。暖炉の上にあった写真立てはすべて撤去されており、代わりに置かれていたのは頭蓋骨だった。あとで勝己に聞いてみようか、と彼女は暖炉の前をそそくさ立ち去る。廊下の一番奥に鎮座する、月の満ち欠けが一目でわかる柱時計はそのままで、彼女はそれを見てほっと一息ついた。
 台所も、構造は変わっていなかったが、勝己のセンスに染められていた。焦げていたり欠けていたりした調度品はすべて捨てられたのか、スプーンやフライパンがぴかぴかとまぶしい。給仕の者たちのことも考えて所狭しと置かれていた大きなテーブルは撤去されており、黒く四角いテーブルだけがベランダ近くに置かれていた。
「飯ができたら呼べ」
 勝己はそのまま居間へと行ってしまった。
「んん・・・・・・なに作ろうかな」
 出久と勝己が出会ったのは、昨日今日の話である。勝己は彼女のことを神父権限でそれなりに知っているかもしれないが、出久は彼のことをほとんど知らない。何が好きか、どれくらい食べられるのか、どんな味付けがいいのか。
「食べられるんだったら、まあ、怒りはしないでしょ」

 さて、そう思ったが本日の爆ギレ案件である。
「うっすい!」
「へぁ?」
 出久はスープをすする。ジャガイモをすりおろしたスープは、ほのかに甘く、素朴な味だ。
「よく味わって食べてよ」
「そういう次元じゃねーだろこれは! 素材をつぶしてあっためただけだろが!」
「小麦粉も入れたよ?」
「アホ、それは材料であって調味料じゃねェわ!」
 貸せ、と一口しか飲んでいないスープを取り上げられる。鍋に戻し、色々と継ぎ足してはまた煮込み始めた。牛乳、チーズ、塩こしょう。そこまではわかったが、勝己の手際の良さに目が回る。出久はあきらめ、パンの端っこをもそもそとちぎっては口に入れながら、出来上がりを待つ。なんだかいい匂いがしてきた。勝己は籠から瑞々しいパセリを取り出すと、手際よく包丁で切り刻む。おお~、と感嘆している出久の前に、湯気だったスープが出てきた。
「食え」
「・・・・・・いただきます」
 木のスプーンの上で、先程より色が濃くなったスープが揺らめく。ふぅ、ふぅ、と唇を尖らせ冷ます彼女の仕草を、勝己はじいっと見つめている。余程早く感想が欲しいのか、と出久は火傷覚悟でスープを口に含んだ。
「ん! んん? おいしい!」
「本当にそう思ってるんだろうな」
「ごめん、たぶん美味しい!」
「ああん?」
「だっていろんな味がいっぺんにするんだよ。味覚が追いつかない」
「んだそりゃ」
 ふは、と勝己が笑う。出久はスープをごくりと飲み下す。彼が見せたのは、悪魔のような笑みとは対照的な、普通の笑いだ。どこにでもいる少年の、どこにでもあるような笑い。そんな顔もできるのか、と出久は知らずのうちにロザリオに触れた。その笑顔を、胸にしまっておきたかった。
「あ、サンドイッチはどうかな。かっちゃん」
 向かい合わせになり、朝食が再開する。勝己が作り直したのはスープだけで、主食たるサンドイッチはそのままであった。ぱく、と大きく一口。勝己は咀嚼すると唸る。
「及第点」
「ええー。おいしいじゃん」
「及第点だ」
 む、と出久は拗ねながらも、食事を進めた。サンドイッチをかじる。レタス、目玉焼き、ハムが挟まっている。野菜も卵も肉も入っている。これ以上なにを望むのか。
「だから、素材オンリーだろうが」
「じゃあかっちゃんならこれに何を入れるの」
「マスタード。あとパンを少し焼く。レタスも柔らかいとこを使う。トマトを入れてもいいな」
 しゃく、と出久の奥歯がレタスの芯を噛んだ。たしかに食べにくかったかもしれない。
「ま、今後は俺が作ってやる」
「えー、なんで僕が朝食を食べにくる前提?」
「つーか住め」
「どこに?」
「ここに。それ以外どっかあんのか」
 きょとん、と出久の目が勝己を見つめる。確かに、大家の家には帰りづらい。昨晩から今朝までの出来事で、大家一家は大変不快に思っているだろうから。しかしだからと言って、ここに住み込みで給仕をするのも嫌だな、と出久は考えた。
「ああ、ちなみにもう置手紙はしてきたぞ」
「はい?」
 出久は首をかしげた。脳内を逆再生する。今朝階段から落ちたことにはあまり触れず、あの家のテーブルを思い出す。羊皮紙の厚い封筒があった気がする。
「ああ。あれ・・・・・・」
「あれに、お前をここに住まわせる手紙と、金一封が入ってる。今頃さぞかし喜んでるぜ」
「なに勝手に決めてるの!? っていうか僕の意思は?!」
「あるかンなもん」
 家に帰って大家夫婦に事情を話せば、金と自分を引き換えてくれるか――と考えて、出久は首を振る。むしろ厄介払いができたと、よろこんでいる。勝己の言うとおりだ。そうなると、家にはもう帰れない。物を取りに戻ることも無い。シスター服とロザリオが、出久の全財産だ。
「出てってもいいが――ひどい目に会いたくなきゃ、ここにいるんだな」
「な、なんで?」
 出久は唾をのむ。勝己の笑みが深くなった。
「地の果てだろうとお前を追いかけて、連れ戻す」
 勝己の右手が伸びる。朝日に燈色の宝石が輝き、目を細めた出久の頬に、温もりが触れる。
「デメェは、俺の物だ。シスターデク」