しろくまたたくはくしゅんさん
2017-11-07 22:37:00
4270文字
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シスター!②【勝デク♀】

エセすぐる神父かっちゃんと純真純情乙女シスターデクちゃんのパロディですよ、っと。
エロはまだだ、まだはやいぞ。おちつけ

 暗い、暗い、森の中。
 夜の葉擦れは叫びのように。
 浮かぶ月は嘲笑う如く。
 足元に揺れる雑草は、足を辻切っていく。
「テメェ、美味そうだな」
 振り返れば、闇の中に光る二つの、紅い目。



 シスター! ②



 今日も今日とて鐘が鳴る。
 鳴れば目覚める。出久の身体はそうできていた。
「はぁ・・・・・・」
 シスターになってからというもの、今日ほど朝のお祈りに行くのが嫌だと思ったことはない。
 昨日、勝己と名乗った神父に対し、彼女は「かっちゃん」というあだ名で呼び返した。デク、と明らかに蔑称の意味が込められたあだ名をつけられたのだ。これくらい意趣返しとして許される――そんな風に思っていたが、出久が聞いたのは、ぶちりと何かがちぎれる音であった。
 取り上げられ、床に落ちていたベールを拾い上げていた彼女は、悪い予感がしてそそくさとそこから立ち去ろうとした。
「おい」
「っ、いた、いよ! 離してかっちゃん!」
 勝己が出久の毛髪を片手で掴んだ。彼女が逃げようとしても、ぐい、と強い力で引っ張られる。カソックで細く見えるが、勝己の身体は同年代の少年よりも筋肉がついている。
「その、かっちゃかっちゃいうのヤメロ!」
「いや!」
 出久はそう答えていた。彼女自身、なぜ初めて会った人間、しかも敬うべき神父にここまで反抗心が芽生えるのかわからなかった。
 ふぅー、と勝己が溜息を吐いた。ぐ、と手に力を入れ、出久の顔を引き寄せた。
「そういや、テメェ朝のミサに来てなかったろ」
「・・・・・・お家の用事で来れなかったんだよ。仕方ないでしょ」
 目の前にある勝己の顔から、出久は顔をそらした。吐息がかかるくらい近い。頭は痛い、頬はなぜだか熱い。彼女は散々だ、と思った。素直に答えたが、勝己は出久を離さない。紅い瞳の光がゆがみ、くるりと一周した。
「ふぅん」
 興味がなくなった、と勝己は手を離す。出久は走り、教会の隅へ避難するとベールをつけた。中の髪がぐしゃぐしゃしていて気持ち悪かったが、一刻も早くここから立ち去りたかった。
「明日は来い。つか、シスターなんだから毎日来やがれ」
 勝己は通路から動いていなかった。
「こ、来れるかどうかは、わかんない、よ」
「あ゛? んだよ、逃げるんか?」
 む、と出久は唇を尖らせた。この男には負けたくない――彼女はロザリオを握ると、はっきりと悪魔のような笑みを浮かべている神父に言い放つ。
「逃げない! 明日からは参ります!」
 そして彼女は脱兎のごとくその場を去っていく。教会に残された勝己は一人、くつくつと愉しそうに笑うのであった。

 そして今朝を迎えた。
 朝の祈りが始まる一つ前の鐘に起きるのが、出久の習慣であった。昨日、思わぬところで時間をくってしまい、夕食は大家夫人に散々駄目出しをされ、洗濯物は夜になる前に取り込んだので少し湿っていると怒られ、部屋の床はまだ直せていない。昨日、わざわざ確かめに来なかったが、ベッドから降りて一歩踏み出した瞬間にきぃきぃ寂しく鳴るのは解っていた。
(無理。絶対今日は奥さん、機嫌悪いよ・・・・・・)
 逃げるんか? という言葉が出久の頭に響く。つり上がった目、余裕のある笑み、背後の神さえも味方につけた彼の命令に近い約束。ああ、神に仕えるシスターが嘘をつくなど、罰されてしかるべきである。
「今日時間あったら謝りに行こ・・・・・・」
 そして一歩踏み出した。きぃ、と鳴る床が、出久の言葉に答えるかのように鳴った。
 黒い修道服に腕を通す。白いベールにまとめた髪を入れ、上から黒いベールを被った。
 いつものように、狭く、段差の大きい階段を一歩一歩降りる。裾がささくれに引っかからないよう、スカート部分を持ち上げ、慎重に。そして、あと数段と言うところで、彼女はその姿に思わず転げ落ちそうになってしまった。いや、彼女はかなりゆっくりと浮遊感を味わっていた。その目には、驚く勝己が映る。

 どすん。

「ん・・・・・・あれ。痛くない?」
 階段を踏み外し、床に真正面からぶつかっているはずの身体。ふと、甘い匂いが鼻を掠めた。全体的に体が温かい。それに、足が少し浮いている気がする。
「朝から元気だなぁ、おい」
 耳元でそっと呟かれ、出久はそっと瞼を上げる。見えたのは床ではなく、見慣れた部屋の景色だ。頬に当たる、ちくちくとした痛みの色は、金。じゃあ、耳に入ってきた声は、体にいきわたる温かさは――
「ぎゃあ!!」
「っ、」
 出久はめいっぱい腕を突き出す。離れると、今まで彼女を抱きしめていた存在がよくわかった。この街の新しい神父であり、彼女が最も会いたくない存在である、勝己である。彼は顔をしかめ、左耳を抑えてる。しまった、耳元で叫んでしまった。謝りたい気持ちと、セクハラだと叫びたい気持ちと、感謝を述べたい気持ちが拮抗する。
「申し訳ございません神父様! 躾がなっていないようで」
 台所から夫人が飛んできたことにより、出久の口から出るはずの言葉が胃に戻る。言葉を食べても腹が膨れるでもあるまいし、いっそすべての言葉を吐き出せばよかったと彼女は後悔した。
「いえ、朝から約束もせず伺ってしまったこちらが悪いのです。昨日彼女が来ていなかったので、様子を見に来たのですが」
 誰だお前。とつっこみたくなるのを、出久は必死でこらえた。昨日見せた悪魔的な笑みではなく、勝己は穏やかに笑い、夫人と会話していた。
「この調子だと、今朝のミサは大丈夫そうですね」
 勝己の言葉に夫人はぴくりと片眉を上げたが、笑顔を張り付けたまま答える。
「ええ、そうですわね。さあ神父様、礼拝に遅れてはいけませんわ・・・・・・お前も、早くお行き」
 夫人の言葉は明らかに本心ではなかった。しかし神父がいる手前、そう言わざるを得ないのだと、出久は察した。出久は頷くと、神父の背を追うようにして家から出た。
「では、良い一日を」
 勝己の言葉に、夫人の笑顔が一瞬崩れたが、すぐに戻して「どうかご加護がありますように」と返した。その猫被り具合はさすがだ、と出久は感心していると、勝己が「行くぞ」と苛立った声を上げた。
「ったく、クソデクのせいで耳が痛え」
「あ、ご、ごめん・・・・・・」
 勝己の、出久が知っているいつもの物言いに、彼女は安心した。
「というか、僕にもあんな態度で接してほしいんだけど――あ、やっぱいいや」
 昨日の姿が勝己の本当の姿なのだと知っている出久は、先程のように己に話しかける勝己を想像してぞっとした。
「っとに、テメー俺を怒らせる天才か?」
 どす、と蹴りが入る。まだ朝の時間である街には、人影がほとんどないので良いものの、シスターを蹴る神父は、神に仕える身としてはいかがなものか。出久は考えながらも、その痛みを甘んじて受ける。偶然か奇遇か、今朝彼が訪れたことにより、出久は朝のお祈りに行くことができるのだ。
「ふふ、ありがと、かっちゃん」
「蹴られて礼を言うとか、マゾかよお前・・・・・・」
「まぞ?」
 首を傾げた緑谷出久は、まごうことなきシスターであり、この街一、いや、この国一純真な心を持つシスターであることを、勝己はこのとき理解した。肩をすくめてはぐらかすと、朝の街道を大股で歩き始めた。

 ミサが始まる。
 教会では朝、昼、晩、ミサが行われる。神父がいないときや、新月には行われない。これは、杭の穴つまりはロザリオの穴が埋まることに見立てられ、不吉な日だからというのが始まりである。
「主はこうおっしゃった。『それもまた、愛である』と――
 朝日がステンドグラス越しに降り注ぐ。朝の礼拝のほとんどは早起きな老人か、シスターや修道士たちが参加する。朗々と聖典の一部を朗読しているのは、この教会の神父である勝己である。声量は教会のどこに居ても聞こえるほどはっきりしており、かといってうるさいわけではない。呼吸の入れ方もうまく、壁から反射する言葉に重ならぬよう読み上げている。音の変わらない歌のようだと、出久は祈りをささげながら思う。今までは聖典の内容などそっちのけで、ただ無心になって祈りをささげていた。だが勝己の口から語られる聖典は、意思を持って礼拝者に訴えかけてきた。生まれてきた意味を考えなさい、愛を受け入れ、愛を与えなさい。この教えを幼いころから口酸っぱく聞かされてきたが、その意味を出久は今、ようやく理解できた。そんな気がした。
 ぽろ、と涙が出た。聖典は一字一句記憶しているが、ああそのように主は、神は思われていたいたのだと、その儚い思いの指先に、触れることができたのだ。
 気が付けば、泣いているのは己だけではないと、彼女は気づく。周りからすすり泣きと嗚咽が漏れる。終わるころには、皆祭壇の上で語る勝己をあがめていた。ああ、彼は神の生まれ変わりではなかろうか――そう思えるほどに、光は彼の姿を神々しく照らしていた。
 聖典を閉じ、両手を広げた勝己は最後を締めくくる。
「皆、健やかであれ。皆、平穏であれ」

 その場に泣き崩れる者、勝己に賛辞を述べる者、献金箱にあるだけのお金を入れる者――勝己は各々に声をかけ、帰っていく参拝者を見送る。
 出久は、座ったままぼうっとしていた。あまりにも素晴らしいミサであった。昨日参拝しなかったことを後悔しているくらいだ。
「俺のミサはどうだ、クソシスター」
 ああ、台無しだ。あの歌うような声は何処へ。平和をもたらすような笑顔は何処へ。先程の神が悪魔の笑みを浮かべている。
「す・・・・・・」
「す?」
「すごかったよ、かっちゃん」
 ふん、と勝己が得意げに笑う。聖典を読み上げるだけでその場を神の領域にしてしまったのだ。いったいどんなチートだよ、と出久は鼻をすする。
「さて、朝飯だ。デク、お前が作れ」
「いいよ。・・・・・・ん? えっ? だめ!」
「いいっつったじゃねーか今」
「僕は、その。朝のお仕事あるから」
「はッ、あの腐った家族ごっこ連中のために働くのか。やめとけ」
 なぜそれを――と出久は思ったが、教会は街のことすべての事柄をおさめた記録書がある。個人情報なども収めてあるので、勝己はそこから出久の諸事情を知ったのだと予想できた。
「いいから飯、作れや」
 神父から、シスターへのお願いだ。立場的にも、そして今朝の素晴らしいミサのこともあり、出久は頷くしかなかった。