私たちが、国を出るまでの一週間を過ごした仮の住まいは見晴らしがいいことだけが、唯一の良い点だった。その頃は、一刻も早く国を出ようとする人ばかりで、数少ないスタッフで回している出国審査は渋滞していた。
場合によっては一週間以上待たされるから、ホテルはすぐに満杯になり宿泊するような手持ちのお金もなく、周辺に仮設住宅と劣悪だが安価な宿ができて、小規模な集落のようなものを形成していたのだ。
文明が遠く明かりがほとんどない代わりに、夜になれば驚くほど綺麗に星が見えた。テレビもラジオもないから、日が暮れれば眠りにつくまではそれを眺めるしか無かった。
雪が降らなかったのは幸いだ。だが、風を遮るものもない平地に建てられたバラックは、夜になると驚くほど冷えた。隙間も多くて、母親にくっついて布団にくるまっていないと眠れないほどに寒かった。
寒すぎて眠れないから自然と寝不足になり、一週間の間は日が出ていて暖かい昼間の間、日当たりのいい場所で昼寝をするのが習慣になっていた。
遊ぶとお腹が空くから、他にもそうして何もせずにじっとして時間を潰している子どもたちが大勢いて、子供だけの小さなコロニーのようなものを形成していた。
親が魚を取ってくるのを待っているペンギンを思い出した。きっとペンギンたちもこんな風に寒さを避けて、上ないですむように、じっと身を寄せ合っているのだろう。
親が戻ってきた子は帰って行く。出国審査が降りた家の子供は、次の日から消える。そうして子供達の昼寝コロニーは、人数を減ったり増やしたりしながら、そこに存在していた。
私が国を出ることができる日までは、そこにあった。
そのあとがどうなったのかは、知らない。国に長居した人間は、あまり幸福な最後は迎えなかった。
脱出ができた私はもう大人になってしまったが、あの柔らかくて暖かいコロニーのことを考える。寒くて、人と触れ合っているところだけが暖かく、常に眠たくてお腹が空いて、疲れていた。
あの中の何人が、今幸せに暮らしているのろう。
あれは、一種の決して永続はしない安寧だった。
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