セックスしないと出られない部屋からセックスしないで出る話

Δドラロナ タイトルまんま




 真っ白な部屋。開かない扉。設置されたベッド。ピラミッド型に積み上げられたスキンの箱。並べられたアダルトグッズ。
 ——もはやここがどこなのか、などという確認は不要だった。

「我が名は吸血鬼セックスしないと出られない部屋!」
「吸血鬼セックスしないと出られない部屋!?」
「バーカ! バーカ! 君も復唱せんでいいわ!」

 素でお約束の流れに乗っかるロナルドに、ドラルクは声を張り上げた。
「大体にして、何で近付いたりしたんだ!」
「だ、だってコイツ、なんか可哀想だったから……
「街中のカップル追いかけ回してたんですが、いかんせんこんななりなので、全然捕まえられなくて膝抱えて泣いてたら、心配していただいて……
「ああああ~~もぉぉおお~~!」
 市民の通報を受け、駆けつけたまでは良かったのだが、ロナルドを先行させたのが不味かった。しくしく泣いているセックスしないと出られない部屋(以下、セッ部屋)に手でも差し伸べたのだろう。怒鳴り続けるドラルクに、ロナルドは「だって……」と指を捏ねて唇を尖らせた。その姿に、ぐ、とドラルクは言葉を詰まらせる。
「っはぁ~……君の独断専行を許した私も悪い……次から気をつけるように」
「甘すぎません?」
「やかましい!」
 ドラルクは天井へ怒鳴り散らしながら、ずんずんと大股で出入口へと向かうと、この部屋唯一の出入口らしき扉のドアノブを掴み、ガチャガチャと乱暴に回した。
「くそ、やっぱり開かないのか……!」
「私の唯一のアイデンティティなので」
「そんなアイデンティティでよく今までやってこれたな!」
「いえ、貴方たちが記念すべき第一号です」
「んぎぃぃいい~!」
 話すこと全てが一々琴線に触れ、癇に障る。ドラルクは更に怒りのボルテージを上げ、ガンガンと扉を蹴飛ばしたが当然ビクともせず、ただ足を痛めるばかりだった。
「ロナルド君! 本気出して殴れ!」
「えっ、いいのか?」
「いい、こういうタイプは無駄に頑丈だから死にはしない!」
「うーん……分かった」
 あまり気乗りしないらしいロナルドではあったが、右袖のカフスボタンを外して扉に近づいていく。本当にいいのか? という具合にドラルクの方をちらちらと窺ったが、ドラルクは憮然とした面持ちで顎をしゃくってみせた。
「痛かったら、ごめんな」
「あっ、えっ、ちょっと……
 そう言ってロナルドは腕を捲ると、扉に対して身体を斜めに構え、握り拳を作った。振りかぶった腕に力を込めると、マントの下で二の腕が明らかに筋肉で盛り上がる。それを見ていたドラルクが耳を塞いだ。
 ぎち、とドレスシャツが引き裂かれる寸前の悲鳴を上げたのと同時に、目にも止まらぬ速さで拳が振り抜かれた。次の瞬間、大きな衝撃音が部屋に響き渡る。一発きりの音は部屋の中に軽い風を起こし、ドラルクの隊服の裾がふわりとはためいた。轟音が反響に反響を重ねていったが、目に見えない衝撃は数秒もせずに収まっていく。
「っ……どうだ?」
……うーん、ダメみたいだな。生きてるか?」
「い、生きてますし、ノーダメージみたいですね」
 セッ部屋の言葉の通り、扉に変化は見られない。材質も謎なのでなんとも言えないが、どうやらロナルドの怪力を持ってしても、この部屋には傷一つ付けられないらしかった。
「なんで自分の耐久性なのにあやふやなんだ」
「貴方たちが第一号って言ったじゃないですか! めっっっっちゃ怖かった! 痛くなくて良かった!」
「傷もつかねぇんだ。お前すげぇじゃん」
「えっ、あはは、いや~、そうですか?」
「褒めるんじゃない」
 ドラルクは苛立ち紛れにもう一度扉を蹴るが、ロナルドの拳でもってしても破壊できないとなると、強引な脱出は実質不可能ということになる。他の手を考えるべく、ドラルクがうろうろと部屋の中を歩き回り始めると、手持ち無沙汰になったロナルドがベッドに腰を下ろそうとする。
「そこに座るのはやめなさい」
「えっ?」
「諦めてセックスしてくださいよ」
「うるさい、黙れ」
「私はカップルがここでセックスしていただければ、それでいいんですけど……
……! 待て。なんで分かるんだ」
「えっ?」
「なんで、私とロナルド君が交際してることを知っているんだ」
 ドラルクの問いかけに、ベッドの代わりに床で膝を抱えて座っていたロナルドがマントで顔を隠したのが見えたが、今はそれは置いておく。
 確かに、思い返せばおかしな現象があった。直接捕まったのは落ち込んでいたセッ部屋に声をかけてしまったロナルドだけで、ドラルクはロナルドと一緒にいた訳では無い。ロナルドの居る位置は気配で把握していたが、ドラルクがいた地点から一キロは離れていたはずだ。それが気がついたら、ここにいたのだ。更に言ってしまえば、例え一緒にいる二人組であってもそれがカップルだとは限らない。この吸血鬼は、最初から「カップルを追いかけ回していた」と発言していた。
「ふっ、それは何故なら……私の能力は、どうやらカップル限定で発動するようです!」
「初めてだから分からんのなら、そう言え」
「まぁ今確信したのですが……恐らく、この部屋に入るのが片方であっても、入った瞬間自動的にパートナーを呼び寄せるという、素晴らしい能力のようですね!」
「自分の能力も分からんで往来の人を追いかけ回してたのかお前は……
「能力と性癖は別なので……
「お、俺よりすげぇ能力じゃんお前……うっ、俺はやっぱりダメな吸血鬼なんだ……
「こんな能力と張り合ってネガるんじゃないよ」
 混迷を極めつつある室内で、ロナルドが膝を抱えてすんすんと泣き出しそうな顔で見上げてくるので、ドラルクは頭痛を覚えながらもその頭を宥めるためにわしゃわしゃと撫でながら、再び脱出の方法について思案する。
「カップル同士なんだから、さっさとしてしまえばいいのでは?」
……こっちの事情も知らんで言ってくれるな」
 ドラルクは歯噛みをし、鋭い眼光で部屋の天井を睨みつける。その威圧感に、セッ部屋は思わず言葉を詰まらせた。ひりついた緊張感がその場を包み、しばしの間繰り広げられていた会話が止んだ。
「なぁなぁそういえばさ」
 そんな空気をぶち壊すように、べそをかいていたロナルドが顔を上げる。
「はい?」
「せっくすって何だ?」
「えっ?」
「えっ?」
「ん゛んっ」
 天井とドラルクを交互に見比べるロナルドがもう一度聞いてくる。
「せっくすって何?」
……
 部屋の温度が数度下がったような錯覚を覚えつつ、ドラルクは目元を押える。
「えっと……俺なんか変な事聞いたか?」
「変なことっていうか……え? 成人男性ですよね?」
「?」
 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、ロナルドは首を一応縦に振る。セッ部屋の気配がロナルドの方から自分に向けられるのを感じながら、ドラルクは誰もいない壁の方へと視線を逸らした。
「ど、どうなってるんですか!?」
 今日一番混乱する羽目になったのは、どうやらこの吸血鬼セッ部屋の方だったらしい。もしも彼に生身の体があれば、ドラルクは肩を掴まれて揺さぶられていたかもしれない。
「あーっやかましい! 気配をこっちに向けるなフレーメンするだろうが!」
「いや、おかしいでしょ! 何がどういうことか説明してくださいよ!」
「ロナルド君の性知識は、おしべとめしべまでしか進んでいないんだよ!」
「あれだろ、蜂とか蝶々とかが花粉運んでくれるってやつ」
「それは性知識じゃなくて理科でしょ!?」
 部屋が動揺からか、にわかにガタガタと揺れ出す。綺麗に積まれたスキンの山が床にバラバラと落ち、玩具も幾つか床を転げた。
「そんな無知な子と付き合ってるんですか!? 吸対の人が!?」
「やかましい! この通りまだ何もしてないのはお分かりの通りです!」
「この間、口と口のちゅーした」
「あーっ! あーっ!」
「めちゃくちゃ手出ししてるじゃないですか! やばい! この人やばいお巡りさんだ!」
「うるせーー!!」
 ロナルドの口を慌てて塞いで、ドラルクはそれ以上の失言を防ごうと試みる。どうにか話のイニシアチブを取って、これ以上この話を深堀させるのを阻止しなければならない。。
 このセッ部屋は、カップルとして成立している状態でのセックスを求めている。半ば覗き行為に近いし、この部屋の人格はともかくとして、その成立条件の方に着目すれば——
「そ……そうだ! つまりこの部屋はカップルじゃなければ入れないということだろう! なら、カップルじゃなくなればいいということだ!」
……え?」
「え?」
 ドラルクの手を剥がして声を漏らしたロナルドと視線が合わせた。ドラルクの顔を映した赤い瞳を、何度も銀縁で瞬かせている。
「いや、それはまずくないですか?」
「は?」
 セッ部屋の方にまで指摘されたドラルクは、一瞬ロナルドから視線を外して天井を見上げて、自分の発言をもう一度振り返った。
 カップルじゃなければ入れない。カップルじゃなくなればいい。
 一言一句違わず思い出したところで、再びロナルドの方を見た。
……ドラ公、俺と別れるのか?」
「ああああああ〜〜‼︎ 違う違う間違えた違います‼︎」
 きゅっと唇を引き結んでいるロナルドに、慌てて手と首を激しく振って否定をする。
「だ、だって、ここから出るには、別れないといけないんだろ……?」
「いや恐らくこの吸血鬼の能力はここに入った時点で交際しているという条件が適用されて発動しているし、虚言として別れるということをこの吸血鬼に把握された時点で解放される可能性は低い。尚且つこの部屋に転移させられるということは、交際しているという両者の認識を何かしらの能力で把握している以上は」
「え、えっと……?」
「つまり私たちは絶対別れないということです!」
 ロナルドの肩を掴んで、正面から言い放つと、ぽかんと口を開いたロナルドの涙は引っ込んでいた。
「わかった!?」
「は、はい……
「おい、ポンチ吸血鬼!」
 ロナルドに対しての弁解を終えたドラルクは何度目になるか、ともかく天井を見据えた。
「なんですか?」
「交渉の時間だ」
「交渉?」
「お前の望みを言え」
「いや、それは何度も言っている通り……
「だがこの五歳児はご覧の通り知識がないんだぞ。しかもあの腕力を見ただろう。強引に事に及ぶことは不可能だ」
 あ~、とセッ部屋は納得したようだ。力技でも裏技でも脱出が出来ないとなれば、もはやドラルクに残されたカードは自身の話術しか無い。まずはこのバカ部屋にこの場で己の望みを果たすことは不可能だということを突き付ける。
「確かに、私も自分の体内を殺人現場にはしたくないので……
「そうだろう。なら今すぐ……
「じゃあこの場で教育したらいいのでは?」
 セッ部屋がそう言うと、突如何も無いところから本がバサバサと落ちてきた。何事かとドラルクが確認しようとしたが、先にロナルドの手が伸びてきた。本の表紙には、太いゴシック体でタイトルが書かれている。
「? よい、この、ほけん、たい」
「バっっカヤロウ!」
 ドラルクはすかさず本をロナルドの手からかっさらって声を張り上げる。
「なんでですか! ちゃんと教えればいいだけじゃないですか!」
「ダメに決まってるだろうが!? ただの保健体育じゃないんだよ! おしべとおしべなんだよこっちは!! それになぁっ、体だけの問題じゃないの分かるだろ!? 五億倍は複雑なんだよ工程が!!」
 足元に散らばる本を慌てて拾い集め、ドラルクはロナルドの手に届かない場所を探す。しかし、これほど狭い空間に当然そんな場所はないため、なんとかロナルドの興味関心を別のところに持っていくしかないのだが、この部屋にあるものと言えば、そういうものしかない。
「では映像資料など……
「テレビ床に叩きつけてぶち壊すぞ」
「ドラ公……? なんでそんなに怒ってるんだ……?」
「くそ……!」
 ドラルクの剣幕に怯えるロナルドに袖を引かれ、一先ず息を整えようとドラルクは苦心した。日頃の堪忍と根気と自制を詰め込んだダムが決壊しかけており、自分でも訳の分からないことを言ってしまっている自覚はあった。
 すぅはぁ、と大きく深呼吸をする。そしてかき集めた本をひとまず床に置くと、ドラルクはロナルドの手を取って握りしめ、その顔を正面から見つめた。
……私はロナルド君のことを大事にしたいし、無理強いもしたくないし、知らないことは少しずつ伝えていくと決めているんだ」
「ど、ドラ公……
 ぽっと頬を染めるロナルドを見て、そうだ、そうだったと自分の決意をドラルクは思い出した。
 正直に言えばとっとと手を出してしまいたいし、全てを自分好みに仕込みたいところではある。それらを必死に耐えているのは、ドラルク自身も初めて抱く、強烈な執着心と理性を混在した感情がそうさせていた。万が一にも逃げられなどすれば、仕事の上でも非常に厄介だ。ロナルドの気配であればどこにいても見つけ出す自信はあるが、それでも事は慎重に運ぶべきである。
「ロナルド君」
「ん?」
「君が知りたいことについては、後々私が——が、教えるから」
「う、うん? じゃあどうするんだ?」
 ドラルクとロナルドができる行動は少ない。力付けでの脱出も不可能だ。
 しかし——
……今この時点でこのポンチには様々な刑法が適用されている」
「えっ?」
「脅迫罪、強要罪、監禁罪、強制わいせつ罪」
 セッ部屋はドラルクの口から並べ立てられた言葉に息を飲む。
「これらは基本的な刑法だが、更に吸血鬼に関わる法の中からも適用されるぞ。吸血強要罪や誘拐罪に……
 時間の経過は一見閉じ込められているドラルクらの敵に見えるが、ここに来ておよそ一時間と少し。ロナルドが部屋に引き込まれ、ドラルクが突然姿を消したことを恐らく吸対も退治人も把握しており、その上これほどどデカい図体でカップルを追いかけ回していた吸血鬼が急に大人しくなれば、中に誰かを閉じ込めたと見るのが必然だ。
「そ、そんなぁ」
「既にいくつか適用されるが、それでも未遂に留まるものもある……我々は絶対この中でお前の望むことをしない。最終的には持久戦になるが、この部屋の外にいる我々の仲間だって黙ってはいないぞ。罪が軽いうちにとっとと我々を解放しろ」
「私は……私はただカップルの幸せなセックスが見たいだけなのに……
「窃視罪と迷惑防止条例も追加だたわけが……いっそのこと許可取ってラブホにでも生まれ変わればいいんじゃないのかね」
 この期に及んで性癖を優先させるあたりが吸血鬼たる所以だろうか。どうやら平行線の末は意志の強さで決まりそうだった。
 ドラルクは他の交渉カードについて更に思案する。幸いなのか不幸なのか、この部屋の環境が適度が保たれているので今すぐにドラルクたちが不調をきたすことは無い。やはり言った通りの持久戦になるか、外からの救援を待つしかないか、と部屋を観察していると、突然セッ部屋が声を上げた。
……なるほど! そうか、その手が!」
「は?」
「カップルを無理やり入れるのではなく、逆に入ってもらえばいいってことですね!」
「いや、それは……
「いいですね! 私、風営法で営業許可取れるでしょうか?」
…………知るか!」



 開放された後に、吸血鬼セックスしないと出られない部屋は一先ずVRCへ任意同行の上で連れていかれた。馬鹿みたいな大きさのため車に乗せることは出来ず、徒歩で向かう際、吸血鬼は「立派なラブホテルになりたいと思います!」と訳の分からない所信表明をして去っていったのだった。
……仕事と趣味は分けた方がいいと思うんだがな」
 妙な心配までしてしまうあたり、自分が酷く疲れていることに気がついたドラルクは大きなため息を吐く。
……なぁなぁドラ公」
 ロナルドが肩に手をかけ、後ろからドラルクの顔を覗いてくる。逆さまに見える顔にん? と返した。
「せっくすってさぁ、恋人がすることなのか?」
……そうだよ」
「じゃあ、俺とドラ公もすることなんだ」
「えー……まぁ、それは帰ったら話を……
「早くしてみてぇな、ドラ公と、せっくす」
……
 ふふ、とロナルドは小さく笑うと、更にふわりと浮いて先を行く。ドラルクはなんとも言えない気持ちで口元を押さえ、ロナルドの浮ついた鼻歌を聞きながらその背を追った。




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