【Δドラロナ】非日常的日常の最中で

Δドラロナ 正月の非日常



「なにこれ」
「こたつだよ」
 こたつは分かる。ロナルドが言いたかったのは、こたつが何故、この広々とした室内の真ん中に置かれているのかが分からないという意味だった。否、実際分からないわけではない。三十分前に届いたこれを設置したのはロナルドだったし、その前に突然、テレビの前に設置されているローテーブルとソファーを部屋の端に避けさせられたのもロナルドだった。ドラルクは偉そうに腕を組んで見ていたので、手伝えと言って手伝わせた。勿論ロナルド一人で設置出来たし、ドラルクはやれ腰が痛い、やれ重たくてかなわないだのと言っていたので、一人でやってしまった方がよかったのだが、それでもともかく二人でこれを設置したのだった。
 ドラルクは身の回りの物や調度品にとても拘る性質で、家にあるものは一つ一つ全てドラルクの目で吟味されて購入されたものだ。そんな中、このこたつの存在は明らかに異質に見える。どう見てもヌトリで買ってきたような安価なこたつだ。
「こたつは分かるけど」
「去年、全然休めなかったから」
 ドラルクの脈絡のない返事に、ロナルドは首を傾げざるを得ない。その最中にもドラルクはてきぱきとさながら仕事のような歩調でキッチンとこたつを往復している。こたつの上にはみかん、ビール、つまみ、菓子類が次々と並べられて天板いっぱいに埋まっていった。
「ボトルあけるよ」
「え、あ、うん」
 ドラルクが取り出した血液ボトルに、ロナルドは慌てて頷いた。確かドラルクが自分の誕生日に合わせてロナルドに用意したが、結局緊急出動が入って開けられなかったものだ。
「はー、こんなもんかね」
 そう言って、ドラルクは捲っていた袖を下ろすと、のそのそとこたつの前に腰を落ち着かせた。
「何してるんだね、ほら」
 ドラルクは自分の隣をぽんぽんと叩き、ロナルドにも同じように着席するのを促してくる。仕方なくその指示に応じることにした。
 何故か座るように言われた場所は隣角ではなく、隣だったのでかなり狭い。こっちじゃなくていいのか? と聞くと、隣に座って欲しいと言ってドラルクは聞かなかった。長方形タイプのこたつなので、まあ座れなくもないがドラルクもロナルドもそれなりの肩幅があるので、少し動けば肩や腕がぶつかってしまう。
「はい、お疲れ様。あけましておめでとう」
「あけまして、おめでとう」
 今日は元旦、ではなく一月二日の夜で、この挨拶は今年二度目になる。大晦日から夜勤も含めた業務を終え、帰宅出来たのが二日を迎えてからだった。一応明日の三日は丸々休日らしい。何もなければ、の話だが。
「はいグラス」
「うん」
 ロナルドのグラスにブラッドワインが注がれる。一方、ドラルクのコップは見当たらない。ブラッドワインを注ぎ終わると、ドラルクは別に用意したビールの缶を一つとって、プルタブを開けた。
「はい、かんぱーい」
「か、かんぱーい」
 クワンと妙な音を立ててグラスと缶が合わせられ、ドラルクはそのまま缶の飲み口に口をつける。飲み物を缶から直接飲むドラルクの姿が物珍しくて、つい凝視してしまった。ごく、ごく、と喉から音が鳴って、ポロネックから覗く尖った喉仏が上下している。
「っはー……うまい」
「うまいのか?」
「うん」
 普段であれば「美味しい」という筈だ。なんだか今日のドラルクはいつもと違う。髪はきちんとはセットされていないし、服は草臥れたニットとゆるいスウェットだ。そういうロナルドも似たような格好をしている。こちらは白いセーターなので、ブラッドワインを零さないよう気をつけなければならない。
「ほら、これ美味しいよ」
 そう言ってドラルクは、つまみに用意したスモークチーズを摘んで、ロナルドの口元に寄せてくる。テーブルにはフォークが用意されているのにどうして手掴みなのだろうか。差し出されたそれを食べない訳にもいかず口を開けると、唇にドラルクの指が触れた。
「どう?」
……んまい」
「うん」
 そうだろうそうだろう、と言いたげに仰々しく頷きながら、ドラルクは自分の口にも同じものを運んだ。小さなそれをよくよく噛んで、また喉仏が上下に動いてるのをぼぅっと眺める。
 なんと言えばいいのか。今のドラルクは、どこかおかしく見える。けれど、別に嘘を吐いたりしているわけでもない。けれどそんなドラルクの態度に、ロナルド自身心当たりが無いわけでもなかった。
「はーっ、テレビでも見ようか」
 態とらしい独り言と一緒に、早々に空になったビールの缶がテーブルの上に置かれて、次の缶が開けられる。ついでにリモコンの赤い電源ボタンが押されて、画面が映された。
……なんでコップ使わないんだ?」
「んー、今日くらいは洗い物を増やしたくない」
「そっか」
……だらしない私は嫌いかね?」
「んーん、別に……嫌いじゃない」
「そう」
 よかった。ドラルクはそこで言葉を切って、それきり会話が途切れた。そうなると、ロナルドは日頃自分がドラルクとどんなやりとりをしていただろうかと思えてきて、記憶を遡ってみた。小競り合いのようなものだったり、作戦を通じたものだったりがよく浮かぶ。だが実際のところはどうだっただろう。
 ロナルドもテレビの方を見てみる。放送されているのはいつもの番組ではない特別な正月番組だった。映ってる人達はみな着物や羽織袴を着ていたりして、綺麗な格好をしていた。いつもであれば間もなく明日の天気や時事ニュースが放映される時間だが、今日明日ばかりは決まった時間に決まったテレビ番組がやらない。それでまた、普段と少し違う雰囲気と空気が漂っている気がした。
 ——いや、そうではない。いつの頃からかドラルクと自分の間には、時々こういう時間が生じるようになっていた。
 今朝のやり取りも、そうだった。朝焼けの中、空が橙の色に染まって、ビルとビルの間から金色の陽光が町中を走っている。出動を終えて帰ってきた後に、ロナルドはドラルクの事後処理が終わるのを屋上で待ちながら、そんな光景を一人でぼんやりと眺めていた。そうして、太陽がすっかりビルの上に登った頃、ようやく迎えに来たドラルクに帰るよと言われて振り返った。
 ドラルクがロナルドの気配を追って探しに来ることなど、もう随分当たり前のことになっているのに、ロナルドは態とここでドラルクが探しに来てくれるのを待っていた。そして、それを分かっていてドラルクはここに来てくれているのだと、少し前から気がついていた。

「っ」
 温まったこたつの中で、指を一束にまとめて握られる。言うほど大した力でも熱さでも無いが、隣を見ると、ドラルクは変わらずテレビを見ていた。番組の内容はバラエティであるにも関わらず、その横顔は何故か険しい。
……あれは、別に徹夜明けだからとかでは、ないから」
……うん」
「今も、酔ってないし」
「うん」
 知っている。何せこたつの上に並んでいる缶には「ノンアルコール」と書かれているのだから。
「だから……あー、えーっとだな……
「なんで、こたつ?」
……これは正月前に買ってて、たまたま今日届いたんだけど」
 ドラルクはぽつぽつと缶ビールを飲みながら話し始めた。
 ロナルドがこの街に来て、一緒に働いて、一緒に暮らすようになって、少し経った頃、寒くなったら家にこたつがあったらいいかもしれないと思った、と。休日にこたつを囲んで、他愛ない話をしたり、ゲームをしたり、間食する光景がふつと頭に浮かんで、そんな家族の真似事も悪くないなと思った、と。
——じゃあ、これもなのか?」
 この、見えないところで握られている手は何なんだと、ロナルドは問う。ドラルクはやはりテレビの方を見たままだったが、少し顔を歪めて、いや、と首を横に振った。
「君とは……家族というか、その前に、恋人になりたいんだってことに、気がついた。だから……
 初日の出の逃した二日の朝。ロナルドを屋上に迎えに来たドラルクが「君のことが好きだ」と言った。すごく変なタイミングだった。何で今なのかということに気が取られて、ロナルドは返事に窮してしまった。その後希美たちも屋上に来て、吸対で初詣に行きませんかと誘われたが、ドラルクは連勤で眠気が勝るからと言って誘いを断り、ロナルドも何となく一緒に帰ってきてしまった。
 ロナルドはドラルクが迎えに来てくれることを知っていて、屋上にいた。何となく、時々ドラルクがこっちを見ていることに気がついていた。ロナルドも、ドラルクを見ていたからで、きっとドラルクもロナルドの視線に気がついていた。けれど何となく、出逢ってから作られてきた日常の中で、はっきりと言葉にするタイミングを逃してしまったように思う。
 だから、帰ってきてからも互いに少しギクシャクして、それぞれ寝床で睡眠を取った。起きて見るとドラルクはいつも通りに「おはよう」と言ってきて、それでロナルドはまたタイミングを見失ってしまっていた。このままなかったことになるかもしれないと思っていた。
 そんな時に、このこたつが届けられたのだった。
「そっかぁ」
 ロナルドは再び、あの屋上でドラルクから告げられた言葉を噛み締めるように胸中で繰り返した。
 いつでも横柄で、あんなに偉そうにしている男が、こんなもので必死に日常を取り戻そうとするなんて。
 なんて、欲深い男だろう。
「何笑っとるんだ」
「面白いし、楽しいし、……嬉しいから笑ってる」
 空いてる手で持っていたグラスを傾け、温くなったブラッドワインを一口飲んだ。苦味と酸味とを飲み下すと、ロナルドは随分と気分が良くなってくる。
「こーむいんは大変だな。休みでも、飲めないなんて」
……全くだ。こんな日に、酔えないなんて」
 二人一緒に乾いた喉を潤しながら、こたつの中で汗に濡れた手を握り合った。
 まもなく日が暮れて、いつもの夜が訪れる。ジョンは吸対の隊員たちと初詣に行っていて、まだ帰ってきていない。出動の連絡もない。帰ってきたジョンはこのこたつを見たらどうするだろうかとロナルドは考える。この家にあまり似つかわしくないが、それでもきっと、嬉々として自分たちの間に飛び込んで、こたつに入って温まるジョンの姿が簡単に想像できた。そうしたら、二人と一匹で、こたつに入ったまま寝転んでもいいかもしれない。
「ドラ公」
「なに」
「今年もよろしく」
……よろしく」
「こたつ、いいな」
……うん、そうだろう」
「ドラ公」
「なんだね」
「俺も。俺もお前が好きだ」
……
 問題は、一つだけ。片手ではみかんを剥くのが難しいということだけだった。




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