【Δドラロナ】256片の愛

Δドラロナ 爆散して肉片になったΔロ君を隊長が拾い集める話

 シュコー、シュコー。ガラガラ。シュコー、シュコー。ガラガラ。
 装着したマスクを介した独特の呼吸音。フィルター越しでなければ、小さな粉塵などが喉に張り付いて、たまったものでは無いだろう。
 呼吸音の合間に聞こえるのは、部下が用意してくれた即席の棺桶運搬のための台車だ。紐を括りつけて牽引している。これなど本当にたまったものではない。体を動かすのは不得手だ。そもそも全く向いていないのだ。いくら鍛えても、鍛えた翌日筋肉が悲鳴を上げ熱を出すということに気が付いてからは極力避けている。何より、この体に肉体労働を強いる者は少ない。役に立たないから引っ込んでいろと何度も言われたことがあるし、自分でもそう思う。それなのに、ここ最近は妙に体を張る機会が多すぎた。
 マスク越しで巨大な棺桶を引き摺っているせいで、肺が酷く痛い。死ぬのではないかと思うほど汗だくで、気持ちが悪い。露出している首元に張り付くベタついた空気も不快感を一層強める要因だ。
 ある地点に到着し、ロープを放り投げる。アスファルトの表面には直径三メートルほど色が変わった場所がある。放射状に伸びたそれを一瞬見た後に、私は作業に取り掛かるため棺桶の傍に立ち、その重たい蓋に手をかけた。
 現在この「爆心地」を中心にして、周囲をきっかり半径二キロメートルの範囲で完全に進入禁止にしていた。吸血鬼を絶対この範囲に近付けさせず、余計な気配を私が探知しないためである。周りのビルや、立ち並ぶ店にも全て退去命令を出してあるので、朝霧も相俟ってさながらゴーストタウンのようだった。見上げると、信号機だけが時折色を変えていて、虚しさと不気味さを感じながら、私は棺桶の中から青いビニールシートを引っ張り出して、傍に広げる。先に取り出したのはハンガーに掛けられた状態のタキシード一張羅と、真っ黒なマントだ。皺にならないよう、拡げてビニールシートに並べ、埃がかからないように大判のタオルを一枚かけておく。次いで、金属製のヘラや、黒いビニール袋を選んで手に取る。替えの手袋はポケットに突っ込んで、そうして準備を整えたところで、シュコー、と漏れたのは私のため息だ。
……やるかぁ」
 こんな独り言、誰も聞いていないかもしれない。だがこの声を聞いていてくれよ、と思う相手はいる。ともかく私は立ち上がり、重たい足取りでまず一番遠くにある「気配」の方へと向かった。



 ガリガリとヘラを使って、ビルの壁面に付着した「それ」を削ぎ落とす。足元には拾って集めたものを入れた黒い袋が二、三袋ほど溜まってしまっていた。そろそろ、手に余る量になってきたので、これが終わったら棺桶の傍に戻らなければならない。あと何往復すれば良いのやら。
 ガスマスクは視界も限られてしまうので本当に邪魔だった。顔のサイズにも合っていないので、そろそろ頬骨がいたんで仕方がない。いっそ取ってしまおうかと考えて少し前に外してみたら、あまりの血臭と硝煙の匂いに咳き込んで、結局つける方がマシだったので堪えざるを得なかった。
 壁面にこびり付いたソレを一つ一つの取り終え、摘むほどの大きさのものまで余すことなくポリ袋に詰めていく。半田君が手伝うことを申し出てくれたが、こんなものを「友人」にはさせられないと思って、断ったことを少し後悔していた。自分だって何度か正気に戻りかけて、喉奥から酸っぱい胃液が溢れそうになっているというのに。
 腕はもう棒のようになっていて、しばらくデスクワークにまで響きそうだった。ガスマスクの下で、私はすんと鼻を利かせる。
「っ……はぁ……
 ようやくこそげたソレを手の中に落として、私は疲労からほとんど尻餅をつくようにその場に腰を下ろした。作業を始めてから二時間が経過している。ようやく半分と言ったところだ。一度戻って休まなければ。そのあとのおよそ二時間に渡る、この頭がおかしくなるような作業を想像しながらガスマスク越しに空を見上げた。
「どっこいしょ……
 腰を上げて、脇にあるポリ袋の口を拡げると、手の中のソレが震えたような気がした。
 どこの部位だろうかと一瞬考える。今傍にある袋が一つあたり三キログラムから五キログラム。残りはおよそ四十キログラム。
 私の手の中にあるのは、吸血鬼の肉片だ。
 手の中にあるそれは、急に動き出すようなことはなかった。それなのに、どうしてか何時間経っても温かい。気配もある。意識があるのかどうかは、彼が目を覚ましてから聞いてみよう。流石にこの状態で痛覚はあるまい。そうであってほしい。
「君も難儀なものだな、本当に」
 そんな声を落とすと、四方八方、様々な方向から気配が私に向けられる。意識的なのか無意識的なのか。心底から震え上がることだって出来るようなシチュエーションだったが、ああやっぱりそういう事なのかと納得して、私は手の中のそれをポリ袋の中に落とした。
 数時間前、爆発物を抱えて現れた親吸血鬼の人間を確保した。その折に犯人は周囲を巻き込んで自爆しようと、爆発物を起動させた。
 爆発まであと数秒。どの程度の被害が出るか分からない。一般市民の避難こそ完了していたが、隊員に被害が出るのはやむを得ない状況だった。
「ドラ公。あと、よろしくな」
 そんな声が聞こえて、犯人の身体が宙を舞った。呻き声を上げて地面に落下した犯人が、その手に持っていた爆発物が、ない。
 振り向くと、犯人の立っていた場所に銀髪の吸血鬼が立っている。彼はふいと私から視線を外すと、その爆発物を、まるで愛しい子でも抱くかのように腕の中に収めた。
 爆音は直ぐに鼓膜の限界を超えて、耳鳴りを響かせた。何かが顔を掠めた感覚だけはあったが、そんなことよりも瞼を閉じる前に見た悪夢のような光景を確認したくて、直ぐに私は立ち上がって、恐らく叫んだ。叫んだが、自分の声が聞こえなかった。耳がバカになっていた。耳鳴りの合間に響くのが自分の声だと気がついたが、それでも声を上げていると、視界が幾らか晴れたところでつま先に触れたものを見下ろす。赤いネイルが施された指が、ころりと転がっていた。



 袋から肉片がどちゃ、と音を立てて棺桶の中に落ちる。空になったポリ袋を放り、力が入らない腕で棺桶の蓋をなんとかかんとか持ち上げた。ガコン、大きな音を響かせながら閉める。
「っはぁー……
 数時間後、私は爆心地の真ん中に腰を下ろす。ガスマスクも外すと、ようやく散らばっていた全ての気配が傍らにあるのがはっきりと感じられた。あちこちに散らばった肉片を全て集めるためには、余計な気配を全て排除するしかなかったのだが、その為にこの辺りを数時間に渡って通行止めにすることと、不死の吸血鬼一人を蘇らせることの費用対効果について考えてみる。
 確かに一人でやることでもなかったかもしれないが、より緻密に、一片足りとも残さず掻き集めるには、そうせざるを得なかったのだ。落ちているものから壁や地面に張り付いたものまで完璧に集めきるには。しかも、合間に何度か血液錠剤を服用して、気配探知の精度を底上げしながら。途中で鼻血が出て、ガスマスクの中で窒息しかけるという馬鹿らしい目に遭いながらも、制限時間のギリギリだったが、私は先に提出してきた申請書一式に記したスケジュールの通りに全てをこなした。
 本当に、金輪際勘弁して欲しいという思いと、謎の達成感が綯い交ぜになった心持ちで、棺桶に背を預け、棺桶の中で蠢くものの気配を感じながら、腕時計を確認する。残り時間は二十三分だった。二十三分後に、この区画一帯は全て通行規制も解除されて、検分を終えた後に元の街並みへと戻される。
 タバコでも吸いたい気持ちになったが、用意しなかったのは、この棺桶に詰めたものに何一つ混じって欲しくなかったからなので、今はもう草臥れた身体をただ投げ出すことしか出来なかった。
 五分ほど経過しただろうか。ぼんやりした寝不足の頭で、そろそろ撤収のために荷物をまとめなければと考え始めた時、カコン、と棺桶の蓋が開く音が聞こえた。
……‪ドラ公?」
「いるよ」
 後ろを肩越しに振り向くと、真っ暗な棺桶の中から真っ赤な目だけが見えた。その奥についてはよくよく見ることはやめにしておく。
「あとどのくらいで出てこられる?」
「んー……あと五分」
「誰もいないから、服とかはここで着てくれ」
「ん、わかった」
 再び蓋が閉まると、一度だけ棺桶全体が大きく揺れたが、また静かにざわざわと中で何かが這い回るような音に変化する。何だか聞き耳を立てているようで申し訳ない気持ちになった。私は空のポリ袋や、集めるために使用した器具を全て用意していた大きなずた袋に詰め込むため、立ち上がって後始末を始める。
 更に五分が経過して、今度こそ棺桶の蓋が持ち上げられる。素っ裸のロナルド君が上体を起こして、棺桶の中で盛大なため息を吐いた。一度ぐっと体を伸ばし、直ぐに肩を下ろしたロナルド君は「あーあ……」と呟いた。
「あんなバラバラになっても死ねねぇなんて……
「意識、あったの?」
「なんとなくあった。お前に話しかけてたつもりだけど」
……声帯無しには無理だろう。君、テレパシー使えないし」
「やっぱ使えねぇのかぁ……
 とんでもないことを、まるで駄々を捏ねる子どものように唇を窄めて言うものだから呆れてしまう。なんとなく気配の方向がこちらを向いていた気がしたのは、気のせいではなかったらしい。
……私が集めなかったら死んでたんじゃないの」
「うーん……お前が来るまでにちょっとずつ集まってたんだけど、もしかしてそのままだったら死ねたのかなぁ」
……
「あ、でもありがとな。すげーや、あんな細切れだったのに、どこも欠けてねぇ。自分で集まってたら腕とか無かったかも」
 あっけらかんとした話ぶりに少しは憤慨しても良さそうだったが、そんなことよりもこの六時間の間に話し相手がいなかったことの方が私にとってはダメージだったらしい。ロナルド君の顔を見ているうちに、なんだか全てがどうでも良くなってきてしまった。
 ——惚れた弱みとは、こうも恐ろしいものかと思い知らされてしまう。
「ほら、早く着てくれ。さっさと撤収するぞ」
 私は内心を隠しつつ、足元に置いてあったタキシードをロナルド君に手渡した。
……あれ!? ドラ公怪我してんじゃん!」
 身支度を始めようとしたロナルド君がようやく私の顔を見たらしい、慌てて棺桶から飛び出してきた。
「どうしたんだ?」
 覗き込むように伺ってくるロナルド君の赤い瞳に、左眼を覆うように包帯を巻いた自分の姿が映り込む。改めて見ると大袈裟な気がして、私はふいと理由を見つけて視線を逸らした。
「爆発した時の破片で切っただけだよ。大した怪我じゃない。……ああ、そう言えば。はい、これ」
 私はポケットに入れて置いたものを取り出し、ロナルド君に手渡す。私の手の中にあるのは小ぶりのトライアングルピアスだ。
「あ、あ~……ピアスの穴、塞がっちゃったかも」
「どれ……ああ、塞がってるな。完璧に」
「えーん、どうしよう……
「帰ったら開けてあげるから、さっさと服を着なさい」
「痛くしないで欲しい……
 自分の肉体が千々になっても気にしないのに、ピアスの穴を開けることを躊躇うなと言いたい。あとで開ける時になって騒ぎだしたら、その時は絶対に言ってやろうと心に誓った。
「はいはい。ほら、服着たらこれ棺桶に入れて。自分で抱えてくれ」
「俺の棺桶にこんなの入れんの!?」
「私の破れたシャツ入れてたんだからいいだろ」
「か、勝手に見たのか!?」
「ああ、うるさいうるさい」
 もう一ミリだって動きたくないくらいに、疲れていた。二度と同じ失態を繰り返すつもりはなかったが、また同じようなことがあればまた同じようにしてしまうだろう自分にもうんざりいるというのに、ロナルド君は機嫌よく棺桶を抱えて、私の傍に寄ってくる。
「ドラ公」
「何だね」
「腹減ったな」
……はぁ」
 まだ、もうひと仕事あるらしかった。




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