hatahata
2023-12-03 18:00:08
5721文字
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どちらも同じようなもの

ようこそ怪異の宴へ〜第二夜〜
ツードロ・ツーライ企画に大幅遅刻で参加です
【祝い/呪い】どちらかと言えば呪い。

「おまえには幸せであってほしいな」

なんて薄く笑いながら、八敷が数歩前から此方を振り向く。

───酷い案件だった。失踪した恋人を探してほしい、なんて依頼を受けて、最初は普通の人探しだと思っていたから自分一人で動いていたのだが。ある程度の足取りを探り当て、そろそろ一度依頼人に中途報告でもするかと思っていた頃の出来事だ。
……夜中突然、真下は金縛りに襲われた。

■□■□■


息苦しく、酷く寒いのにだらだらと流れ落ちる汗。身体の上に何かが圧し掛かっているような圧迫感を感じ薄らと目をこじ開ければ、いかにも生きていない……幽霊、亡者、そのような風貌のものが案の定真下に跨り、ぼそぼそと何かを呟いている。
何で俺に。こういう奇々怪々なイベントはあのボケ中年に起これよ。
当の本人にとってはあまりにも理不尽な怒りを覚えつつ、「他人にマウントを取られる趣味は無いぞ」と目いっぱい気力を振り絞り近所迷惑も構わず吠えるように力を込めて跳ね起きれば、元々それ程強くはないのかあっさりと姿を薄れさせ消えて行った。何だったんだ、とその時は安堵の息を吐き、どっと疲れた身を引き摺るように汗を流しに向かったのだが。……何とこの亡者、それから毎日のように真下の眠りを妨害してきたのである。家にいても、事務所で仮眠を摂っていても。
ある程度睡眠時間を削っても動けるとはいえ、流石の真下にも限界はある。遭遇する元印人達にも顔色が悪い、隈がますます濃くなっている、元々人相が悪いのがさらに磨きがかかっている、など散々な言われ様で、最初の内は気を遣ってか常々自分が言えることではないと思っているからか黙っていた八敷にまで、九条館に訪れた際「その……資料は探しておくから、少し仮眠を取らないか?」とおずおず提案されてしまった。睡眠不足により頭が回らず結局依頼人にまだ報告も出来ていない、あまりにも周囲が口煩いし心配そうな視線が鬱陶しかったので、渋々八敷の言う通り探すのを任せて少し眠ったのだが、目覚めた時に書庫へと顔を出せば安堵のような僅かに怒りのような複雑な表情で迎えられたのを不思議と思えている。

「少しは眠れたか?」
「お陰様で。やはり寝具の質が違うな」
「真下」
「何だよ」
「解っているだろう」

真夜中の水面のような、暗くて凪いだ瞳がまっすぐ真下を見据える。いつもはぼやっとしているクセに、こういう時ばかり鋭いのだから嫌になる。

「ここでよく眠れる理由、おまえなら解る筈だよ」
……解りたくもねぇ」

強いやつがいるからだ。新参者の割り込む隙が無い程沢山いるからだ。この館はいっそ蟲毒の壺で、毒を以て毒を制すにはうってつけなのだと、不本意ながら知っている。そしてその中でも一等強い毒メリイの矛先が八敷にのみ向いていて、だから今はむしろ自分たちには影響がない。それを八敷も理解しているから、いよいよ真下の限界が近いと察したところで休んでいけと言ったのだろう。

「話してくれ、真下。俺向きなんじゃないか?」

そう、ゆるりと首を傾げてふんわりとした空気を纏うクセにどこか有無を言わさぬ圧を醸し出す、真下は八敷のそういうところが嫌いだ。



「夜な夜な寝込みを襲うだなんて、随分と情熱的なお嬢さんだな」
「女とは限らんだろ」
「それもそうか。その『恋人』とやらの情報は?」
「ン」

真下からの話を聞き、まず八敷の口から出たのがそれだった。依頼人は男だと言うからてっきり女性だと思ったが、確かに性別はまだ解らない。
短い返答と共に差し出される紙束にざっと目を通す、そこには尋ね人の簡単なプロフィールや特徴、失踪時の服装や最後に姿を確認できた場所等何の変哲もない情報が並んでいた。……が、一点のみ。

「男性じゃないか」
「だから女とは限らんと言っただろ」

探されている人物は、依頼人と同じ男性だった。成程、失礼なことを言ってしまったらしい。心の内で謝罪しつつ、八敷は改めて真下を見る。

「夜な夜な寝込みを襲うだなんて、随分と積極的な人だな」
「そこじゃねぇ」

わざわざ言い直すような台詞か。
返された資料で一度べしんとすっとぼけの頭を叩き、休まったはずなのにまた疲れたような心地でげんなり天井を見上げる。
夜な夜な真下に苦痛を与えてまで、何を訴えているのか。亡者と成っているのならばもう死んでいるのだろう、普通に考えれば「見つけてほしい」とか、伝えたい言葉が、伝えてほしい人が、なんて感情を表す筈だが、あの亡者から伝わるのはどちらかと言えば願いよりも拒絶だった。まさか、今まで出会ってきた怪異のように余程強い未練を残し、自分へと辿り着きそうな生者を憎んでいる、とか?
解らない。真下はあくまで探偵だ、死んでしまった奴のことなど専門外。だがここに八敷がいる。怪医家、なんて呼ばれてしまい、本人は否定しているがオカルト方面に詳しい男だ。そしてわざわざ真下の不眠理由を探ってくる辺り、巻き込まれる覚悟をとっくに決めている。

……手伝え、八敷。俺の手には負えんようだ」
「仕方ないな」

溜息混じりに告げられる真下からの救援要請に、どこかほっとしたような顔で八敷が答えた。



そうしてところ変わって真下の家、まずは相手が何を訴えたいのかをきちんと聞いてみようということになった。また真下には苦しい夜を迎えさせてしまうな、と八敷は申し訳なさそうにしていたが、その苦痛を解決する為にやるのだから八敷が引け目を感じる必要など無いのだが。

「とりあえず、俺は一旦眠りにつく。貴様は変に漁らなければ勝手にしていろ」
「解った……、こういうのも何だが、彼が出てくるといいな」
「出て来なければ久しぶりにじっくり寝られるだけだ、どちらにしろ悪くない」

オヤスミ、とどちらからともなく挨拶を交わして、真下がごろんと横になる。そもそも眠りが浅いのだろう、それに加えて傍に八敷がいるものだから暫くは寝付けず瞼を震わせていたが、その内呼吸が深くなるのを感じた。無事寝入ったらしい。

(……俺がいても眠れるのか)

警戒心の強い真下が、自宅というプライベートな空間で他人の前で寝顔を晒しているというのは何だか不思議な光景だ。気を許されている、と思えばちょっとだけ嬉しい気もするが、恐らく警戒する必要がないと思われているのだろうな……
なんてほんのり切なくなっていると、不意に真下から小さく呻き声が上がっているのに気付く。見る見るうちに顔が苦悶に歪み、手足の指先がシーツをぐしゃりと乱しながら、ばちんと真下が目を開く───視線の先には、ずっしりと身体に跨る男の姿が浮かび上がっていた。

「っでやがった……!」
「これが、例の……

成程、やつれて生気を失っているが確かに見せてもらった写真に写る姿だ、探している「恋人」で間違いないのだろう。確認が取れたのならば、次は何故真下の元へ現れるのか、何が望みなのかを知らなければならない……緊張に動悸が激しくなる胸をシャツの上から抑えつつ、八敷は彼を睨みつけて口を開いた。

「すまないが、その男は貴方にとって何の関係もないだろう。毎晩そのように苦しめるのはやめろ、言いたいことがあるなら俺が聞く!」

言葉が届けばいいがと念じながら声を掛ければ、ぎゅるん!と彼の首のみが回り八敷の姿を捉える。憎々しげにも、嘆いているようにも思えるどろりと濁った目に射抜かれ一瞬たじろぐが、退くわけにもいかない。きつく唇を噛んでから、再び「何が望みだ」と努めて冷静に言葉を重ねる、すると如何にも悪霊のようだった彼の姿が煙のように揺らぎ、ややあってはっきり生前と相違ない程の見目を取り戻し、常人と変わらぬ双眸からぼたぼたと涙を流した。

───、───!
「!?何……ッ」

金属を引っ掻くような、虫の羽音のような甲高く不快な音が空間に満ちる。しかし、八敷には彼が何と言ったのか正確に聞き取れてしまった……それは、信じられない程悍ましく耳を疑う話で、しかし実際彼の身に起こった現実なのだ。八敷はひとつしっかりと頷き、「約束だ」と彼の手を取り真下の上から降りるのを手伝ってやる。

「もう少しだけ待っていてくれ。必ず貴方を救ってみせる」

透けた足でそれでもしっかりと立ち上がった彼は、八敷と真下に一度ずつぺこり頭を下げて消えていく。後に残されたのは辛そうに眉を寄せる八敷、そしてやっとまともな呼吸が出来るようになった真下だけだ。

「ぅ、え、ゲホッ!」
「大丈夫か?待たせてしまってすまない」
……成仏したのか?」
「いや……まだだ。やらなければならないことが残っている」
「何だよ、死体でも見つけろってか?」

真下には、彼の言葉が聞こえていない。だから結局彼が何を求めて真下の元へ訪れていたのか解らず終いだ、散々乗っかられていたのだから聞く権利くらいあるだろう。
対する八敷は沈痛な面持ちを収めて真下へと向き直る、その口から語られる今件の真相は、真下にとっても耳を疑うものだった。

■□■□■


サイレンの音が響き渡る。
連行されていくひとりの男を、ぎりぎりあちらからは見えないような離れた場所から2人は見ていた。

「これで彼もゆっくり眠れるだろう」
「人の眠りを妨げたくせに先に永眠しやがる……
「そう言うな、彼も必死だったんだ」

あの日、八敷に向けて彼はこう言った。

───見つけないで。

……彼は、やはり死んでいた。「恋人」と名乗る、あの依頼人のせいで。
事の真相は、彼に恋慕したがそれがあまりにも一方的だった為断られた依頼人が、想いを上手く昇華出来ず彼に付きまとった挙句恋人を騙り、付き合っているのにこんなにも愛しているのに大層尽くしているのになんて酷いと吹聴しそれを真に受けた周囲と共に彼を散々追い詰めたせいで、彼はもうどうにも出来なくなり密かに死を選んだのだ……そうまでしないと奴からは逃れられない、と。しかしそれを信じられなかった依頼人は、自分に知らせず姿を消した「恋人」を再び支配下に置こうと探偵の元へ依頼を持ち込んだ、という訳である。
彼が夜な夜な真下を苦しめていたのも、真下が彼の足取りを掴んでしまえばまた追われる、死してなおあいつに囚われると怯え、何とか調査を止めさせようとしての凶行だったらしい。
だからあの日、切なる願いと共に彼の居場所や、葬らぬよう隠されていた日記など依頼人が彼の人生をめちゃくちゃにした証拠の在処を聞いて、それを警察に持ち込んだ。そして今日、目の前の光景がその結果である。

「行き過ぎた愛とは恐ろしいな」
「あれは愛なんかじゃない、執着……支配欲とか、独占欲の方が相応しいだろうよ」

依頼を受けただけで一切非は無く、真下であればその内真相にも気付いてそれなりに誤魔化すことも出来たかも知れないし、依頼は依頼なので私情抜きできっちりやり遂げていたかも知れないが。少なくとも痴情の縺れに理不尽に巻き込まれたことだけは確かだ。

「好きだなんて言いながら相手の都合など考えず、ただ自分の所有物扱いして思い通りにしたいだけ……醜いもんだ」
……そうだな、そのせいで彼は居場所を失くしたったひとりで苦しいまま死んでしまった。その上死んでからも怯える羽目になるなんて……

まるで呪いだ。死んでも溶けない呪いの枷。魂まで縛られ、擦り切れて消えるまで貪られていた可能性がある。
それに、もし彼の望み通り調査を止めたとしても依頼人はまた次の手を探すだろうし、最悪真下が死んでいたかも知れない。そうなってしまっては、誰も救われなかった。そうならなくて、本当に良かった。
あったかも知れない分岐点にひっそりと身を震わせながら、八敷はその場から離れるべく真下の数歩先へ足を進める。そして真下も踵を返したのか背後から砂利を踏み締める音が聞こえた時、くるりと振り向いた。

「なぁ」
「何だよ」
「おまえには幸せであってほしいな」

ふわふわと掴みどころのない笑顔が、寒々しい。
唐突に告げられた言葉に真下は無意味な瞬きを繰り返し、次いで無理矢理吊り上げた歪な口元から唸るように問いかける。

……どうして?」
「好ましい相手、大切な仲間、そして友人だから、だよ」

もう半回転、踊るように背を向ける。芝居がかった仕草が此方を煙に巻こうとする意図を伝えてきて、思わず顔が険しくなる……が、それでも真下は笑う。本気じゃないのだ、こんなやり取り、お互いに。戯れにムキになるなんて、そんなみっともないことはしない。

「メリイの封印が成されなければ、きっと俺はほんの欠片も残らず食われるだろう。怪医家、なんて呼ばれて、今後も死者と関わって、その途中で何が起こるかも不確定。明日車に轢かれるかも知れないし、九条の名を狙って殺される可能性もある。メリイが片付いて、案外平穏無事に生きていけるとしても順当にいけば俺は真下より先に死ぬだろう。その時は、おまえに俺の分の幸福をやろうな」
「ハ、なんだよ。それこそ呪いじゃねぇか」
「失礼な、祝福さ」

クスクスと笑い声を零しながら、八敷が足を踏み出す。もう振り向いては来なかった。
何が祝福だ、ふざけやがる。こんなものが祝福であって堪るか。
八敷から真下へと受け継がれる呪い、幸福の呪いだ。真下の幸せに自分が含まれていないと、自分のいないところで幸せであれという執着であり拒絶だ。
あぁそうだ、こんなやり取りは冗談で、取るに足らないノイズ。ならば此方とてひとつくだらない話をしてもいいだろう。

「八敷」
「ん?」
「貴様の幸福なんて要らん。俺は俺の分だけでいい……だから、貴様もせいぜい生きている内に幸せになっておくんだな。それくらいなら見届けてやる」
……祝福か?」
「呪いだ」

絶対に、逃がさない。自分と共に生き続けてしまえ。
そんな戯れを乗せて、遠ざかるサイレンと反対の方向へと、並ばないままの2人は消えて行った。



END.