hatahata
2022-10-05 15:45:32
9102文字
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季節感?あぁ、いい奴だったよ。(真八♀)

腕を掴もうとして折られそうになったモブ、実は俺なんだ(どや……)

「ねぇねぇ八敷さん、こっちもかわいいよ!」
「そうだな、きっと萌によく似合うだろう」
「違うよこれ八敷さんの」
「えっ」

某日某所、八敷と萌は連れ立って衣料品売り場に立っていた。
終業式を終え夏休みへと突入した萌が「八敷さん達とも遊びたい!」と強請った事により、来週海へと出掛ける予定となっている───そして、せっかくだから新しくかわいい水着が欲しいと思った萌と、水遊びなんてもう何十年単位で行ってなくてそもそも水着を持っていない八敷とで新調しに来ている、という経緯だ。

「あのな萌……私はもうおばさんなんだから、そういうかわいい水着は似合わないよ」
「せっかく久しぶりに海に行くんだからちょっとくらい張り切った方が良いって!八敷さんはもっと自信を持つべきだよ、すっごく綺麗なのに」
「褒めてくれるのは有難いが……
「お世辞だと思ってるなぁもー。かわいい水着を着ていけば真下さんも絶対喜ぶのに」
「えぇ……?」

フリルとリボンのたっぷり盛られた、『かわいい』の権化かと錯覚しそうになるビキニタイプの水着を手に迫ってくる萌をそっと押し留めつつ意見すれば、ぷぅとかわいらしく頬を膨らませた萌から更なる反論がきて困惑してしまう。
───そう、八敷と萌だけではないのだ。
海へ行こう、と打診してきた萌が、八敷の了承を得た途端連絡をとってあれよあれよという間に殿方2名の参加をもぎ取っていた。確かに女2人では心もとないと思っていたのでそれは構わないのだが、何だか手際が良過ぎるというか……最初からそのつもりだったのではなかろうかと疑う位の速度だった。恐らくその通りだ。

「うーん、じゃあもう少し露出が少ないのにしよっか。それでも真下さんは嫌がりそうだからパーカーも買っちゃお」
……なぁ、何でさっきから真下の名前が出るんだ……?」
……わざわざそれを訊く?」
「萌!?」

くりんと首を傾げてうっすらニヤけた萌に、八敷は頬が熱くなる心地だった。いや、そりゃあ、まぁ、萌は八敷が秘めた想いを抱えている事に以前より気付いていたから良いのだけれど。しかしそうやって選ぶ基準に織り込まれると、否応なしに考えてしまうではないか。……真下はどう思うかな、なんて。

「大丈夫大丈夫、大きめのパーカーを着ておけば隠れるから!という訳で思い切ってこっちのセクシーなやつを」
「こらっ人で遊ぶな!どこから持ってきたんだ!」

萌がすっと取り出した布面積の大幅に減った黒いビキニを陳列棚に投げる勢いで戻し、まぁ、友人とこんな風にショッピングするのは楽しいものであると噛み締めつつ、八敷も萌に似合いそうな水着を手に取った。

■□■□■


「───という事があってな。全く、萌にも困ったものだよ」
「それは本当に俺に喋っていい話題だったかよく考えてから物言え?」

また別日の夜。
借りていた資料や本を返しに、という名目で九条館を訪れた真下を出迎えたのは、八敷からの雑談……だが、女同士の気兼ねも遠慮もない買い物の話を果たして自分が聞いていいものか判断に迷う。本人が良いのであれば良いのだろうか。勿論八敷だって全て赤裸々に話した訳では無いけれども。何せこの九条家現当主、目の前の青年に想いを告げるつもりは皆無。だからこそ萌の発言に困ったし、真下がどう思うか、なんて気にしてしまう事を恥じた。なのでその辺りは省いて萌に着せ替え人形にさせられた事を愚痴っただけのつもりだ。

……そういえば、真下は水着を持っているのか?あんまり海やプールに行くようなイメージは無いが」
「持ってないな。あるとしても実家だし学生時代のだ、無理だろ」

わざわざ買いに行くのは正直面倒だが、恐らく萌と翔の事だから真下だけ私服で行くと五月蝿いに違いない。それに、このやたら怪異に好かれる上隙だらけのお人好しが万一海で足を引かれるなり何かに纏わりつかれるなりした際に困る。近い内に一応適当に買っておく気ではいた。
……ふと、真下の返答を聞いた八敷が、「そうか、うん……」と口元に手を遣ってもごもごと呟いているのが見える。何か気になるような事があっただろうか。不審に思いどうした、と声を掛けると、何処と無く気恥しそうに頬をほんのり染めた顔が此方を向いて、おずおずと口を開く。

……真下が良ければ、なんだが」

歯切れ悪くそう言って、足元から紙袋をひとつ持ち上げる。八敷のことだから茶菓子かと思っていたが、どうやら真下への贈り物だったらしい。

「流石に私には殿方の水着は解らないから買えなかったが……

話の流れ的に一瞬疑ったが違うようだ。

「その……萌が、揃いのパーカーを強く推してきてな?でも私なんかと揃いなんて嫌だろうと思って……なのに萌が許してくれなかったから、せめて同じスポーツブランドのものを……

もじもじ、紙袋で顔を隠しながら様子を窺うような上目遣いでそんな事を言われて断れる男がいたら名乗り出てほしい、今すぐ。少なくとも真下には無理だ。年増を自称するクセに、対人技能と経験が足りないせいか時折少女めいた仕草をするこの女性に心底惚れこんで、わざわざ口実を作ってまで会いに来ている上、そんなかわいいことを言われて拒否出来る程冷血ではない。自分の為に、好いた女が選んだプレゼント。危うくにやけそうになるのを頬の内側を噛んで誤魔化し、手が震えないようすいと差し出す。

……有難く貰っておく」
「!そうか、良かった。当日はこれを着てくれると嬉しい」
「別に揃いでも構わなかったんだが」
「ふふ、真下は優しいな」

そうじゃねぇよ鈍感。思わず口から零しかけ、辛うじて珈琲と一緒に飲み下す。本心なのに、八敷はどこまでも気持ちを受け取ろうとしない。構わないどころかむしろ揃いの方が良かった、虫除けにもなる。……人慣れしていない八敷が、萌に仕組まれたとはいえ子どもだけでなく真下がいて、それでもその日を楽しみに思える理由をそろそろ直接ぶつけてほしいものだが、この様子ではまだ先は長そうだ。

……そういやアンタの恰好は」
「萌が、当日のお楽しみ?だから絶対教えたら駄目だと言っていた。だから内緒だ」
「そうかよ」

■□■□■


そんなこんなで約束の日当日の朝。九条館前、集合時間より早く既に4人とも集まっていた。ちなみに車は八敷のワゴンだが運転手は真下だ。

「いや~、やっぱり楽しみだと早く来ちゃうね」

乗り込んだ後部座席、ちゃっかり八敷を隣に引き込んだ萌が上機嫌に笑った。長期休暇の解放感もあってか上機嫌で、持ってきたビーチボールを八敷に見せながらきゃあきゃあとはしゃいでいる。楽しそうなのはいいが、今からそんなに騒いでは後で疲れるのでは、と危惧したが、水を差すのも野暮なので指摘はしないでおいた。

暫くドライブを続け、4人がやってきたのはそれなりに賑わいを見せる海水浴場。シーズンだからか若い集団や家族連れも多く若干気後れしたが、絶賛若い盛りの萌や翔が早く行こうと八敷の手を引いたり背を押したりするものだから、苦笑と共にもやもやした気持ちは霧散していった。
───順番に更衣室へ向かい、男性陣は早々に着替え終わって砂浜荷物置き場を確保して待っていると、「ごめーん、お待たせ!」という明るい声を挙げながら萌が八敷を連れて小走りに戻ってくる。
その、セパレートの水着がよく似合う弾けるような愛らしさを持つ少女と、後ろ……肉感的な身体をかわいらしくも大胆なフリルビキニで飾り、パーカーの裾を握り照れくさそうにしている女性の組み合わせは、正直人目を引いた。(ただし声を掛けた先が男2人である為、連れがいることを察した周囲はそれもそうかと納得したのだが。)

「やっぱり更衣室混んでてさ~。2人とも待たせてごめんね!」
「いや……それは別に良いんだが」
「ありがと長嶋くん。そうだ、どうかな水着。八敷さんかわいいでしょ」
「今のアネさん見たら真下の旦那に〆られる気しかしねぇって」
「確かに。かわいいからこそ見ちゃだめなやつ……
「聞こえてるぞ貴様ら」
「や、でも、あー……渡辺も、その……にあ、」
「あっそうだ八敷さん日焼け止め塗ろ日焼け止め!背中塗ってあげる!」
「ちょっ」

さくっと興味を移した萌が再び八敷の手を引いてパラソルの方へ向かってしまい、最後まで言わせてもらえなかった翔の肩を真下がぽんと叩く───然る後「ハッ」と嘲笑をもってトドメを刺したので、当然翔はその場で打ちひしがれた。

「パーカーを着ているんだから必要ないんじゃないか?」
「夏の紫外線甘く見ちゃだめだよ?特に八敷さん色白いんだから、真っ赤っかのヒリヒリになっちゃうよ。あ、2人はあっち向いててね」
「んふ、も、萌、くすぐったいって」

華やぐような声を背に、翔はそろりと真下の方へ寄り声を潜める。丁度草野球の練習もなかった為二つ返事で海へ遊びに行くのを了承したが、不良ながらも根は純な少年は実のところこの状況に気まずさを感じていた。

「なぁ旦那……オレ今すげーいたたまれないんだけど、アンタよく平気だな?」
「ハ?何言ってんだ、……今すぐ海飛び込んで頭冷やしたいに決まってんだろ」
「旦那にもそういう感性あったんだな……

男同士のひそひそ話を交わしている内にお互い塗り終わった女性陣が「2人にも日焼け止め塗ってあげようか」と提案するのを丁重にお断りすれば、それならと張り切った萌がビーチボールを手に波打ち際へ走って行ってしまうのを慌てて追いかける八敷と、ついでに真下から追い出された翔が遊び始めるのにそう時間は掛からなかった。



そうしてビーチバレーが水の掛け合いになったり、疲れた八敷と入れ替わりに引っ張り出された真下が集中攻撃を受けてずぶ濡れになったり、あまりにもその様子を笑う翔が真下のラリアットを食らい沈められたりしている内にそれなりの時間が経ち、一旦休憩を摂ることとなった。
水の中でも汗はかく、飲み物を買って来ようとクーラーボックスを担いだ八敷、から真下がそれを奪う。突然腕が軽くなった八敷はきょとんと真下を見るが、当人は「俺も行く」と返す気がなさそうだ。

「すぐそこだし、大したことじゃないんだが……
「いいからさっさと行くぞ」
「せっかくだし甘えちゃいなよ八敷さん。クーラーボックスって結構重いでしょ?」

それでもなお言い募ろうとしたが、萌に後押しされては仕方がない。財布だけは自分が出すぞ……と変な決意を胸に2人で売店へ向かうことにした。ついでに何か軽く食べるものも買おう。
売店前にはそこそこの列ができていたが、店の方も慣れたもので次々と客をさばいていくのが見えた。これならあまり待たずに済みそうだ。思った通り、2人に頼まれたものを思い返しつつぽつぽつ真下と言葉を交わしていればあっという間で、元気と愛想の良い店員に注文を告げあとは品物を受け取り会計するのみ……といったところで、ふと、八敷はトイレに行きたくなった。しかし食物を受け取ってからでは流石に良くない、戻って荷物を置いてから行ってもいいのだがそれだと往復の手間がかかる。幸いここからそう離れたところではないし、さっと済ませてしまおう。

「すまない真下、お手洗いに行ってくる。すぐ戻るから品物を受け取っておいてくれ」
「あっちょ、おい!?」

するりと列を抜け走り去っていく八敷を反射的に追おうとしたが、注文を放置する訳にもいかない。結局真下には、八敷の背が見えなくなるのを大人しく見送るしか出来なかった。



さて、事を済ませ皆の元へ戻ろうか……とぽくぽく歩いていると、不意に斜め後ろから「ねぇ」と声を掛けられる。振り向けば年若い男が2人立っていて、表面上はにこやかだがその実値踏みするような目で八敷を見ていた。

「おねーさんひとり?俺達、車の鍵を失くしちゃって。一緒に探してくれません?」
……悪いが連れを待たせている。探し物ならきちんと警備に申し出た方が良い」
「まぁそう言わず!ちょっとだけでいいからさ~」

あからさまに悪質そうな男達を冷ややかな声音で突っ撥ね、相手にしている暇はないと背を向けその場を離れようとしたのだが、せっかくの標的をそう簡単に諦められる筈のないナンパ師の片割れがその腕を掴んで引き留めようとした───その瞬間、伸ばした腕をガッと掴まれ、強制的に止められる。ギチギチと音がしそうな程力のこもったその手の先には、

「うちの女房に何か用かァ?」

───息を切らした真下が、人ひとり視線だけで殺せそうな凶悪な面構えをもってして男達を睨んでいた。

「ヒッ……な、何でもないですっ!」

気迫負けした2人は半ば転げつつ逃げていき、後には真下と「警備に今の奴らについて言っておかないとな」なんて暢気なことを考えている八敷が残される。
そういえば、何故真下がここに。ちらりと窺えば荷物を手にしたままで、成程クーラーボックスを抱えて走ったのかと合点がいった。息が切れていたのはそのせいだろう。というか、真下の様子より何より気になることがある。さっきの、真下の発言。

「あ……あの、真下?」

真意を尋ねようと口を開いたが、それよりも早く男達の逃げた方を見ていた首がぐりん!と此方に向けられ、あまりの剣幕に舌が凍り付いた。次いで「ひとりで動くなと何度言わせる気だ!」と怒鳴られ身が竦む。

「案の定連れ込まれそうになってんじゃねぇか、いい加減にしろ貴様!」
「すま、すまない!だが流石にトイレまでついてきてもらうのは、すぐそこだったし……!」
…………ハァー……、もういい、無事だな?」
「あ。あぁ。何ともない。真下が来てくれたから」
「戻るぞ。ガキ共が心配する」

流石に重さが辛くなってきたのか幾つかのビニール袋を差し出しながら、一旦説教を呑み込んでくれたらしい真下がそう促す。袋を受け取って先を歩く真下の横に並び、そういえば先程聞きそびれたことがあったな、と八敷は真下の顔を覗き込んだ。

「さっき私のこと女房と呼んだか?」
「あーーーーー……別にいいだろ、あの場の方便だ」
「そうだな」

見知らぬ男達に言い寄られかけ真下に叱られたのは喜ばしくない出来事だったが、……咄嗟の嘘とはいえ、真下に伴侶呼ばわりされたのは、ちょっとだけ嬉しかった。言ったら多分また危機感がないと怒られるので、こっそり胸の内に秘めておくけれども。



「2人共遅いね~」

飲み物を買いに行く、と言ったきりなかなか戻ってこない八敷と真下を気にして、萌がちらちらと売店の方を窺う。まぁ、途中八敷が離脱したのを真下が追いかけていくのが見えたので、説教中かも知れないな、と思い心配半分といったところだが。

「見た?真下さん色々受け取ってからすごい勢いで走って行ったの」
「遠目からでも解るくらいの剣幕だったな……砂浜走りづらいのによ」

八敷自身は過保護だなんだと不満げにしていたが、そうされるだけの理由があること、しかもそれがひとつではないことにいい加減気付いてほしい。真下だけでなく恐らく元印人達はみんなそう思っている。この件について八敷の味方は誰もいない。

「やー、でも真下さんほんと健気だよねぇ。わたし達も何だかんだ気にしてもらってるけど、八敷さんは別格だもん。わたしもいつか誰かの事、あんな風に好きになったり好きになってもらえたりするのかなぁ」
「オカルトに持っていかれている内は無理じゃね?」
「アハハ、確かに!八敷さんといると飽きないし、もう暫くはオカルトが恋人かも」

ころころと屈託ない笑い声をあげる萌を横目に、翔はあの2人について思いを馳せる。どう見てもお互い想い合っているし、彼女達を大切に思う奴らは誰一人反対などしないのにそれでも八敷は認めようとしないし、真下も今はまだ待つ気でいる……手放すつもりの毛頭ない男と手放せる訳がない女でお似合いというか、割れ鍋にナントカだと思うのだが、『大人の恋愛』とは斯くも面倒なものなのか。
だとすれば、オレには向いてねぇな。結論付けて、翔は萌の方へ向き直る。

「あのさぁ」
「うん?」
「お前、暫くは誰とも付き合えなそうだし、真下の旦那も結構忙しそうだし」

……気温や日差しのせいだけではない熱を帯びる顔をタオルを頭から被ることで隠す。早く言ってしまわないと2人が戻ってくる、そうなると恥ずかしくて耐えられない。……が、一方で今この瞬間戻ってきて邪魔されてしまいたいような気もした。矛盾した気持ちは兎も角、聞く姿勢を取ってくれている相手をあまり待たせる訳にもいかない。渇く喉と張り付く舌を無理矢理動かし、頭に浮かんでいる言葉を何とか音に乗せた。

……だから……何か、男手が要る時は、オレに声かけろよ」
「長嶋くん……

言ってしまった……。若干の後悔と、邪魔が入らなかった安堵と何故邪魔してくれなかったのかとほんのり恨む気持ちがずっしり肩にのしかかり思わず目を逸らして俯く。自分が普通の女子に好かれるような性格も見目もしていない自覚はある為、萌の反応が少し怖かった。おずおずタオルの裾から様子を窺えば、萌はうーん……と小首を傾げていた。

……でもなぁ~、長嶋くん怖がりだからなぁ~」
「ンなっ!?び、ビビッてねぇし!」

思わず反論を叫んだが、対する萌は気にした風もなく笑っている。オカルトに傾倒していることも、オーパーツだかいう変な雑誌の編集部にバイトしに行くことも含めてやっぱり変な女だ……。シルシを経験している女共は皆やたらと逞しい。その筆頭が、今尚戻ってこない八敷その人なのだけれど。

「でもありがとね。真下さんは八敷さん第一だし、もし何かあったらその時は長嶋くんにお願いするよ」
……旦那の次かよ……別にいーけど」

つい拗ねたような声が出てしまうが、翔とてあの目つきと態度と口は悪いがそれを補って余りある程の実力を持つ探偵に勝てるとは、まだ思えない。だが、それでいい。今はまだ次点でも、その内翔を頼ることが萌の中で当たり前になれば、それでいいのだ。───その思考は図らずも真下と似ていたが、それに本人が気づく時はもう暫く訪れないだろう。



……見たか真下。青春だな……
「何でどいつもこいつも鈍感で思わせぶりなんだろうな……
「?何のことだ?」
「何でもない。和むのは勝手だが戻らんと温くなってるぞ」
「えっそれはまずいな……おーい2人共、飲み物買ってきたぞ」

ちゃっかりばっちり少し離れた場所でそのやり取りを見守っていた八敷だが、真下の言葉にハッとする。ぬるくては美味しくない。慌てて2人に声を掛ければ、片方は笑顔で手を振り、片方はウゲッ……とでも言いたそうな顔で出迎えた。

「お帰りなさ~い。見てたよ八敷さん、ひとりでどこか行っちゃだめじゃない!」
「その件につきましては誠に申し訳なく……
「旦那は何でそんなヤベー面してんだ……?アネさんまた何かあったのか?」
「それもだがある意味では貴様らのせいだ」
「えっ……あ、あ、まさか聞いてっ……!?」
「真下さん凄かったんだよ、品物受け取った途端猛ダッシュ」
「えっそれはちょっと見たかった」
「八敷」
「ゴメンナサイ」



帰りの車内では、遊び疲れた子ども達が後部座席で眠っている。その様子をミラー越しに確認して微笑ましく思いつつ、八敷は運転席の真下へと声を掛けた。

「帰りまで運転を任せてしまってすまないな」
「構わん。貴様もガキ共の相手ご苦労なこった」
「それはお互い様なんだけどなぁ」

表に出ないだけで、これも真下の優しさなのだろう。八敷は元々体力に乏しい上、水遊びというのは案外消耗するから気遣ってくれているのだ。今日一日付き合ってくれているし、面倒が起こった時も助けてくれた。……あぁ、好きだな、困ってしまうな。

……あ、そうだ真下。ひとつ訊きたいんだが」
「何だよ」
「私の水着どうだった?」

───ギィッ!
むず痒い胸の内を誤魔化そうと、そういえば萌が言っていたことがあったな……と何となく頭に浮かんだ話題をよく考えないまま言葉にしたところ、突然急ブレーキを踏まれた。あまりの衝撃と音に後ろの2人も目を覚まし「何!?」と困惑している。

「な、ど、どうしたんだ真下!?」
………………すまん、踏み間違えた」
「危ないなぁ……気を付けてよね真下さん」
「すまん」

萌と翔も起きたし、何となくブレーキでつんのめった際に色々吹っ飛んで、それ以上質問を重ねることはせず2人をそれぞれ送り届けた後九条館へと戻る。労いも兼ねて珈琲を振る舞ってやろうと真下を招けば、素直に頷いて中へと足を踏み入れた。

「お疲れ様。じゃあ煎れてくるから……
「八敷」

キッチンへと向かいつつ、待っていてくれ、と言いかけたのだが、名前を呼ばれ言葉が中断する。真下の方を向けば気まずそうに唇をもごもご震わせていて、何を言うつもりかじっと待っていると、目は逸らしたままだが少しの間を置いてその口が開かれた。

…………悪くなかった」
「ん?」
「さっき訊いてきただろ。……まぁ……似合って、た、と……思う」
「!」

ぶわ、と顔に血が集まるのが解る。確かに訊いたのは八敷だが、あれは自分の意識を別に向ける為何となく挙げた話題であって、一度途切れた上まさか真下から皮肉じゃない誉め言葉を貰えるとは思っていなかった、完全に不意討ちだ。

「あ、あ、あり、がとう……嬉しい…………その……真下も」
「ン?」
「萌達に、水を浴びせられて一時髪が下りていただろ……何だか雰囲気が違って……その……ちょっとドキドキしたというか……助けてもらった時も……えっと、かっこよかった、うん」
「ッ……そ、うか」

いい年した大人が2人何をしているのか。八敷は照れと喜びと恥じらいのあまり言い逃げしてキッチンへ駆け込んだし、残された真下も感情のやり場に困って片手で顔を覆い隙間から諸々の思いを込めた熱っぽいため息をつく。
もし今この場に第三者がいたとすれば、もしかしたらこんな感想を抱くかもしれない。


…………暑さの原因の一端に間違いなくこの2人がいる、と。




END.