そら
2020-10-15 00:34:17
1930文字
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【ファンタスティックフォーチュン】祝う人がいる世界で【キール】

キール=セリアンの誕生日前の話です。
キール×芽衣の要素の強いお話です。

※名前だけですが、アイシュも出てきます。※

――「十月十五日はどうするの?」

 ノックもなしにドアは開かれた。
 そんなことをする人物は一人しか心当たりがない。
 キールは面倒くさそうに視線を上げて確認する。
 心当たりが当たって、ためいきを一つ零す。
 芽衣が笑顔で近寄ってきた。
 キールは読んでいた本に視線を戻した。
「十月十五日はどうするの?」
 被保護者が暢気に尋ねた。
「院で過ごすが?」
 ホーリーグリーンの瞳は文字を追いかける。
「せっかくの誕生日なのに?」
 芽衣が机を両手のひらで叩く。
 バンっと大きな音が鳴った。
 叩いた手の方が痛そうな音だった。
「もう成人しているんだ。
 祝うこともないだろう」
 この本もハズレのようだ。
 時間を無駄にしてしまった。
「アタシの時は祝ってくれたじゃん。
 だから、お返しというか。
 お礼をしたいんだよね」
 芽衣はしどろもどろに言う。
 台風の目のような少女には珍しいことだった。
「アイシュだって寂しいと思うよ。
 家に帰りなよ」
「どうして、そこで兄貴の名前が出てくるんだ?」
 キールは顔を上げた。
「二人っきりの兄弟じゃない。
 きっと心配していると思うよ」
「俺がいない間、お前はどうしているんだ?」
 芽衣の意見を取り入れたわけではないが疑問を尋ねた。
「まだ魔力が安定していないんだ。
 暴走をしたら、誰が止めるんだ?」
 キールは異世界からの来訪者の保護者だ。
 管理する義務がある。
 利用しようとする上層部から守る責任がある。
「だから三人で祝うってのは、どう?
 街にある家に行ってみたかったんだ」
 芽衣は楽し気に言う。
「そこが本題か。断る」
 キールは読書を再開する。
「えー、どうして。
 記念に残る誕生日になると思うよ」
 自信たっぷりに芽衣は言う。
「こう見えても忙しいんだ」
 本を読んでばかりいる姿は、いかにも暇そうに見えるだろう。
 キールの内心は焦りでいっぱいだった。
 例年ならば郊外の森で散策をしていただろうが、今年はそちらまで足を延ばすことはなかった。
「一日ぐらい研究しなくても大丈夫だよ。
 キールは天才なんでしょ」
 栗色の瞳は絶大な信頼を寄せていた。
「残念ながら秀才どまりだ」
 読み終えた本を閉じる。
「え? だって最年少で緋色の肩掛けを許されたんだって聞いたけど」
 芽衣は身を乗り出す。
「魔力なら兄貴の方が上だ。
 ……隠しているみたいだけどな」
 キールは次の本を手に取る。
「へー、そうなんだ。
 意外だね」
 あっけらかんとした声が届く。
「俺は一日たりとも休むことはできない」
 被保護者を元の世界に戻すまで。
 口には出さなかったけれども。
 それが一番の目標だ。
「切磋琢磨ってヤツ?
 それともアイシュに負けたくないの?」
 無邪気に問いかけてくる。
 古傷が抉られる。
……兄貴に勝てたことなんて一度もない。
 魔法の道を進んでいたなら、兄貴はもっと優秀な成績を修めていただろう。
 間違った……召喚も起きなかっただろう」
 キールは期待しながら新しい本を開く。
「もしかしてアタシのこと気にしているの?
 この世界、けっこう気に入っているよ。
 だからさ、三人で祝おうよ」
「そこで『だから』がつくのが不思議なんだが。
 これ以上、俺の時間を邪魔をするのなら、出て行ってもらうぞ」
 夢を見てはいけない。
 一秒でも早く。
 芽衣を家族の元へ帰してやらなければならない。
「それって魔法で強制的にってこと?」
 少女が尋ねる。
「そうなるな」
 キールはそっけなく答えた。
「じゃあ、帰る。
 十月十五日を諦めたわけじゃないからね」
 芽衣の言葉に視線を上げれば、栗色の瞳は真剣だった。
「忘れてくれ」
 心からの言葉をキールは言った。
 双子の兄と比べられるのも。
 十月十五日は幸せだった、と気づかされるのも。
 ご免だった。
「キール=セリアンが生まれた喜ばしい日を忘れることはできないよ」
 それだけで嬉しいと思ってしまう。
 小心者の心を隠して
「カウントダウンが必要か?」
 冷たく聞こえるように言った。
「はいはい。自分の部屋に戻りますよ。
 絶対に祝うんだから」
 捨て台詞のように芽衣は言うと部屋から出て行った。
 静寂さが戻ってきても、キールはページをめくることはできなかった。
 誕生日まで数日。
 それまでに文献をあたっても、芳しい成果は得られないだろう。
 人の好い兄のことだ。
 三人揃っての誕生日に賛同するだろう。
 それを無下に断ることができないほど退路を断ってくれるだろう。
 気が重かった。
 独りっきりになった部屋で、ためいきを一つついた。