そら
2020-07-12 00:01:17
3154文字
Public
 

【アンジェリーク】セラム【ルヴァ】

ルヴァさま聖誕祭2020。ルヴァ×女王リモージュ。デュエットからSP2終了直後に迎えた誕生日。――秘密めいていて素敵じゃないかしら?

 異例の女王試験も終わり、聖地は穏やかな時間を取り戻しつつあった。
 妹宇宙は、ゆっくりと発展していくことだろう。
 希望的な未来が見えていた。
 茶色の髪の女王も、それはそれは幸せに笑って去っていった。
 そんな微睡むような時間の中、暦は七月に入ったばかり。
 金の髪の女王の機嫌も麗しく……とはいかなかった。
「どうしよう、ロザリア」
 迷い子のような目を青い瞳の女王補佐官にむける。
「ルヴァの誕生日のこと?」
 優雅に紅茶を飲んでいたロザリアは言った。
「どうしてわかったの?」
 アンジェリークは驚く。
 危うくティーカップを取り落としそうになった。
「あなたが悩むことなんてそれぐらいでしょう?」
「ひっどーい!
 私だって、ちゃんと考えながら宇宙の発展をさせているんだから」
 私室だということを存分に活かして、アンジェリークはすねる。
「向上心あふれる女王陛下ね。
 さて、ここに優秀な女王補佐官がいるんだけれども」
 ロザリアはテーブルの上にカタログを乗せる。
「通販? 気持ちがこもっていないような気がするんだけれど」
 翡翠色を瞬かせてアンジェリークは言った。
「下界にいられる時間は限られているから、効率的にね」
 ロザリアは残りの紅茶を飲み干す。
「付き合ってくれるの?」
「私とあなたの仲じゃない」
「ありがとう、ロザリア!」
 テーブルがなければ、抱きついていたような勢いでアンジェリークは言った。
「あなたからもらうものなら、ルヴァはなんでも喜ぶと思うけど」
 ロザリアはカタログをめくりだす。
「たとえば、適当に摘んできたクローバーでもしおりにして大切にしてくれそうよ」
「だから困っているんじゃない。
 何でも、じゃ困るの。
 特別に喜んでほしいの。
 誕生日なんだから」
 アンジェリークは訴える。
 年に一度の特別な日なのだ。
 幸福な気分になってほしいと思うのは、わがままだろうか。
「そうね。
 例えばティーカップなんて、どうかしら?」
 ロザリアは言った。
「たくさん持っていそうよ」
「いくつあっても困らないじゃない。
 それにセラムをこめたら秘密めいていて素敵じゃないかしら?」
「セラム(挨拶)?」
「花言葉よ」
 大切なことを告げるようにロザリアはささやいた。
「ティーカップに描かれている花に意味をもたらせるの」
「すごいわ、ロザリア!
 飛び切り素敵なプレゼントになりそうね!」
 アンジェリークは笑った後、表情に曇らせる。
「花言葉、通じるかしら?」
「女王試験を忘れたの?
 あの時、花をプレゼントされたじゃない。
 それに地の守護聖は知恵と知識の番人。
 その本棚に、花言葉を収めた図鑑がないとは思えないんだけど」
「そうよね」
 アンジェリークは安堵する。
 ロザリアはテーブルの上に花の写真が載っている図鑑を乗せる。
「あなたの方は詳しくないだろうと思って、持ってきたわ」
「至れり尽くせりね」
「だって、私はあなたの補佐官ですもの」
 ロザリアは優雅に微笑んだ。

   ◇◆◇◆◇

 七月十二日は日の曜日だった。
 女王の務めも、守護聖としての役目からも解放される日。
 ただのアンジェリーク・リモージュに戻れる日。
 地の守護聖の執務室をノックする。
 私邸に帰っている可能性も高かったが、ここ最近は聖殿の執務室で本を読んでいることが多かった。
「開いていますよー」
 穏やかな口調に背を押され、アンジェリークは入った。
「どうかしましたかー」
 悠久の時を過ごしているかのような部屋だった。
 候補生時代は、いつかは訪れたいと思っていた場所だった。
 まさか、女王になって入室するとは思っていなかった。
「お誕生日おめでとう」
 用意してきた言葉を言う。
 ブルーグレーの瞳は見開かれる。
「ああ、今日は誕生日でしたか。
 すっかりと忘れていましたよー。
 永く生きると忘れやすくなりますね。
 ありがとうございます」
 ルヴァは微笑んだ。
 青年にとって、何度目の誕生日なのだろうか。
 即位すると、時間の経過がゆったりしたものになるという。
 女王になったばかりのアンジェリークには、まだ実感が湧かない。
 時間から取り残されるというのは、どんな気持ちだろうか。
「誕生日プレゼントよ」
 緑のリボンをかけてもらった箱を手渡す。
「開けてもいいでしょうか?」
「もちろん」
 アンジェリークは緊張した。
 気に入ってもらえなかったら、どうしよう。
 特別になれなかったら……と心臓がドキドキとする。
 箱の中身はティーカップ。
 白磁に青い縁を持つ花が躍る。
 ルヴァの誕生花でもあり『感謝』を意味する花言葉を持つトルコキキョウが描かれている。
「感謝するのは、こちらの方ですよ」
 ルヴァは微笑みを深くする。
 花言葉は通じたようだった。
「このティーカップをルヴァのコレクションに加えてくれる?」
 声が震えないように、気をつけてアンジェリークは言った。
「もちろんです。
 あなたからいただいた物は特等席ですよ。
 飾っておくのも悪いですから、これでお茶にしませんか?
 ちょうどお茶にしようと思っていたんです」
 ルヴァは言った。
「誕生日なのに」
「あなたが選んでくれたティーカップですからね。
 一番に使いたいのです。
 用意してきますから、待っていてくださいね」
 そう言い残すと、ルヴァは奥の部屋に入っていった。
 窓際に置かれたテーブルに着く。
 こうしていると、女王になった実感が起きない。
 まるで、候補生時代に戻ったようだった。
 窓からは黄金の光が差しこんでくる。
 特別になれただろうか。
 並んでいる本たちをながめながら、口を引き結ぶ。
 異例な女王試験も終わり、もう一人のアンジェリークも妹宇宙に旅立った。
 つい先ほどのことだったように感じる。
 これまでよりも、これからの方が永い時間が待っているというのに。
 しばしの平穏の中、心がざわめく。
 茶色の髪のアンジェリークも、こうしてルヴァと一緒の時間を過ごしたのだろうか。
 ふいに湧きあがった嫉妬が胸を焼く。
「お待たせしましたー。
 どうぞー」
 ルヴァはゆったりとやってきてティーカップを差し出した。
 花の柄はシロツメグサだ。
 どんな意味がこめられているのだろうか。
 あれだけ花言葉の図鑑を見たのに、失念してしまった。
 自然とためいきが零れた。
 ルヴァは向かい側の席に着く。
 ティーカップはプレゼントしたばかりの物だ。
「アンジェリークのこと心配?」
 胸の中でもやもやしていたことを尋ねる。
「私にとってアンジェリークは一人きりですよ。
 今も昔も」
 ブルーグレーの瞳が見つめる。
 砂時計の中の砂がさらさらと零れるように。
 永い時間を見つめ続けてきたように。
 悠久な時の中で磨かれた宝石のように。
 ルヴァは穏やかに笑みを浮かべる。
「あなただけです」
 恋の告白のように聴こえて、アンジェリークの心臓はドキリっと跳ねた。
 まるで、心に直接キスされたようだった。
 思わず翡翠色の瞳を紅茶に移した。
 ブルーグレーの瞳を真っ直ぐと見られなかった。
 それから何を話したのか、忘れてしまうぐらいアンジェリークの心はかき乱された。
 親友であるロザリアにも話せなかった。
 勘違いだったら、恥ずかしい。
 けれども、穏やかな時間が来年もあればいいと願ってしまった。
 いつまでも、二人きりで過ごせればどんなにいいだろうか。
 女王と守護聖という枠から離れて。
 アンジェリークは、そんな切ないことを思った。