そら
2020-02-14 20:04:18
1685文字
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恋人たちに祝福を

フラクタル。好貴視点で高校二年生三学期、楽瑠×好貴、知歩×射那のバレンタインデートの前のエピソード。

「あとはラッピングするだけね」
 好貴は冷蔵庫からバットを取り出す。
 金属製のバットにはチョコレートが並んでいる。
「溶けやすいから気をつけてね」
 好貴は言った。
「何度ぐらいで溶けるの?」
 射那が目を大きくして尋ねる。
「暖房に直接、当てなければ大丈夫だと思うけど」
「つまり何度?」
 射那は被りつくように訊く。
 せっかく綺麗にできたチョコレートだ。
 万全の状態で食べてもらいたい。
 そんな恋する乙女の願望が全面に押し出されていた。
「たぶん平均的な室温までは大丈夫だと」
 好貴はたじたじになって答える。
 市販の品とは違い、一概には答えられない。
 言葉はどうしても弱々しいものになる。
「本当?」
「たぶんよ。
 それに外は寒いんだし、溶ける心配はないんじゃない?」
「すぐに食べてもらわなきゃ」
 真剣な表情で射那は言った。
 まるで毒薬か媚薬を盛るような人物の顔をする。
 あながち間違いではないかもしれない、と好貴は思った。
 チョコレートが媚薬として取り扱われた歴史もある。
「好貴、ありがとう!
 一人じゃ、絶対に作れなかった」
 射那が好貴の手を握る。
 あたたかい温もりに、知歩くんも救われているのだろうか、と考えてしまった。
 すべてを知っているわけではないけれども、その人生は平坦ではないようだ。
 まだ高校生なのに、諦観したような色の瞳をすることがある。
 それは楽瑠も同じだ。
 時折、人生に飽いたような瞳をする。
 そんな瞳を見る度に、好貴の胸はチクリと痛む。
 知歩くんにとって射那が救いなように、楽瑠にも救いがあればいいと思う。
「好貴は楽瑠くんに渡すんでしょ?」
「まあ、一応」
 付き合っているのだから当然だ。
 あちらの方が料理上手だから、お返しの手作り菓子が待っていそうだったが。
 柿色のボックスにチョコレートを詰めていく。
「きっと喜んでくれるよ!
 なんといっても、素敵な恋人が用意してくれたチョコレートだもん」
 射那は好貴の背中を叩く。
 表面上は喜んでくれるだろう。
 たとえ、塩と砂糖が間違っていたとしても。
 料理研究部の部長だから、そんな初歩的なミスはしていないけれども。
 たくさん貰うチョコレートの中に埋没してしまうのではないか。
 そんな不安はある。
 苔色のリボンを結んで完成だ。
 自信たっぷりの射那が羨ましいと思った。
 愛されているということを疑ったことはないのだろう。
 他人に興味がなさそうな知歩くんが射那にだけは固執する。
 伊達眼鏡の奥の瞳はずっと射那だけを見ていた。
 誰から見てもわかりやすい恋だった。
 それに比べて、自分たちの関係はあやふやだ。
 告白はされた。
 普通の恋人同士のように手を繋いで帰る日もある。
 それでも楽瑠は踏みこませてはくれない。
 痛みも、悲しみも、苦しみも。
 何もないように微笑んで見せる。
 誰にでも平等に優しくて、その性格は温厚だ。
 楽瑠が怒鳴り声をあげていることなんて……あった。
 二年生の一学期、顔を合わせる度に口論になっていた。
 それが、今では付き合っている。
 運命なのだろうか。
 過去を振り返ってみれば不思議だった。
 どんな巡り会わせで、二人の赤い糸が繋がっていたのだろう。
「今年は手作りだから喜んでくれるかな?」
 射那は白いギフトボックスに、青いリボンをかけた。
「去年は喜んでくれなかったの?」
「んー、それがいまだに冷凍庫に眠っているんだよね。
 この前、知歩の家に上がったら残っていた」
 射那は思い出すように答える。
 好貴は失笑した。
 大切にしすぎだろう。
「市販品だったのが悪かったのかなぁって思って。
 ほら、手作りだったら保存できないじゃない。
 すぐに食べてもらいたいから」
 射那は言った。
 そういう問題ではない、と好貴は思ったが言わずにすませた。
 今日は恋人たちの祭典だ。
 渡して、受け取るだけでもお祭り騒ぎだ。
 誰の元にも喜びが舞い降りますように、と好貴は願った。