そら
2018-01-15 20:09:41
2029文字
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【遙かなる時空の中で】強く優しい人【藤原幸鷹】

誕生日話。藤原幸鷹×高倉花梨。「優しくなんてないです」

 北風が吹き、底冷えするような日だった。
 高倉花梨は招待された。
 少女は余所行きのワンピースに身を包んで、その屋敷の門をくぐった。
 あまりの立派さに眩暈がした。
 持参した手土産が恥ずかしくなってきた。
 門から玄関までの道のりは長かった。
 インターフォンを探していると、ドアは内側から開いた。
「待ちしておりました」
 招待主が言った。
 当然だが、洋装をまとったその人に違和感を覚えた。
 ここは京ではないのだから、当たり前の格好だけれども。
「お誕生日、おめでとうございます」
 花梨は用意していた言葉を言った。
 幸鷹の顔に微笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます。
 立ち話も申し訳ないので、こちらへ」
 幸鷹の背についていく。
 緩やかな歩調で、青年は進んでいく。
「ちょうど家族は出払っていて、おもてなしができなくて、すみません」
「そうなんですか?」
「夜には全員、揃うはずなんですが。
 こちらです」
 幸鷹は温室のドアを開いた。
 空気が濃い。
 肩の力が抜けた。
 ガチガチに緊張していたことに気づかされる。
 緑に囲まれて、呼吸が自然にできた。
 青年は花々の間を歩き、簡易的に置かれたベンチを示す。
「どうぞ、座ってください。
 立ち話も疲れるでしょう」
 幸鷹の言葉に、花梨は従った。
「失礼します」
 木のぬくもりがあるベンチは掃除が行き届いており、塵一つ落ちていなかった。
 二人は並んで座った。
 たくさんの花に囲まれていると、冬だということを忘れてしまいそうになる。
「お気に入りの場所なんですよ。
 本当の自分を出しても平気な場所のような気がしているのです」
 京から帰ったばかりの青年は安堵したような表情で言った。
 先ほどよりも穏やかな表情に見えた。
「お誕生日おめでとうございます」
 本日は1月15日。
 幸鷹の誕生日だった。
「あなたに祝いの言葉をいただけるだけで、嬉しいです。
 帰ってきたのだと思いますね」
「後悔していませんか?」
 思い切って、花梨は尋ねる。
 現代に帰ってきてから、ずっと引っかかっていたことだ。
「京に独り残ってあなたを想うのと」
 ふいに幸鷹は花梨の手を取る。
 少女の心臓が跳ねた。
「こうしてあなたにふれることができる。
 どちらがいいかは自明の理ですよ。
 失った分だけ、手に入ったものがあります」
 呟くように青年は言う。
「私は失った分だけ、埋めることはできるでしょうか?
 幸鷹さん、辛くありませんか?」
 少女と違って、青年が京に置いてきたものは大きすぎる。
 花梨は幸鷹の双眸を見つめる。
「辛くないといったら、嘘になります。
 でも、それ以上の幸せを手に入れました」
 金属フレームの奥に収まった瞳は、真剣だった。
「あなたは本当に優しい人ですね。
 私の心配までしてくれる」
「優しくなんてないです」
 花梨はうつむいた。
 一人で帰ることもできた。
 それでも、離れがたくて巻きこんだのだ。
「私は何度でも同じ選択をしますよ。
 あなたと共にいる。
 それが私の導き出した正解です」
 握られた手のぬくもりが強くなる。
 花梨は言葉に詰まる。
 こういう時、歳の差を感じてしまう。
「あの。プレゼントを持ってきたんです。
 こんな物しか用意できなくて」
 真摯な言葉から逃げるように花梨は、話の腰を折る。
 空いているほうの手で、カバンからラッピングされた小袋を取り出す。
 手作りのクッキーが中に詰まっている。
 何度も味見をしたので、市販のクッキー程度には美味しくできたものだ。
 今は、それも恥ずかしい。
 これから青年は高価な物をプレゼントされるのだろう。
 そう考えると、少女は縮こまる。
「手作りですか?
 嬉しいです。
 私を想って作っていただけた。
 それが、とてもあたたかいです。
 大切に食べさせていただきますね」
 青年の声は弾んだものだった。
 少女は恐る恐る顔を上げる。
 京で何度も見た優しげな微笑みに見つめられていた。
「あなたにふれることができる。
 最高の誕生日です」
 幸鷹は花梨の指先にキスをした。
 恋愛に免疫がない少女は、それだけで赤面した。
「ありがとうございます、花梨」
 花梨殿でも、神子殿でもない呼び方に、ここが現代だということを思い知らされる。
 京から帰ってきた時と同じように、手を繋いでいる。
 永遠に離れ離れならないように。
 振り返ったら、消えてしまわないように。
「喜んでもらえて嬉しいです」
 やっとの思いで少女は言った。
 誰にも見られていない空間で良かった、と思った。
 たぶん、間の抜けた顔をしているだろう。
 こういう時、どうしたらいいのかわからない。
 きっと、これからこういうことが増えていくのだろう。
 そんな予感がした。
 二人は晴れて、恋人同士になったのだから。