そら
2017-07-26 00:00:26
2608文字
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【ファンタスティックフォーチュン】嘘つき【セイリオス】

『ファンタスティックフォーチュン』 セイリオス×ディアーナ。誕生日話。最初に嘘をついたのは誰だったのだろう。

 最初に嘘をついたのは誰だったのだろう。
 初めは小さな嘘だった。
 一つついた嘘は、やがて大きな嘘になった。
 重ねすぎて、真実は闇に落ちた。



 昨日の続きの今日が来た。
 朝の日差しが起床をうながす。
 セイリオスはベッドから滑り降り、鏡を見る。
 瞳の色は紫。
 それに安心して、微苦笑を浮かべる。
 こうして確認するのが日課になってしまった。
 紫の色の瞳を見る度に、王族のとしての責務を思い出す。
 病がちな父王を補佐して、人民を導いていく。
 皇太子としての期待に応えることは、いつまで経っても慣れない。
 時に、不安になる。
 自分でいいのか。
 もっと相応しい人物がいるのではないのか。
 そんなことを思ってしまう。
 王家の男子はセイリオスひとりきりだ。
 積み重ねた嘘の上に成り立っている。
 紫の瞳がセイリオスを縛る。
 逃げ場所はないと教える。
 純白の衣に袖を通す。
 与えられた役目を果たすために、執務室に向かう。
 決済する書類の山が待っているだろう。
 セイリオスが抱えている悩みなど、ちっぽけだと証明してくれるだろう。
 いつも通りにドアノブを回す。
 青年は紫の瞳を見開いた。
 薔薇の香りが鼻をくすぐる。
「おはようですわ」
 花弁の色で染めたような髪色の少女が立っていた。
「ディアーナ」
 セイリオスは突拍子もない妹姫の名前を呟いた。
 シオンやアイシュがいたなら、ビックリしなかっただろう。
 朝の白い光の中に、少女がいたことに驚いた。
「今日は頑張って早起きをしました。
 どうしても、一番に逢いたかったんですわ」
 青年と同じ色の瞳は楽しそうに言う。

「お誕生日、おめでとうですわ」

 七年ぶりに逢った妹は、まったく変わらない。
 無邪気な笑顔を浮かべて嬉しくなることを言う。
 あと半年もすれば、成人だ。
 王家の慣習通り他の男へと嫁ぐことになるだろう。
 少女を独占できるのもわずかな時間だ。
 だから、少女の中で一番がまだ自分であるということが胸を熱くする。
 喜びが夏の暑さを払いのける。
「お兄様が誕生日に下さったペンで書いてみましたの」
 ディアーナは淡いブルーの封筒を差し出した。
「こうして直接、お会いできるのが嬉しいですわ。
 手紙はお暇な時に読んでくださいませ」
「ありがとう、ディアーナ。
 誕生日だということを忘れていたよ」
 セイリオスは封筒を受け取った。
 美しい飾り文字で、セイリオスの名前が書いてあった。
「まあ。お兄様でもそんなことがあるのですのね。
 今日はたくさんの人にお祝いの言葉をもらえると思いますわ。
 だから、どうしても一番になりたかったのです」
 少女は言った。
「たとえ一番じゃなくても、ディアーナから貰えるなら、それが特別だよ」
 セイリオスは微笑んだ。
「嘘でも嬉しいですわ」
「私はお前には嘘はつかないよ」
 大きな嘘を抱えている青年は断言した。
 最後まで少女の誇りになるような兄であることを意識している。
 少なくとも目の前の少女と別れる日が来るまでは。
「本当ですの?」
 王族らしい紫の瞳が問う。
「本当だよ」
 セイリオスは小さな嘘を重ねた。
「薔薇を活けてくれたのもディアーナかい?」
 青年は微妙に話をずらす。
 執務机の花瓶の中には、少女の髪色の花が活けられていた。
「中庭で摘んできましたの」
 ディアーナは胸を張る。
「棘は刺さらなかったかい?」
「心配は無用ですわ。
 シオンに摘むコツを習いましたの」
「後で、シオンにも礼を言わなければならないね」
 女性には甘い友人が教えている光景が目に浮かぶ。
 きっと嬉々として実践して見せたのだろう。
「わたくしからお礼は言ったから、お兄様は言わなくても大丈夫ですわ。
 それにバレてしまいますわ」
「何がだい?」
「お兄様のために薔薇を摘んだことはナイショですの。
 庭師にも秘密で、摘んできたのですわ。
 知られたら、怒られてしまいますわ」
 ディアーナは目を半ば伏せ、ドレスの裾をいじる。
「では、ここだけの秘密にしよう」
 セイリオスは言った。
 真相が知られても、怒る人物は誰もいないだろう。
 それでも無垢な少女が不安になるのなら、安心するように言葉をつむぐ。
「ナイショにしてくれますの?」
 大きな瞳が見上げる。
「ああ、二人だけの内緒だ」
 青年はうなずく。
 少女の顔に笑顔が戻る。
「ありがとうですわ」
「感謝するのは、私の方だよ。
 ありがとう、ディアーナ」
 セイリオスは飾らない気持ちで言った。
「そろそろ部屋に戻りますわね。
 朝食はご一緒できますの?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ、それまでしばしのお別れですわね。
 早朝から失礼いたしました」
 ディアーナはドレスの裾を持つと、優雅に礼をした。
 薔薇色の髪がさらさらと肩から零れて美しかった。
 いつまでも小さな可愛い妹ではいてくれない。
 それを浮き彫りにするようだった。
「ありがとう、ディアーナ」
 セイリオスは噛み締めるように、もう一度言った。
 同じ色の瞳がキラキラと仰いでくる。
「今日はお兄様の誕生日ですわ。
 わたくしにできることは、ちょっとだけですわ。
 喜んでもらえて嬉しいですわ」
 淑女への階段を登り始めた少女は言った。
 やがて離れていく日が来るのだと、実感してセイリオスの胸が痛む。
 ディアーナは笑顔のまま、ドアの向こうへと消えた。
 小さくなっていく背を最後まで見送る。
 独りきりになったセイリオスは、ためいきをついた。
 最初に嘘をついたのは誰なのだろう。
 セイリオスは、その嘘に囚われている。
 一生突き通さなければならない嘘だ。
 その嘘に押しつぶされそうになる。
 本来、祝われるはずの皇太子の誕生日は誰のものだろう。
 紛い物の自分が受け取っている。
 セイリオスは封筒に目をやる。
 良い兄であることに、少し疲れた。
 これからも嘘をつき続ければならない。
 それが国のためだ。
 わかっている。
 わかりたくない。
 嘘がなければ少女と出会うことはなかっただろう。
 嘘がなければ少女と恋に落ちることができただろう。
 二律背反だった。
 ゆるりと昇る太陽に嘘を溶かしてしまいたいと思った。