そら
2017-07-17 19:36:12
1336文字
Public
 

【遙かなる時空の中で】誕生日【有川譲】

有川譲×春日望美。有川譲生誕祭2017。

――この瞬間を永遠にしたいと思った。

 世界は静かに流れていく。
 虫の音を聞きながら、空を仰ぐ。
 熊野は緑が濃い。
 呼吸が楽にできるような気がした。
 夜毎、リアルになっていく夢にうなされて、譲は目覚めた。
 少しでも生きているという実感が欲しくて濡れ縁まで、歩いてきた。
 はだしの足に板張りの床はひんやりとして心地よかった。
 時刻は子の刻だろうか。
 誰もが眠っている時間のせいか、世界で独りぼっちなような気がしてきた。
 譲は首を横に振る。
 どうにも感傷的になっている。
 これでは、元の世界に戻るなんて夢のまた夢だ。
 戦場にはいてはいけない。
 感情が削られて、磨耗していく。
 人殺しが当たり前になっていくなんて現実は苦しい。
 譲には、守らなきゃいけない存在がある。
 どんな困難が待っていても、あの笑顔を曇らせてはいけない。
 そう思う存在があるからこそ、譲は譲らしくあれるのかもしれない。
 心に暖かい気持ちが灯った。

「譲くん」

 大切な存在が自分の名を呼んだ。
 譲は驚いて、振り返った。
 先ほどまで考えていた幼なじみが立っていた。
 月の光に照らされた望美は、綺麗だった。
「探しちゃった」
 ひたひたと譲の傍まで歩いてくる。
「もう遅い時間ですよ。
 明日も早いんですから、寝なくても大丈夫なんですか?」
 心配から小言が出る。
「今日は特別だよ。
 ジャーン。
 春日望美スペシャル」
 と後ろ手から、皿を差し出した。
 皿の上には、果実が載った蒸しパンがあった。
「譲くん。
 お誕生日、おめでとう!」
 望美に言われて、誕生日になったことに気がつく。
 すっかり忘れていた。
「譲くんには敵わないけど、食べて欲しいな」
「ありがとうございます」
 目頭が熱くなってきた。
 毎年、祝ってもらっていたけれども、今年も祝ってもらえるとは思わなかった。
「朔にちょっと協力してもらっちゃった。
 食べれる味にはなっているはず」
 望美は座って、皿を板の上に置く。
 譲も座る。
 向かいあうと、距離が近い。
 鼓動が早く鳴るのが、わかる。
「半分こにしませんか?」
 譲は声が上ずるのを抑えて言った。
「でも、これは譲くんのために作ったものだし」
「独りで食べるよりも、誰かと食べたいんです。
 そのほうが祝ってもらっているような気がするんです」
「そう?」
 望美は耳に髪をかける。
「じゃあ、半分こにしようか。
 どの辺りが半分かなぁ」
 白い手が蒸しパンを半分に割る。
「いただきます」
 譲は手を伸ばす。
 大切に食べる。
 涙が零れそうなぐらい素朴な味わいがした。
「美味しいです」
 譲は眼鏡のずれを直す。
「本当!
 頑張った甲斐があったな」
 望美も蒸しパンをかじる。
 笑顔が深まる。
 譲が守りたいものが増えていく。
「美味しいね」
 望美は言った。
「はい。とても美味しいです」
 時間が止まれば、いいと思った。
 この瞬間を永遠にしたいと思った。
 幸せすぎて、眠れない夜も瑣末なことのような気がした。
 異世界で迎える誕生日も悪くなかった。
 覚えていてくれた人がいた。
 それがいっとう大切な人だった。
 そんな幸運に酔いそうだった。