そら
2017-05-23 20:05:05
1512文字
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キスの日

『フラクタル』 高校2年生 和歩×射那

「今日は5月23日」
 抑揚の乏しい声が言った。
「誰かの誕生日だっけ?」
 背の高い少女が首をかしげた。
 長い髪が肩から零れて、背に落ちた。
「恋文の日」
 和歩は言った。
 並んで歩いている射那はブラウスのボタンをひとつ外した。
「ああ、それで売店のレターセットが売れてるんだ」
 今日は暑いね、と射那は首筋の汗を拭う。
「寄り道して、コンビニでアイス買わない?」
 と少女は言った。
 もう夏だねーと笑う。
 アイスが美味しい季節になったね、と射那は独り言のように言う。
「あ、もしかして和歩はラブレターが欲しい?」
 欲しいなら、今からでも書くけど。と付け足すように言った。
「もう一つ、記念日でもあるからそっちのほうがいい」
 和歩は日焼けしない少女の白い肌を見つめる。
 背丈はあまり変わらないが、いや背丈が変わらないからこそ視線が会う。
 恋文を貰うよりも直接、言われるほうがいい。
 その方がシンプルで、嬉しい。
「どんな記念日なの?」
 無邪気に少女が尋ねる。

「キスの日」

 和歩は淡々と言う。
 少女が立ち止まった。
 メガネの奥の瞳は、大きく見開かれた。
「射那は僕にくれる?」
 付き合いだして、そろそろ半年。
 初めてのキスはとっくのとうに済ませている。
 それでも記念日だと言われると欲しくなる。
 自分にこれほどまで、貪欲な感情があるなんて和歩は知らなかった。
 射那だけに真っ直ぐに向かう欲望。
 恋に落ちるというのは、こういうことだと教えられた。
 少女の頬が紅潮する。
 暑さのせいだけではないだろう。
「こんな道端で?」
 ギクシャクとした口調で射那は言った。
「駄目?」
 どこでしようが、変わらない。
 少女とふれあうのは気持ちがいい。
 他人と関わるのはあまり好きではなかったけれども、少女は例外だ。
 ずっと、ふれていたいと思う。
 チャンスは逃さない主義だ。
「駄目に決まっているでしょ!」
「じゃあ、僕の家ならいい?」
「それはそれで問題があると思うんだけど」
 少女は困ったように言う。
「たまには射那からしてくれてもいいと思うんだ」
 和歩は言った。
 一方通行のような気がする。
 どれだけ思っても、伝わりきれない感じがする。
 冷房の利いた部屋で、少女と抱き合いたい。
 汗と制汗スプレーの香りが和歩を誘う。
 少女はメガネを外し、少年の頬に唇を寄せた。
 さらりとした感触はすぐさま離れた。
 期待外れのキスだった。
「これで勘弁して」
 射那は言った。
 恥ずかしそうな少女に新鮮なときめきを覚える。
 何度でも、恋に落ちる。
 少女と付き合って、当たり前がない。
 いくつものドアを開かれていく。
 和歩の小さな宇宙は、無限に広がっているということを知らされる。
「今日のところは、これで我慢する」
 少年は不満そうに言った。
 満足には程遠かったが、少女は精一杯応えてくれた。
 だから、これ以上を求めるのは酷だろう。
「コンビニでアイス、おごってあげるから」
 と少女はメガネをかける。
「アイスよりも射那の方がいい」
 和歩は正直な言葉を放つ。
「本当に勘弁してよ。
 暑いのと緊張で、ドキドキしているんだから」
 射那はハンカチで首筋を拭う。
「僕は射那が好きなんだ。
 だから、射那からいっぱい欲しい」
 和歩は白い首筋にくちづける。
 塩に似た味がした。
 制汗スプレーの香りが少女らしいと思った。
 本当はもっとさわりたかったけれども、我慢した。
 欲望が首をもたげたけれども。
 白い肌に痕が残った。
 それで満足することにした。