「最遊記歌劇伝ー外伝ー」大千穐楽、とうとうこの日が来てしまった。とてもとても見たかった演目だけど、正直に言うと来て欲しくなかった。外伝を見終わるということは、最遊記歌劇伝の旅路が終わるということだからだ。
東京公演が始まってからできるだけネタバレを踏まないようSNSで検索することを避け、けれどもお知らせを見逃すわけにはいかないので公式からのツイートのみを眺める日々、キャスト・スタッフの皆さまの充実した表情を拝見するにつけ、いやでも期待は高まってゆく。
配信は観なかった。
個人的なこだわりに過ぎないことは承知しているが、いくら原作を知っていても私はやはり初見は劇場で体験したいのだ。
東京公演のあと、いよいよ西へ向かうよという終わりへのカウントダウンがキャスト陣から聞こえてくるなか、2回観劇予定の私の初日はまだなのだ、待ってくれ、置いていかないでくれというよくわからない焦りが心の中を占めてゆく。
開演前、聞き覚えのあるメロディがSEで流れる。注意事項を伝えるいわゆる影ナレが悟浄と八戒のお二人で(悟空いたかな?覚えてないです)、はじめは単に「影ナレも担当してる!嬉しい!」だったのだが、よく考えれば今回の公演は外伝なので悟浄と八戒として喋るのは唯一ここだけなのではと思い至った。(後述するが最終で三蔵一行が登場・歌唱するのでそうはならなかったが)
オープニング、主要キャストが客席の方を向いて順に斉唱するなか、北村諒さん演じる哪吒太子がひとりゆらゆらと踊るように彷徨っていていかにも異質な様子だった。哪吒の特徴的な大きく開いた袖は張りのある素材を使われていたのかどんな動きをしても蝶の羽のようにその形を損なわず、大いなる力や謎を秘めた存在であるにも拘らず哪吒の華奢さ儚さを表しているようだった。きたむーも意識して袖を大きく振る動きをしていたように思う。お辞儀をするときも殊更袖がよく見えた。
高崎俊吾さん演じる観世音菩薩は素晴らしかった。どこまでも伸びてゆく歌声や流線形の佇まい、ときおり垣間見るおみ足までもが美しい。性別を昇華した観世音菩薩がそこに御座した。
佐奈宏紀さん演じる西海竜王敖潤も歌声が素晴らしい。鈴木拡樹さん演じる金蝉童子、椎名鯛造さん演じる悟空、藤原祐規さん演じる天蓬元帥、平井雄基さん演じる捲簾大将の4人に心を寄せつつも立場上反目する敖潤。後の世で旅の連れ合いとなる巡り合わせもとてもエモい。
全体的にシリアスなお話ではあるのだが、要所要所で瞬発的にお笑いポイントが挟み込まれる。最遊記歌劇伝を追ってきたファンに取っては慣れた展開なので、客席の瞬発力も高い。小さなボケも見逃さず前のめりに笑いが湧く。これ叱られるんじゃ?と疑問に思う「こしあんぱんまん」のパロディ曲も旋律を微妙に変えて歌い上げていた。悟空の風呂敷マントがとてもよかった(笑)。そういえば前回のSunriseでは瑛人さんの「香水」にとても"似た"曲が披露されたが、あれは天才的にアレンジされたパロ曲だった。
鯛ちゃん、たしか膝の手術をしたのではなかったか。そんなことは何も感じさせないくらい軽やかに動きまわる悟空が可愛い。天蓬元帥にぶつけるケツアタックもおそろしく打点が高いし、回転する舞台装置の階段を颯爽と駆け上がり、金蝉童子が追いつけないという描写にしてもこれガチで競っても追いつけないんじゃないだろうかと思った。
天界に現在、存在する幼児である悟空と哪吒の二人のシーンはひたすらに可愛い。元気よく飛び跳ね、手を繋いで踊る。いちばん小さいものがいちばん力を持っているというのは物語における定石なのかもしれないが、初めから最後まで徹底して庇護されるべき存在だと金蝉たち周りの大人が示していて、だからこそ哪吒を自分が伸し上がるための道具にした"父親"、山﨑雅志さん演じる李塔天の下劣さが際立つ。
悟空と哪吒の無邪気に遊ぶシーンや金蝉、悟空、天蓬、捲簾の4人で桜の下でお酒を酌み交わすシーンは、この先のストーリーを知るだけに、美しければ美しいほど胸に迫る。舞台上に空間の三分の一を占めるほどの桜を据え、要所に応じて桜吹雪を散らす。あれは手作業だろうか。天才。泣く。
物語が進むに連れ、謀反人として追い詰められていく4人。いちばんの戦力であろう斉天大聖の力は敵味方を判じることはできない上に、前述のとおり庇護すべき、下界に逃すべき幼児なのだから力を当てにしようはずもない。今生での金蝉童子(へんな言い方だけれど)は特別な能力も腕っぷしも持たない、ただ生まれ持った身分のみで無聊を託ち大切なものを守る術もない。必然的に武人である天蓬と捲簾が露払いのごとく道を拓くために悟空に心を託して最前線に立つ。下界の桜の木の下で会おうという約束ひとつを胸に抱いて。
悟空が「イヤだ!一緒に!」と言うたび、目に涙が滲む。下界への扉が今にも閉まろうというその時、まさしくその身ひとつで天と地を介在し、悟空を下界へ逃した金蝉童子。悟空に贈られる言葉を聞いて咽び泣かずにはおれなかった。
悟空を抱きしめ撫でさする観世音菩薩の手がこの上なく優しかった。悟空の名を取り上げないでくれて本当によかった。空を悟る者、目に見えない全てをその金の瞳に須く写せと言わんばかりの金蝉童子が名付けたその名。情け深い観世音菩薩のなさりように涙が溢れる。観世音菩薩は正しく看守る存在であるのだ。
500年後、声なき声で自分を呼ぶ人ならざる者に自ら手を伸ばす玄奘三蔵。自分の名は悟空だと、持ち得るものはこの名ひとつだと、伸ばされた手を取る悟空。外伝を経たのちの、このシーンを観るためにここに来たと言っても過言ではないと、また新たに涙が出る。
今回の歌劇伝は外伝だとわかりつつ、もしかして三蔵一行に会えるのではないかと密かな期待を持ってはいたが本当に出てきてくれるとは。4人で歌うgo to the west、三蔵の「準備はいいか!野郎ども!」の号令に、見たかったもの全てが舞台上に凝縮されている心地がして胸の中が騒がしい。
続いて三上俊さん演じる光明三蔵が登場する。やっぱり出てきてくださった光明さま!みかしゅんさんのお名前はゲストとして出演されると事前に公開されてはいたが、全部の公演にその名前が記載されており「ゲスト」の意味とは?と思っていたのだ。光明三蔵としてクレジットできなかったのも頷ける。シークレットで登場するからこそ喜びも格別だった。
また、実は金曜日の観劇時ではこの光明のシーンでは烏の影と鳴き声が寄り添うだけで、何故烏哭三蔵は…唐橋さんはこの場にいないのかとても悲しかったのだ。ところが!
千秋楽のこの日、先の、下界へのゲートを目指す4人の前に地下へのエレベーターを阻む役回りでゲストの三上俊さんとうじすけさんが登場する。それに加えて唐橋充さんが板の上に現れたのだ!いつもの笠を被って!もちろん拍手喝采!もしかして千秋楽だけは来てくれるのではないかとほんのり期待して臨んだもののその姿を本当にこの目で拝見できるとは。
光明三蔵とともに登場した烏哭三蔵はゆっくりと階段を降りてくる。ここに来て、最遊記歌劇伝の主要キャストが揃ったのだ。もう幸せ過ぎて言葉にならない。ぜひとも円盤に入れて欲しい、必ず買うから。
カーテンコールは結局何回出てきてくれたのだろう。4回?5回?正直、あまり覚えていない。この光景をもう観ることはないのだと思えば思うほど肩に力が入って目を凝らすことばかり集中していた気がする。
観客の求めるままに数度にわたって答えてくれたカーテンコール後、影ナレは三蔵一行だった。ジープ(のエンジン音)で出発する一行に、歌劇伝の旅路の終わりを送られるとはなんて幸せなことだろう。
鈴木拡樹さんを知って観劇生活に戻ってきてからずっと、生で観たくて仕方なかった最遊記歌劇伝がついに終わってしまう。
「悔いはない」と鯛ちゃんが言ってくれた。寂しさを感じるのは、終わったのだと実感するのは、まだ先だろうとも。
私も主要キャストが揃った今日この日を観劇できてとても満ち足りた気持ちでいる。あんなにも来て欲しくなかった今日が、今は素晴らしい歌劇を観た満足感でいっぱいになっている。
帰宅後、峰倉先生も千秋楽を観劇されていたと知って、あの空間に共に居合わせ看届けることができたことをとても幸せに思う。
15年間本当にお疲れ様でした。得難い観劇体験をさせていただきとても感謝しております。
このような素晴らしい物語を生み出してくださった峰倉先生、そして最遊記歌劇伝に関わる全てのキャスト・スタッフの皆さまに深く御礼申し上げ、今後の益々のご活躍を心からお祈り致しております。
来年の桜が咲くころ、Blu-rayが届くのを楽しみにお待ちしています。
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