いを
2024-01-04 16:02:58
3401文字
Public タグ、掌編、その他
 

ワードパレットまとめ2

ワードパレットお借りしております。
それぞれフォロワーさんのお子さんお借りしています。

9.「僕と君の秘密」(刀神/菊司と定之さん)

 十分とすこし、集中してからキイとオフィスチェアを引きながらデスクトップの電源を落とす。
「お待たせ」
 そして、いすに座っている定之に向き直った。
「忙しい?」
 彼は不思議そうに訊ねてくる。ううん、とかぶりを振った。
「これはただの趣味。仕事は終わってるよ」
「趣味……
「そう。趣味。こう、データベースを漁ってるとね……脳内麻薬がね……
 エンドルフィンというやつがね。
 そう言おうとしてやめた。定之が呆れたような表情で見ている。
 ゴホンと咳払いをして、席を立った。
「せっかくだし、どっか行こうか」
 白衣を脱いで、オフィスチェアにかけた。相変わらず裾がしわくちゃだった。
 ならうように立ち上がった定之は首をかしげる。
「どこか?」
「きっさて……いや、カフェっていうんだっけ。なんか、そういうとこ」
「いいけど……。菊司サン、カフェ行くの、珍しい」
「そうだね。うん。珍しい。なんかそういう気分で」
 目抜き通りの緑色の丸が目印のカフェのテラス席に座った。まん丸い黒いテーブルにはコーヒーがふたつ、置かれている。それとハム&マリボーチーズ石窯フィローネというサンドイッチがふたつ。
「これ堅いね」
「うん」
 たぶん、そういうものだと思う。と定之は視線で訴えていた。
 目の前の席に座った定之はコーヒーを片手に夜の空に視線を移す。星がまばらに浮かんでいた。銀色の月も浮かんでいる。空気が澄んでいるからか、よく見えた。
 テラス席にして正解だったかもしれない。
 菊司は口もとをゆるめて、サンドイッチを噛みちぎった。
 それからコートのポケットをまさぐって、テーブルにちいさなフィギュアを置く。
「はい、これ」
「?」
 菊司が差し出したのはいわゆるガチャガチャでとった猫のフィギュアだった。黒猫を模したそれは、いつだったか、天照の中庭で見た猫と似ていた。
「被ったから、あげる」
……ありがとう」
 ボールチェーンでぶらさがった猫はかわいいが、塗装がちょっとゆがんでいた。こういうのを気にしてしまうのは職業病だろうか。
「全種類制覇する前にそれ売り切れちゃってね。今度、新しいの出るみたいだからまた被ったらあげる」
……ガチャガチャ、たのしい?」
「楽しいというか……。使命感? みたいな?」
「使命感」
 彼はオウム返しに呟いた。再び呆れてしまったのかもしれない。
 そして菊司は笑って、小指を差し出した。
「そのフィギュア、定之くんの部屋に飾ってあげてよ。まだ一匹しかいないけど、寂しくないでしょ?」
 彼の部屋は殺風景という言葉さえ生易しいものだったから。
 すこしくらい、モノがあってもいい。そう思う。
 菊司の部屋みたいになれとは口が裂けても言えないが。
 せめて、すこしだけ。
「約束。また取ってくるから、そのときはこの子の隣に置いてあげてね」
……うん」
 そっと定之の小指が絡まる。そのまま軽く振って、離した。
 

4.「僕だけの秘密」(刀神/月草と祭くん)

 手の届くところに、そっと置かれている椿の花びらを持ち上げる。
「椿ねぇ」
 椿は縁起がわるいと言われていたみたいだけれど、それも昔のことだろう。今は時代が違うのだ、と月草は少なからず思っている。
 時代はめまぐるしく変っていくし、月草もそれについていこうとしたが途中でやめた。
 それでも今の主――祭が生きている間はすこしくらい、同じ時間を過ごしてみたかった。
 桂木という兄弟がいることもここに来てから知ったし、山奥の神社におさめられていたときはずっとひとりでいたから、その分人間を知らなかった。月草は無知だった。
 今もそうだ。
 人間のことを知らない。なにも知らない。それでも知りたいとは思っている。
 主は人間なのだから。
 桂木が縁側で首を垂れながら読んでいた本。
 なんといったか。
 あどけない話。
 そう、そういった詩だった。
 
 ――智恵子は東京に空が無いといふ、
 ほんとの空が見たいといふ。
 私は驚いて空を見る。
 桜若葉の間に在るのは、
 切っても切れない
 むかしなじみのきれいな空だ。
 どんよりけむる地平のぼかしは
 うすもも色の朝のしめりだ。
 智恵子は遠くを見ながら言ふ、
 阿多多羅山の山の上に
 毎日出てゐる青い空が
 智恵子のほんとの空だといふ。
 あどけない空の話である。――
 
「なあ祭。祭はほんとの空ってどういうのだと思う?」
 祭はちいさく首をかしげて、考えるそぶりをした。そして手元にあるペンと紙を持つ。
 流れるように書いたあと、そっと月草にかざした。
『どの空も、本当の空です。』
 彼はそう言った。
 月草は納得して、「そうだよな」と笑う。
「都会の空も田舎の空も、ひとりで見る空も大勢で見る空も、みんなほんとの空だ」
 そう言うと、祭はうっすらとくちびるをゆるめたのだった。
 祭にとってなにが嬉しいのか、とか、なにに喜ぶのか、とか。月草にはまだ分からない。人間のことは分からないからだ。
 祭は永遠に人間だ。
 そして、月草は永遠に刀神だ。
 交わらない線と線があったとして、それは運命だろう。
 けれど月草はすこしでも祭と話していたい。これを会話というのかと他者から問われても、月草は会話だと答える。
 祭の指から写し出される文字は、月草にとっての、まぎれもない「声」だからだ。

 そっと息をつく。椿の花を見下ろす。そして花弁の一片を、食んだ。
 秘密ごとを隠すように。


8.「みんなには秘密」(刀神/小夜子)

「雨宮さんって、天照にいるの?」
 と、同級生の女子が訊ねてきた。小夜子は読んでいた本から顔をあげて「そうね」とだけ答えた。
「妖魔と戦うんでしょ?」
「確かにそういう部署だけど。わたしはまだ弱いから現場にはあまり出てないわ」
「そうなんだ……
 顎のあたりでパツンと切ったような髪型の同級生は目を輝かせて「でも、かっこいいね」と言った。
 ――かっこいい。
 小夜子は反芻しながら、机の上に置いた本の表紙をざらりと撫でる。
「かっこいいかもしれないけど、泥臭いわよ。そのぶん」
「そこがいいんじゃない」
「そういうもの……
 そういうものなのだろうか。小夜子が天照に入ったのは叔父の仇を討つためだ。弐段の叔父でさえ討てなかった妖魔は、それほど強いのだろう。
 本の上に置いた手のひらがぎゅっと丸くなる。
 そして、同時にホームルームのチャイムが鳴った。
 
「なあ、いくらぐらいもらってんの」

 見知らぬ男子生徒が小夜子の前に立った。複数人いる。とはいっても三人くらいだけれど。
 小夜子の目にはへのへのもへじのような顔に見えた。
 制服は小夜子と同じ高校のものだ。知らない顔ぶれを見て、眉をしかめる。
――なに?」
「察し悪いな。だから、給料だよ。いくらぐらい?」
「あんたたちに関係あるの?」
 頭ひとつぶんくらい高い位置にある男を見上げた。
「いいよな、金あって。俺らにもお小遣いくれねぇかなぁ」
 平手打ちしたい気持ちを、拳を握りしめることによって相殺する。暴力沙汰になって天照に迷惑をかけられない。
「じゃあ天照に入ってみれば? あんたたちが妖刀に触ってどうなるのか分からないし興味もないけど。精神汚染されてどうなるか見物ね」
 革靴を反対方向において、その場から去る。
 盛大な舌打ちが聞こえてきたがどうでもいい。これくらいの言葉で引き下がるくらいなら、突っかかってこなければいいのにと思う。
 ビルとビルの間に体を滑り込ませて、ぼんやりと狭い空を見上げた。
……
 するりと赤いスカーフがほどかれる。ブローチで留めてあったはずのそれは、地面にゆっくりと落ちていった。
 胸もとを見ると、ブローチの針が留め具から抜けている。
「バカみたい」
 ――かっこいい、で片付けられる程度のものであったらよかったのだけれど。
 ビルの壁に背中を押しつけて、血だまりのように広がるスカーフを拾いもせずに見下ろす。
 仇討ちをしたあとのことはなにも考えていない。わたしはどうしたいのだろう、とため息をついてから、やっとスカーフを拾い上げた。