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いを
2023-12-23 20:28:33
3814文字
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刀神
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ポラリスを輝線として
小夜子のこと。
・八雲さん【yasuinokikaku】
・(少しだけ)朱理さん【33holly_8】
お借りしています。
「何」
小夜子は目の前の刀神を見上げた。見上げたといっても、八雲ほどではない身長だから首が痛くなることはない。
真っ白い髪の毛の刀神の名は、軍刀白映。八雲のバディで、小夜子のバディである軍刀天霧の弟だという。
「主様からです」
ずいと突き出してきたのは本だった。
「八雲さんから?
……
なぜ?」
その本を反射的に取って、題名を見下ろす。銀河鉄道の夜。だいぶ、古い。
「わたし、この本持ってるわ。
……
あ」
思い当たり、鞄の中を掘り返すといつも持っていたはずのそれがなかった。
「どこかで落としたんでしょう。あなたが」
「
……
そう。そういうことだったの。ありがとうとあなたの主に言っておいてちょうだい」
白映を見上げると、彼は肩をちいさくすくめて「ご自分で」と言った。
けちくさい刀神だ。
そう思いながらじっと彼を見上げていると、白映は片眉をついと上げた。
「今あなた、僕をけちくさいと思ったでしょう。いかにも人間らしい感情ですね」
「わたしは人間だもの」
「
……
嫌味です。では、僕はこれで。任務を果たしましたので」
真っ黒な外套を鴉の羽根のようにひるがえして、彼はリノリウムの廊下を歩いて行った。足音が、なぜかしなかった。
「刀神も嫌味を言うのね。人間みたい」
廊下の真ん中で呟くと、銀河鉄道の夜の単行本を鞄の中に入れた。どこで落としたのだろう。記憶になかった。
窓の外を見ると、きんと冷えたような空気が感じ取れるような空の色をしていた。
「
……
」
帰ろう、と小夜子は天照をあとにした。
鞄を肩にかけて、やけに煌びやかな街中を歩く。そういえばじきクリスマスだということに気づいた。
いつも行く本屋に自然と足が向く。そこはチェーン店ではなくて、個人で経営している。その本屋はすこし古いビルの一階に入っていた。
店員はレジ前でパイプ椅子に座っていて、いつも本に目を落としている。客がきても一瞥もしないところが小夜子は好きだった。
もう永遠に新刊が出ない宮沢賢治の本を探す。「み」の頭文字の列の後ろのほうにいつも置かれている宮沢賢治の単行本や詩集は、誰も手を着けていないのか、何年も同じ場所にあった。まるでこの本の住処だ。
それをみとめてから奥まった場所に、珍しく新商品、と手書きのポップがカゴにセロハンテープでとめられている。
小夜子はそこに近づいて、じっと見下ろした。
そこにあったのは栞だった。革でつくられたもののようだ。
ひとつ、手を伸ばして取り上げた。
「
……
」
そういえば八雲が最近本を読み始めたと聞いた。きっと中古ではないあたらしい本ならよく宣伝感が丸出しの紙の栞が入っているから、それを使っているのだろう。
小夜子は栞を集めるのも好きだった。
中にはステンドグラスのように、色ガラスをはめ込まれた硝子製の栞もある。もちろん、革の栞もあるし、赤いりぼんがついた紙の栞もあった。
一度、入口を見つめる。
イルミネーションで照らされた目抜き通りは、ひとびとがたくさん歩いていた。
けれどこの本屋には目もくれない。まるでないもののように思えた。
手のなかにある栞をくるりとまわして、値札を見下ろす。革だけれどそれほど値段は張らない。天照から支給される給料で十分買える値段だった。
色はナチュラル、と書かれていた。
その栞を手に取ってレジに向かおうとした
――
が、一度立ち止まる。
カゴのなかに入っている栞をもうひとつ、手に取った。色はオレンジと書かれている。
レジの店員は本から目を離して、レジ前に立った小夜子を眼鏡の奥の目でじっと見つめた。
「
……
プレゼント?」
愛想のない声はいつも通りだ。
「はい。こっちだけ」
と、小夜子はナチュラルと書かれた栞を指差した。
店員は頷いたような、相づちのような声を出して栞を手に取り、細長い紙袋に入れた。赤と緑のリボンを奥の段ボールから取り出して、剥離紙を剥がしテープのように紙袋に貼る。
「ありがとうございます」
小夜子がそれを受け取ると、店員は片方のくちびるを上げた。不器用な笑顔だったのかもしれない。
オレンジ色の栞はそのまま鞄の中に入っている、銀河鉄道の夜のページに差し入れた。
本屋を出て、空を見上げる。真っ暗とは言えないが、それなりに暗い。けれどイルミネーションでいくばくか、明るく見えた。
木々を彩るイルミネーションを一瞥もせずに、小夜子はそのまま帰った。
その夜、叔父の夢をみた。
煉魔区で彼が言った「恋をしなさい」という言葉が頭に残ったまま朝を迎えたけれど、小夜子はいまだよく分かっていない。
セーラー服に腕をとおしながら、青白い冬の空を見上げた。
学校が終わってから鍛錬のために天照に顔をだすと、また廊下に白映がいた。
窓枠に足をかけて飛び降りようとする格好だったので、小夜子は思わず鞄を落としてしまった。
「
……
なにか?」
「なにをしているの?」
「なにって、主様がお呼びなので近道をと」
「死ぬの?」
白映は怪訝な顔をした。
「なぜ僕が死ぬんですか?」
「だって飛び降りるんでしょ?」
兄と似た青白い頬をした刀神は、「ああ」と納得したように頷く。
「僕は鴉です。飛ぶくらいどうということはありません。まあ、あの男は片腕なので飛べませんが。僕は飛べます」
――
二回言った。小夜子は思ったがなにも言わなかった。
落とした鞄を拾って、肩にかけて白映の隣に立つ。
「八雲さんどこにいるの? 渡したいものがあるんだけど」
「
……
あちらに。中庭のベンチです。いつものところですよ。行くのならご自由に」
「あ」
白映は三階の建物から飛び降りると、地面に落ちる前に白い鴉になって飛び去っていった。
羽がちらちらと雪のように舞っている。
小夜子はひとつ息をはいて、中庭に走った。
「珍しいわね。急ぎ?」
小夜子が「先生」と呼ぶ女性が上の階の手すりから顔を出す。
「朱理先生。急ぎというか。いえ
……
」
眼帯で右目を覆った彼女はくちびるをゆるめて「そう」と笑った。
結われた髪の毛が重力に従って胸もとで揺れる。
「時間までには行きます。鍛錬、よろしくお願いします」
「ええ。まだ一時間あるから大丈夫。またあとでね」
階段の隙間から見えた顔が遠ざかろうとした直後、小夜子は「あの」と声をあげた。
「朱理先生に教えてもらいたいことがあるんです」
「なにかしら」
「ここでは、あの
――
あれなので、今度お話しできるときに」
「いいわよ。もちろん。私に教えられることがあるなら」
「ありがとうございます。では」
一度頭を下げて、小夜子は階段を駆け下りた。
中庭のベンチには、いつものように長い手足を手持ち無沙汰にして寝転んでいる八雲の姿があった。
「ねえ」
サングラスの奥の目は閉じているのかいないのか分からない。
あたりを見回しても白映の姿はなかった
――
いや、いた。木のてっぺんあたりに、鴉の姿でとまっている。
「八雲さん」
ぼそりと呟くと、八雲は上半身をのろのろと起した。やっぱり寝ていたのだろうか。
「あれ? 小夜子ちゃん。どうしたの」
「わたしの本を拾ってくれたみたいね」
「ああ、このベンチにね」
サングラスをかけ直しながら、八雲はベンチに座った。
「大事な本だったから。ありがとう」
「どういたしまして」
飄々と返す男をなかば睨むように見て、鞄の中から紙袋を取り出す。そして八雲の手のなかに押しあてた。
「もうじきクリスマスだし、本のお礼。べつに使っても使わなくてもいいけど」
「え?」
紙袋を見下ろした八雲は、「小夜子ちゃんが買ってくれたの?」と言った。
「そうだけど。なにか?」
「あ、いや。ありがとう。プレゼントなんて久しぶりだから」
「プレゼントなんて言ってない」
「どうみてもプレゼントでしょ」
八雲はくちびるの端を上げて紙袋をまるで丁重に扱うように持ち上げた。
「
……
。まあいいわよ。プレゼントでもなんでも」
腕時計を見下ろす。朱理と、姉弟子たちとの鍛錬の時間まであと五十分もある。
とくにすることもない。
「あなた、最近読んだ本は?」
まるで教師のような物言いになってしまった。それでも八雲は特に気にする様子もなく、ベンチの背もたれに置いてあった本を持ち上げる。
「宮沢賢治の詩集」
「へえ。わたしも持ってる」
「まだ途中だけどね」
「
……
本をこれからも読むつもりなら、それ、役に立つはずよ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟いて、小夜子は八雲に背を向けた。
木の上の白映は頭を揺らしている。寝ているのだろうか。このままだと本当に落下するかもしれない。けれどこの建物の三階よりも低い木だから死にはしないだろう。
「それじゃあ。さよなら」
「またね」
小夜子は中庭から去ると、更衣室に向かった。
道着に着替えるためだ。鍛錬の時間まであと三十分もあるが。
帯を締めて着替え終えると、すみのほうに坐り込んだ。そして銀河鉄道の夜のページを開く。ぱらりとオレンジの革の栞が落ちた。
それを掬うように拾うと、天井にかかげてみせる。
「
……
」
小夜子は目を細めて見つめ、いつか朱理に問いかけたいことばを探していた。
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