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いを
2023-12-14 16:59:42
2145文字
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刀神
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コマドリは誰を殺したの
菊司のこと。
・瑚柚さん【Metol_P】
お借りしています。
――
ピアノを弾くように、キーボードを叩くんだね。
だれかがそう言っていた。
ぼんやりとパソコンのあかりが薄暗くなり始めた室内を照らしている。
指をふと止める。それから、爪の先でうなじを掻いた。おくれ毛が指にまとわりつく。手をおろしてからオフィスチェアから立ち上がり、朱野瑚柚から預かっている豊和を見下ろす。
「鉄だからそりゃまあ、冷たいよね」
握るのが柄だけならまだしも。
瑚柚から預かったその短刀を持ち上げた。鞘にはシールが貼ってある。端が、すこし剥げかけていた。
うっすらと髭が生え始めた顎を撫でながら、鞘を握る。たしかにきんと冷たい。
「ヒーターか
……
。斬新なアイデアだよね」
ぼそぼそと誰に言うでもなくつぶやきながら、短刀を持ったまま再びいすに座った。
刀身と鞘の隙間にヒーターを導入するのは難しい。刃を小さくするか、鞘を大きくするかのどちらかだ。刃を小さくすれば攻撃力が、鞘を大きくすれば短刀特有の軽さが犠牲になる。
「鞘自体が発熱すればいいんだけど。てか、応急処置で使い捨てカイロ貼っておけばいいんじゃね?」
思い立ち、一年前くらいに買っておいたカイロを取り出して鞘に貼りつけておく。見栄えは
――
とても悪いが。
一週間ほどあれば、鞘自体が発熱する構造を組み込んだものができそうだ。
鞘を取り替えなければならないし、手に馴染むまでに時間はかかるかもしれないが。
ぶすぶすと焦げ臭いにおいが研究室に充満していることに気づいたのは、考えに耽った顔をあげた数秒後だった。
軽いノック音のあと、ギイ、と軋んだ音を立ててドアが開く。
「菊ちゃーん、豊和取りにきた
……
って、なんか焦げ臭くない?」
研究室に入ってきたのは瑚柚で、まだいとけない指をぱたぱたと振った。
「いらっしゃい。アハハ、ちょっと焦がしちゃってね。コーヒーを」
「コーヒー? ふーん
……
」
「預かってた豊和の件だよね。さすがにヒーター入れるのはまだ厳しいから、代わりにカイロ貼っておいたから。見た目超絶ダサいけど」
デスク近くの刀掛けにかけてあった豊和を瑚柚に渡すと、丸みのある目をひときわ大きく見開いて「ほんとだ、ダサーい」と言った。
「うーん、忌憚のない意見、さすが朱野ちゃん。それはさておき、一週間くらい我慢してくれれば何とかなりそうだから。それまでファイト」
「一週間でできるの?」
「俺の推測だとね。ずーっと前にめちゃくちゃ雪降ったときがあってね、その時の資料掘り返してたらなんとあったんだよ。設計図が」
かなり昔のものだから手を加えなければいけないが、原型があれば何とかなるだろう。
「ずっと前ってどれくらい前?」
「俺が凪鞘班にいた頃だから
……
十年は前かな」
「え、菊ちゃん凪鞘班にいたの?」
瑚柚は意外そうにまん丸い目をさらに丸くさせた。うなずいて焦げ臭いにおいの発端である、ビーカーに入ったコーヒーを備え付けのシンクに流す。
見事に染まった黒い色の液体は流れていったが、においはまだ消えない。寒いので窓を開けることもはばかられた。
「俺が二十歳くらいのころね。いろいろあって峰柄に来たけど、正解だった。好きなことできるし」
「いろいろかあ
……
」
「選択しないといけないことがたくさんあったし、結果的にしんどいこともたくさんあった。でも峰柄にきたことだけは後悔していないよ」
彼女はうすい桃色のくちびるを閉じて、片手で持った豊和を見下ろしている。
オフィスチェアにすわった菊司は、ここにはありはしない波の音を聞くように目をそっと伏せた。
「後悔するなとは言えないよ。きみみたいな若い子には特に。後悔しない選択や生き方なんて神様だって難しいと思うしね。俺ももちろん何度も失敗した。だから俺が言えるのは、きみはきみが好きなことをしてほしい、ってことかな」
「ユズはユズの好きなことをするよ」
「うん。それでいい」
そっと笑い、ふと時計を見る。もう6時をすぎている。そろそろ帰る刀遣いも多くなる時間帯だろう。
「さて、そろそろ時間かな。また一週間後くらいに来てよ。できてると思うからさ」
「分かった。それじゃ、ばいばい菊ちゃん! ユズ、これから忙しーんだ」
「はい、おつかれ。気をつけてね」
彼女は錆びかけたドアノブをひねって、廊下を小走りで駆けていった。
ようやくにおいが取れてきたころ、デスクにほうり投げっぱなしの書類を何となく捲る。目に入ったのは「親善試合における刀遣い募集のおしらせ」の紙だ。
約三週間後に、聖剣使いとの親善試合が執り行われるらしい。
つい先日に劫罰狐から「あるじはでないのか」と問われたがはぐらかしたままだった。
再びうなじを掻いて、息をつく。
「出てみるかぁ
……
」
好きなことをしてほしい。そう言った手前、疼く刀遣いとしての本能がこれを逃してはならないと言っている。
サインをすべく、菊司はペンを持った。
――
鍵盤を叩けないけど僕は今、ここで生きて戦っているよ、と独りごちる。
ひと回りも若い子にけしかけるようなことを言い乍ら。
そろそろ、君のことを忘れなくてはいけないね。
それが君の願いでもあったから。
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