いを
2023-12-05 16:39:01
2677文字
Public 刀神
 

光芒と創傷

【黄泉ト刹那】
寄子、あるいは小夜子、白映、天霧のこと。
・灰さん、響丸さん、八雲さん【yasuinokikaku】
お借りしています。

 神田灰というひとは、やさしくて強いひとだ。そうやって簡単に言えるけれど、「そうなれる」のはきっとほんの一握りだと寄子は思っている。
 灰の左手はすこし冷たかったけれど、寄子の体温ですこしずつあたたかくなってきたような気がした。
 迷子みたいな表情で、彼は「どうして、きみは俺なんかを愛してくれるの……?」と言った。
 寄子はそっと息を吐いて、「それはね」と答えた。
「灰さんがやさしいから。優しくて強くて、それにね、すごくかっこいいからよ。優しくて強いって、とっても難しいことだけれど、灰さんはそれを持ってるもの」
 そう、当たり前のように寄子は灰に呟いてみせた。
 ポニーテイルにした長い髪が風に煽られて揺れる。
「俺は……、」
「あなたがあなたをどう思っていようと、私と、それからここにいる響丸どのだってきっと、そう思ってるはずよ。響丸どのは私と臨時を組んでまで灰さんを探しにきてくれたんだもの。それは響丸どのが灰さんのことを大切な主だと思ってるから」
 少しかさかさとした指を、寄子がいたわるように撫でた。
 響丸は言っていた。「今の俺の主はあんただ」と。「何よりも大切な共鳴繋がりだ」と。
 その言葉は、きっと灰に届いたはず。寄子は確信している。彼からはずっと一緒に戦ってきたのだから。
 灰はひとりぼっちじゃないと。
 彼の親友が殉職したことも、彼の大切なひとが亡くなったことも、なかったことにはできない。
 だからこそ、これからを生きてほしい。寄子は強く、そう思う。
「あなたを大切に思うひとはいるんだよ。灰さん。一番近くに」
「主」
 和音守響丸という刀もそうだし、寄子もそうだ。
 悲しくても辛くても寄子は灰のそばにいる。ひとりぼっちにはさせない。
「さっきも言ったけど、どれだけいやだって言っても私、離れませんからね!」
 灰の手を持ち上げて、ぎゅっと胸の前で握りしめる。
 体温が移った灰の手は、たしかにあたたかい。すこしだけ安心して、灰の目を見上げた。
「だって私、灰さんのこと大好きだから」
 好きなひとのそばにいたいと思うのは、当たり前のことでしょう、と寄子は言う。
「さあ、立って。灰さんひどい傷。凪鞘班がいる場所、私知ってるからそこで手当を受けましょう。義手も持っていかないと」
 先ほどまで散っていた火花は、もう寄子と響丸の目を焼くことはなかった。
 起き上がろうとする灰の身体に手を添える。ゆっくりと彼の足が動いて、抉られた地面を踏みしめた。
「ここから少し歩いたら凪鞘班のひとたちがいる救護室があるから、そこまでがんばって」
 先ほどまでの土煙は収まっている。
 わずかな風にのって、血のにおいを感じた。寄子が響丸の異能を放った際に、だれかがいた。刀遣いひとりと、人間の形をした刀神一振り。
 けれど、寄子があたりを見回しても誰もいなかった。
 彼らの間になにがあったのか分からない。
 灰しか使えない響丸の異能を、なぜ寄子が使えたのかも。
 うつむく灰の茶色い髪の毛が、寄子のほおに僅かに触れた。
 土のにおいがする。
「灰さん。今、なにをしていたのかなんて聞かないけど、それでも私、あなたが生きていてくれて嬉しいんだよ」
 せめて、笑ってみせる。
 灰を安心させるように。

「主様……
「大丈夫」
 八雲と、八雲を主とする軍刀白映はその場から去っていた。彼の右肩からは血が流れ、ジャケットを汚している。
 応急処置は、彼自身がした。白映はなにもできていない。せめて外套で傷を隠すことくらいだ。
「主様、このあたり、妖魔や人、刀神の気配がありません。ここで休ませてもらいましょう」
 民家の立派な温室に、そっと入り込む。ここの住人はおそらく避難しているのだろう。誰ひとりとしてほかに呼吸をしているものはいない。
 ――植物がおおい。
 緑のにおいが充満している。
「ごめんね。白映くん」
「僕に謝ることなど、なにもありません。それに仰ってくださったじゃないですか。“俺のバディをなめるな”って。僕、主様のバディであれて嬉しいです」
 白映は人間ではない。人間ではないから、人間であろうとすることはできないし、人間の心も分からない。
 それでも八雲は白映の大事な主だ。殺すことに特化していないこの異能を、じゅうぶんに使いこなしてくれているのだから。
 花心が白い薔薇を見た。まだ若い薔薇のようだった。緑色が濃い。
 白映は八雲の隣に座り込んで、ぼんやりと灰色かかった空を見上げた。温室が遮っているから、いやな寒さはここまで襲ってはこない。
 ふと、ひとの足音が聞こえた。ふたり分だ。八雲も気づいたのか、くちびるを引き結んでいる。
「主様。僕、見てきます」
「その必要はありません」
 低い、がびがびとした声だった。忘れたいと思っていた声とも言える。
……お前」
 コツ、と杖を突く音。温室の入口からこちらを見つめる長身の男と、隣に小柄な少女の姿があった。
「久しぶりですね。白映」
……僕の名を気安く呼ぶな」
 唸り声のような声が、自身の耳朶に響く。白映の兄弟刀、軍刀天霧。認めたくはないが、異能は「攻撃特化」。対して白映は「補助特化」。どちらが妖魔や人間を殺せるかと言われれば、比べる必要もない。人間らしい感情――コンプレックスを、白映は確かに抱えていた。
「八雲さん」
……。大丈夫、かすり傷だよ」
 温室に少女は入ってくると、座っている八雲の目の前に立って「ひどい身なりね」と言った。
「小夜子ちゃんもボロボロじゃない」
「そうね。わたしは弱いもの」
 でもね、と彼女は傷だらけの顔を赤纏と呼ばれる防具で拭いながら続けた。
「わたしには弱者なりの矜持があるの」
 きつい顔だちをした少女――小夜子は堂々と言い放つ。
「強くありたいと願ううちは弱いまま。だからわたしは強くなるのよ。なりたい、とは絶対言わない」
……
 八雲は小夜子を見上げながら、ふ、と息を吐いた。
「小夜子ちゃんは強いよ」
――立って。もう十分休んだでしょ」
「お、お待ちください。主様は……
 慌てて白映が中に入るが、小夜子はそれ以上なにも言わなかった。
「大丈夫、白映くん。行こう」
「凪鞘班が駐在してる場所知っているから、そこまで歩いて」
 小夜子は背中を向けたまま呟いて、温室を出た。天霧は八雲を見据えて「参りましょう」とサビのような声でいざなう。
 彼女の腰のベルトには、不相応に大きな軍刀が下げられていた。