いを
2023-11-29 16:59:55
3435文字
Public 祝福の花束
 

原始の冬にて

アンヘル・ハーヴェスト
・(お名前だけ)サヴァさん【gatewale2】
・ノディンさん【MotC_support】

 彼――あの美しいひとが倒れたのは少なくともアンヘルの責任であった。ごめんなさいと謝ると、彼は「お前の根性だけは認めてやる」と言ってくれた。
 ひとに認めてもらえるなんて、はじめてだったかもしれない。
 鉱山で働いていたとき、男たちは人外の子どもや大人たちを容赦なく鞭で打った。打ち所が悪く、死んでいった仲間たちもいた。人外には「人権」という権利はないようだった。
 そこでアンヘルは知ったのだった。
 この世には平等なんていうものはないのだと。人権が与えられているのは人間だけなのだと。
 人の権利と書いて人権というらしいから、人外に当てはまらないのは当たり前だったのだろう。
 鉱山の男たちは死体を崖に投げ捨てていた。もう助からない人外の子どももいともたやすく投げ捨てていた所を見たことがあった。
 人間は、人外のことをどう思っていたのだろう。
 おなじ命だと、認めてはいなかったのだろうとは思う。
 けれどあの美しいひとは、アンヘルが培ってきた感情を否定せず、認めてくれた。ちいさく鼻を鳴らす。ぱちんと目の前の焚き火の火花が散った。
 彼はアンヘルがつくったお粥をこの手から食べてくれたし、アンヘルのことを知ろうとしてくれた。
 ひと月の間、ここで暮らしてきた。地面は見渡す限りの雪原だけど、星の位置を頭に叩き込んだのでここから離れてもまた戻ってこられる。
……二日くらい、家を空けるって仰ってたな」
 アンヘルは足で雪をかき集めて火を消す。もうじき、夜がくる。風が刃物のように容赦なくアンヘルのほおを打った。
「お粥の材料になるもの、集めてこよう」
 彼のからだを抱き上げたとき、あまりの軽さに驚いた。栄養をとっているのだろうかと心配になるくらいだ。いくら魔法使いといえど、栄養は無から作れないだろう。まだ、魔法使いのことをよく分かっていないけれど。
 何百年も前に魔法使い狩りがあったことは知っている。たくさんの魔法使いの命が失われたと聞いた。
 彼がどれだけの年月を生きているのかは分からないけれど、魔法使い狩りという事実は彼のなかでまだ生きているかもしれない。
……
 ふうと息をつくと、白い水分の霧が口もとを覆った。その霧も、かすかな風であっという間に消えていく。
 足を踏み出し、ワルプルギスの森に向かった。あそこには食べられる野草や果物、薬草が豊富にある。もしかするときのこも採れるかもしれない。
 ここからあの森へは近い。以前森に足を踏み入れたとき、ひとりの人外と出会った。彼の名前はノディン・エナペイ。あの森の番人だと聞いたことがある。
 しなやかな筋肉が美しいタウルの男性だった。
 トランクと鞄を持って、ひたすら歩く。さいわい吹雪くこともなく、ワルプルギスの森まで数時間でついた。
 夜はもう明けようとしていた。
 月や星も白んでいる。
 足もとをくすぐる草花を見下ろして、アンヘルはくちびるの力を緩めた。
 荘厳とはほど遠いが、このあたりに生えている草花はやさしい力に満ちている。それを感じ取って以来、アンヘルはこの森が好きになった。
 すこしだけ、故郷を思い出す。
 冬の国だけれど、月の国に近かったからか、草花は僅かばかり生えていた。白い小さな花や、ピンク色の淡い色の花。母はこの花は薬草になるのよと言って、そっと摘みとった。根まで取ってしまうとふたたび生えてこないものもあるから注意してねとも。
 暗い森を歩いていると、ふと木の根あたりに食べられるきのこが生えていた。
「これは、たしか……
 腰を下ろして見下ろす。焦茶色の傘。母から教えてもらったことがある。とても栄養があるきのこだ。
「アンヘル?」
 ふと上から声をかけられて、思わず振り返る。黄金の瞳孔をもつタウルの青年、ノディンが立っていた。
「ノディン。久しぶりです」
「うん。久しぶり」
 彼は人懐っこい笑みを浮かべて、アンヘルの手元を眺めた。
「きのこ、採りにきたんだ」
「はい。栄養価があって食べやすいものを採りに来させてもらったのですが……。いつ来ても、ここは豊富にありますね」
「森は生きているからね」
 そこで彼は言葉を切って、ん、とアンヘルの顔をじっと見つめた。
「?」
「なにかいいことあった?」
 いいこと。
 アンヘルはほんの少し笑って、「とても」と続けた。
「どんなことか聞いてもいい?」 
「とあるひとに、ちょっとだけ認めてもらえて。それがすごくうれしかったんです」
……そう。それはとてもいいことだね」
「はい」
 アンヘルはノディンが今までどうやって過ごしてきたのか分からないし、ノディンもアンヘルの過去をきっと、知らないだろう。それでいいと思う。友人がいるということはアンヘルにとって、それだけで素晴らしいことだからだ。
「こっちに、傷にいい薬草があるんだ。アンヘル、怪我してるでしょ」
「ありがとう」
 きのこを採らせてもらってから、ノディンの後ろについて歩く。黒くて艶のある尻尾が歩くたびに揺れた。どこかで見た、メトロノームのようだった。
 白い意匠の裾に、確かに血がこびりついていた。窓ガラスを割ったときのものだろう。あの時は必死で、ほとんど痛みなど感じなかった。
 十分ほど歩くと、ちいさな湖が見えた。湖面を覗いてみるが、それほど深くはないようだ。
 ぴちゃんと魚が水を跳ねさせて逃げていった。
「きれいな湖ですね」
「うん。この湖の周辺に薬草が生えているから、採っていきなよ。僕もここの薬草を採りに来たんだ」
 ノディンはそう言って、薬草を採取しはじめた。アンヘルは透き通った湖を見下ろして手袋を外し、水で顔を洗った。ぴりりと鋭い痛みが頬と手のひらに走るが、気にならない程度だ。
 手の甲を見ると、切り傷が何カ所かあった。きっとすぐに治るだろう。水を拭ってから手袋をして、薬草を探し始めた。
「今日はどうするの?」
「明日の朝まで、ここですごそうかと思って……
「そうなんだ。それじゃあ、果物が生っている木も案内できそうだね」
「ありがとう。助かります」
 薬草を一通り採り終わると一旦ノディンは家へと帰り、アンヘルは木の上でコートを毛布代わりにして眠った。
 アンヘルの目が開いたのは夕方だった。すこし眠る予定が、だいぶ眠り込んでしまったようだ。
 枝にかけたトランクと鞄を取って、木から飛び降りる。
「おはようアンヘル。よく眠っていたみたいだ」
「ノディン。すみません、寝坊してしまいました」
「大丈夫。約束の時間までまだあるから」
 その後、果物が豊富に生っている木まで案内してもらった。果物を籠の中に入れていく。あまり多くとってしまったら他の動物たちが食べるものがなくなってしまうから、食べられるぶんだけ。
「りんご。いい香りです」
 真っ赤なりんごに顔を近づけると、甘い香りが漂った。りんごには栄養があるから、彼に食べてもらおう。十個ほど取ると、籠がいっぱいになった。
「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。またこの森に来たときに会おう」
「はい。ありがとうノディン。俺はもう少しここで休んでから冬の国に戻ります」
「気をつけて」
「ノディンも」
 手を軽く振ると、彼は風を切って走り去っていった。
 アンヘルは木の下に腰を下ろすと膝を抱えて、目を閉じた。
 あの美しいひとが、アンヘルの心の端っこを認めてくれたことがとても嬉しかった。じんわりとあたたかいものが、胸に染みこんだ。アンヘルのせいで倒れたのに、怒るどころか認めてくれた。彼はやはり、優しいひとなのだと思う。
 あのとき助けてもらった命を、せめて無駄にしないように。
 どうしてあんなにもかたくなに弟子を取らないのか不思議に思ったけれど、きっと過去、悲しいことがあったのだろう。推測でしかないけれど。
 長寿である魔法使いが、どんな思いで過去から現在までを紡いできたのか人外の一端であるアンヘルには分からない。
……あなたのことが、知りたいです」
 ぽつりと呟く。
 目を閉じたまま、次の日の朝まで目を醒まさなかった。

 その後アンヘルはワルプルギスの森をあとにして、数時間また歩いた。薄暗い雪原を歩いて、彼の家のすこし前、いつも焚き火を焚いていた場所に辿りつくと、マッチで森からもらってきた小枝に火を灯した。
 じき、昼になろうとしていた。