いを
2023-11-27 23:13:29
2115文字
Public ブツメツフツマ
 

逝く春の寄る辺

無告。
・蛇石さん【MotC_support】
・(お名前だけ)九印さん【nac_mok】
お借りしています。

 守るべきものからの賞賛を求めない。
 この戦いでの栄誉を讃えられることもない。
 ひとびとの記憶にもきっと残らないでしょう。
 それでも戦うというのなら、私はあなたを導く道しるべとなる。

……私はあなたを決して裏切らない」

 ――先生。
 僕を守ってくれると言ってはくれなかった。
 それはこの結果が見えていたからでしょうか。僕が七億不思議に堕ちたことは誰のせいでもない。この結果が当たり前だったとは言わないけれど。
 先生。僕は、先生に祓われてよかったんです。
 これが正解なんです。
 そうでしょう。
 先生。
 だから、これでいいんです。
 ありがとうございます。先生。

 この手で祓った生徒は、最期にそう笑った。この手で守ると言えばよかったのだろうか。そうしたら守れていただろうか。この手で殺すことはなかったのだろうか。
 もう、分からない。
……
 青い髪の青年は、放課後になっても教室に残っていた。
 真っ赤な夕日は彼の髪の毛を奇妙な色に染めている。長い尻尾のような髪の毛がちいさく揺れた。
「蛇石さん。まだ帰っていなかったのですか」
……なんだ、先生かよ」
「今日はずいぶんと夕日が赤いですね」
……
 崇我はくちびるをわずかに開いたが、言葉にすることはなかった。無告はそっと笑いかけて、教室に足を踏み入れた。
「どうしたんですか」
「べつに」
 彼はぽつりとつぶやき、窓辺に立っている。まるで彫刻のような白いほおをしていた。
 こつん、とブーツのヒールが教室の床を叩く。

 ――智恵子は東京に空が無いといふ、
 ほんとの空が見たいといふ。
 私は驚いて空を見る。
 
 本物の空。
 ここには、ある気がする。
 けれど彼にはこの空は本当の空と思えているのだろうか。
「夕方から雨が降るようです。早く帰ったほうがいいですよ」
 崇我はちら、と空を見上げるようなしぐさをした。きっと彼の顔だちは、端正なのだろうと思う。その瞳の色を知らないし、見たこともないが、きっと整っているのだろう。
 肩のあたり。
 海蛇のような青白い影が見えた。海蛇で祓うようだから、そばにいてもおかしくはないだろう。
……
 蛇石崇我。
 彼もまた、特待生のひとり。
「私は以前、ふたりの生徒を見殺しにしました」
 こんな赤い夕日が見えた日だった。春の、肌寒い日。桜が咲き誇る、夢のような、恐ろしいほどの美しい夜だった。
「守る、と言えなかったんです。あの子たちに。守りたかった。でも、結局守れなかったんです」
「俺に懺悔して何したいんだよ」
 窓の外を見つめたままであろう崇我には、きっと興味など無いだろう。無告の過去など。
 それでも、せっかくの隙間時間だ。すこしだけ付き合ってもらおう。
「私はあなたたちを守りたい」
 口だけでは何とでも言える。
 けれど言葉で伝えなければ、いつか――きっと、また後悔するだろうと、無告は分かっていた。
 するりと海蛇のうっすらとした影が無告の視界に映る。
「蛇石さんも、あなたの同室の藤乃さんも。手に届く範囲の子たちは、みんな」
 ギシリ、と音をさせて拳を握りしめる。もう同じ轍は踏まない。
 三度目は、もうない。
 たとえこの命を使ったとしても、守りきる。
 未来は彼のような、子どもたちのものなのだから。
 無告の命ひとつで助かる子どもたちがいるのなら、喜んで捧げよう。
「あなたにお願いがあります」
 ――私の、親愛なる教え子。
「もしもこの先、私の命の危機があったとしても――、あなたはあなたの命と、あなたの周りの子たちの命を優先してください」
 くちびるを閉じたままの崇我に笑いかける。
 答えないと思っていた。彼はやさしい子だから。
「私はあなたを評価しています。けれどそれを重荷に思わないでください。あなたはあなたの自由に生きて、あなただけの幸せを、どうか見つけてほしい」
 崇我の細い手が窓ガラスの鍵をはずし、そっと窓を開けた。かすかに冷たい風が入り込み、崇我の長い髪の毛と無告の髪が細く揺れる。
「せっかくの、たった一度きりの人生ですから」
 私のようになってはいけない。そうは、言わなかったけれど。
 先ほどまで炎のように赤い夕日は、たちこめた雲に隠れはじめていた。雨が降る直前の空をしている。
「守るべきものからの賞賛を求めない。この戦いでの栄誉を讃えられることもない。ひとびとの記憶にもきっと残らないでしょう」
 崇我の背中に問いかけるように語る。
 彼は肩をすこしだけ動かし、ほんのわずかのあいだ無告の顔を見た。
……年若いあなたがたが七億不思議と戦うということは、おそらくそういうことです。それでもあなたが戦うというのなら、私はあなたを導く道しるべとなります」
 遠くで街路樹がしなりながら揺れている。
 雨が降ってきたのかもしれない。
「そして、私は決してあなたを裏切らない」

 拝啓、親愛なる蛇石崇我殿。
 ――私はいつでも、君の幸せを願っています。
 私がこの世からいなくなったとしても、私の心は君を正しい道へと導く光となる。