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いを
2023-10-15 17:22:34
4167文字
Public
ブツメツフツマ
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お前を燃やす炎の名は
無告。
・蛇石さん【MotC_support】
お借りしています。
一度ため息をついて、目の前の男子生徒に「どうぞ」と席を勧めた。私は窓際に立って、その鮮やかな髪色の生徒
――
蛇石崇我を見た。隠された目の色は知らない。彼は椅子を足で引っかけながら器用に座った。私は机を挟んで椅子を引いて座る。外は雨が降っている。ひんやりとした空気が教室にも流れてきた。
「どうして呼ばれたかお分かりかと思いますが」
「ああ」
と、崇我はどこか慣れた雰囲気で答えた。答えたというよりも「言いたいことがあるならさっさと言え」という感じだろうか。わずかばかりに痛んだ頭に指を添えそうになるのを我慢して、机の上に置いたファイルから紙を取り出す。
「一応、形式に則って言いますが、蛇石さんがしでかした、細々としたイタズラ計五件。こちらで間違いはないですか」
彼は背中を曲げて、紙に箇条書きで書かれた文言を目を通している。
「間違いはねぇけど、硬っ苦しい文章だな」
「形式ですからね。それからこちら。反省文を300文字程度にまとめてください。今、ここで」
崇我は紙の隣に置いてあるペンをとり、「あのさぁ」と指先でペンをくるりと回した。
「はい」
「形式形式って馬鹿の一つ覚えみたいに、そんな重要?」
机に肘を突いて、彼はそう言った。形式。私は、ふうと何度目かの息をつく。
「大人社会ではね。特に重要なのでしょう。つまらない、退屈だと思うかもしれませんが」
「他人事言ってるじゃん」
尖った歯が見える。ペン先は変わらず紙についていない。
「安心したいんですよ。私たちは、きっと」
形式があるから私たちは
こうあれる
・・・・・
と言えるのかもしれない。独り言のように呟いた言葉を、彼は「ふうん」と相づちで受け流した。長い指を器用に動かしながらペンを回している。
「そろそろ、最初の一文字を書いてはどうですか?」
「形式に当てはまった文書きゃ、先生たちは満足なんだろ」
「私個人としては心のこもった反省文を書いて頂きたいですが。まあ、他の先生方からしてみればそうでしょう」
子どもに押しつけてはいけない。大人の都合を。そう思っていても、結局こうなってしまう。大人は汚い、とよく言うが、本当にそうだ。はるか昔、子どもだった自分も「大人はどうして」とよく思っていた。
「私も、」
うなじを人差し指で掻いて、ふたりでいるには無駄に広い教室の天井を見上げる。ざ、と、枯れ葉が散ってゆく音と、雨が強まった音が合い混ぜになった。
「私も昔は子どもだったんですよ。あなたと似たような」
彼は少し不愉快そうに顔を歪めた
――
ように見えた。まるでお前は子どもじゃないみたいだ、と言っているようにも。
「子どもじゃなかった人間は、いません。もしいたとしても悪いのはその子ではない。大人にならざるを得なかった周りがいけないのです」
「
……
先生さぁ、なんで坊主なのに、先生になったんだよ。めんどくさくねぇの?」
私は口の端をあげて、人差し指をくちびるに当てた。あくまで、平静を装う。私は教師に相応しい人間ではないことを、誰よりも私自身が知っている。分かっている。私が僧侶にも教師にもなった理由。ほんの少し目を細める。まばゆいものを見るような目になってしまったかもしれない。
「蛇石さんは何故いま、自分が生きているのか、考えたことがありますか?」
ペンの影がぼんやりと白い紙に映った。あいまいな色が、そこにあった。彼は答えない。表情は変わらない。髪の奥の瞳は、どんな色なのだろう。
「私が僧侶になった理由は、なんてことはない、寺の次男だったからです。生まれる前から決まっていました」
けれど生まれてみれば「視えない子ども」だった。両親はたいそう失望していた。そこから私の世界に対する失望は始まっていた。
「幸い私は次男です。長男がいますので、代わりはいた。ただ昔は視えなかったので、気を抜けば死んでしまうほど厳しい修行をした結果、視えるようにはなりましたが」
修行の内容、興味ありますか?と訊ねると、彼は「別に」と言った。私は「懸命です」、そうふっと笑った。
「少し、席を外します。あ、反省文を書いたら出て行ってもいいですよ。私の退屈な昔話に付き合ってくださるなら、待っていてください」
そう言って、私はこの教室を出た。
私が私であることを、両親は否定し、拒絶した。視えなくてはいけないと、視えなければ私に価値はないと、両親は言っていた。私という存在を、彼らはないものとした。
足は素直に自動販売機に向かっている。コインを取り出して、三枚入れる。騒々しい音をたてながら落ちてきたコーヒーと炭酸のジュースを一本ずつ、取り出した。
「
……
」
崇我の好みは分からないが、なんとなく炭酸が飲めそうな気がしただけで他意はない。と、ボタンを押してみてから考えた。
そのままきびすを返して、元の教室にもどると、痩身の生徒が窓辺に立っていた。てっきり興味がないと思ってもう帰ったのかと思った。机を見ると、300文字の反省文はできあがっているようだった。
薄暗い。教室の電気を灯して、崇我の隣に立った。私よりもほんのすこしだけ背の高い彼に、炭酸飲料を渡した。
「ジュースかよ」
と、それだけ呟いた彼に「コーヒーのほうがよかったですか?」と缶コーヒーを差し出したが、なにを言うこともなく、プルトップを上げた。炭酸が抜ける小さな音が教室に響く。
「それで
……
。今更ですけど、私の話を聞いていて楽しいですか?」
「つまんねぇ」
「まあ、そうでしょうね。人の、それも教師の過去なんて興味もないでしょう。けどまだあなたがここにいるということは、聞いてもいいという意味と捉えます」
コーヒーにくちびるをつける。真っ黒い墨でも啜っているような感覚になったが、私は構わず続けた。
「私が僧侶になったのは、ひとを救いたいと思ったからでも、死後、極楽浄土に行きたいと思ったからでもありません。家が寺だった。ただそれだけのことですし、教師になったのはそんなくだらない生き方の中でも、私が私であることを私が認めたかったからです」
たったそれだけのこと。たとえ、相応しい人間ではなくとも。
「とんだ自分勝手な坊主だな」
「そうです。私はそういう人間です。けどね、蛇石さん。私はあなたがた生徒に手を差し伸べたい。倫理という授業を通して。特に、特待生。あなたのような生徒に対してです」
もう一口、コーヒーを飲む。暴力的な苦みが口に広がった。私は苦笑いして、手の中の缶を強く握りしめる。
「学費は免除されます。けれどそれ以上に重たい価値を張って、あなたがたは戦っている。そんな生徒に、私ができることといえばほんの些細なことです」
「先生は、俺になにをしてくれんの?」
雨が強くなってきている。景色が白煙で烟る。校庭のあらゆるものが、シルエットだけになった。
「
……
私は教師ですから、教師らしいことを言うのならば」
もっとも、こんなことに興味を持つのか分からないけれど。
「あなたが立派に卒業できるよう、お手伝いをします。あなたはあなたが思っている以上に優秀ですから」
「んなこと知ってんだよ」
「私はそれ以上に評価しているという話ですよ。あなたは必要以上にプライドが高く口も悪いですが、真っ直ぐですから。
……
そして、あなたを否定しません。どんなことがあっても」
雨音に消されるほどの言葉を、崇我に伝える。
崇我だけではない。私は私という存在をかけて、否定しない。この学園にいる全ての生徒を決して否定しない。否定され、拒絶されることほど悲しいことはないだろう。
「それが、私があなたにできることです」
私にできることはほんのこれくらいだ。僧侶といっても、説法を堂々と説くことができるほど立派な、できた人間ではない。そして
詔
みことのり
を伝えることができるほど清い人間でも、ない。
「けれどね、否定しないということ以前に、あなたに信じてもらえなければなんの効力も発揮しません」
ピタリと崇我の缶ジュースを飲んでいた手が止まる。
「軽率に信じろと言えるほど、私は偉くも立派でもない。かといって、誰彼構わず信じて裏切られて傷つくことはありません。あなたが信じたい、と思ったひとに出会えればいいですね。私はそう願い、祈っています」
「願って祈って叶うなら、神も仏もいらねぇよ」
「ええ。だから私がいるんです。僧侶とは名ばかりの、生身の人間の私が。神や仏はなにもしちゃくれない。私なら手を差し伸べることはできる。けれど、差し伸べることしかできない。この手を取るかはあなたが決めることです。信じたいのか、信じられないのか
――
それとも信じたくないのか。私には分かりませんが、信じたいと思えたときにでも、信じてみてください」
信じるということは、強制できない。小指の先ほどでも強制されると、それは義務になってしまう。信じることに義務はいらないのだから。
雨は降り続いている。寮の窓からもきっと、同じような景色が見えることだろう。烟る視界だ。
私は振り返って、からになった缶コーヒーを机に置いて反省文をファイルにとじた。
「そろそろ下校時間が過ぎます。ありがとう、蛇石さん。さようなら」
その鮮やかな色を見送り、ドアがしまった音を聞いて私は再び椅子に座る。
「草の葉に揺れゐる露の落ちんとし、いまだ落ちぬを、落ちよとし、見つつ待ちゐて、落ちにけり」
ある詩人の詩が浮かぶ。
信じることは辛い。苦しい。不安がよぎる。私はそのようなことを、彼、そして彼らに押しつけたのだ。なにも信じない、誰も信じない。そういった生き方を間違っていると斬りつけることも、私にはできない。
けれど信じなければ、この生は長すぎる。ただ生を無為にすることは、私にとっても辛く、心苦しい。生を受けたのなら
――
受けてしまったのなら、むやみに死にゆくものにしてほしくはないのだ。私たちは私たち自身の意思で生まれたわけがないけれど、この人生を少しでも色のあるものになるように、と。
左手首に下げている数珠に触れ、目を閉じる。
「あなたが信じるにあたいする誰かに出会えることを、私は祈ります」
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