いを
2023-10-14 21:59:47
6471文字
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タグまとめ2

ブツメツフツマ。
それぞれフォロワーさんのお子さんお借りしています。

最果ての春(無告)

 私とあなたはひとりずつ、いる。そしてそれぞれにレールは敷かれている。そのレールは重なることもなくただ、地平線の向こうに続いている。二本は、ずっと二本。ふたりは、ひとつにはならない。ひとつになろうはずもない。それを寂しいとあなたは言うのだろうか。私は言わない。けれど祈っている。寂しくないように。七億不思議に落ちた魂たちが、いずれ春が訪うことを待ちわびることができるように。私は祈っている。あなたがもし寂しいと呟くのなら、私がせめて寄り添いましょう。この手を取ろうと取らざろうと、それはあなたの自由です。あなたは自由です。自由は寂しさでもあります。寂しさを乗り越えなくてもいい。ひとは、ひとが見てくれるからこの世界にあり続けられる。私は、そう思います。


雨明かりの庭(邂逅)

 冬は寒いと思う。死んだあとでも寒いと感じるなんて幽霊も楽ではない。幽霊というよりも七億不思議と言ったほうがよいのだろうか。まあ、どちらでもいいや。おれはどうせ死んでいるんだから。カランと下駄が霜が降りたコンクリートを打ち鳴らす。顔上半分をぐるぐる巻きにしている包帯は、せめてもの防寒具だった。ただ首と足、手の先がきんと冷える。月の明かりを感じる。目で見ずとも感じることはできた。肌寒い、よりも寒い。両腕をさすりながら、ふふ、と笑う。こういうのを「肌恋しい」とでも言うのだろうか。ひとりは慣れたが、慣れるべきものなのだろうか。死んだというのに八十年を生きて、ひとりだったことなんてたくさんある。それに日に当たれないときた。これは、おれが生まれた罰なのだろうか。きっと、そうなのだろう。おれは、生まれるべきではなかったのだ。


ろくでなしはくるしい(無告)

 昔、私は金魚を飼っていた。正確に言えば学校の教室で、だ。私は金魚の世話係をなかば無理やり押しつけられていたけれど、案外楽しかった。箒でチャンバラをしている同い年の男子たちに背を向けて、金魚の餌と書かれたチープな袋から餌を摘まんでぱらぱらと水面に落とした。金魚は三匹いた。美しい朱と白の尾をなびかせて、丸い餌を丸い口で飲みこんでいた。私はそれを見てひとり、笑った。かわいく見えたのだ。自分の背よりもとてもとても小さな生き物の命を。金魚の水槽を洗うのも私がした。世話をしていたけれど、ある日金魚は水に浮いて死んでいた。幽霊でもいいから私はもう一度、彼を見たかった。金魚の幽霊を。結局彼を見ることなく私はいくつかの学校を卒業し、そしてこの学園に非常勤講師として入った。今もあの日の金魚の幽霊は見えないけれどいつか見られたら、と思っている。
 ――彼は、私を恨んでいるだろうか。


のろわれたならまた会える(邂逅)

 手のひらを合わせる。からだの中には幾数もの感覚を星を抱く空のように閉じ込めている。厨子みたいに、丁重に。おれのものになっても、おれのものにならなくてもいい。元はと言えば、他人のものだ。他人のものは自分のものにはならない。七億不思議に一生なんてあるのかどうか分からないけど。そういえば数年前に、ちいちゃな男の子と女の子の前に姿を現したことがある。まだ、まあたらしい視力。陽の光を数年しか浴びていないきれいな目玉。そういう目玉は色が濃くて美しいのだ。男の子は女の子を庇った。おれはどちらでもよかったのだ。その美しい目を見られれば。「坊ちゃん。お前は将来、素敵な男になるよ。それまで、おれが持っておくからね」だからね。「おれの姿を忘れないでおくれよ。お前が少しばかり大きくなったら、必ず取り戻しにきなよ。待ってるぜ」


世迷え血迷え(無告と小太郎さん)

 私はこの学園の在り方をどう考えればいいのか迷っている。まだ守られていてもいい子どもたちが戦わなければならないことは、本当に正解なのだろうか。ふっと尻尾のような髪の毛が視界の端に入った。図書館。本棚の影。埃が窓から入る光できらきらと輝く。「薬袋さん」私はそう語りかけた。語りかけた、とは言い過ぎだろうか。「はい」と彼は振り返った。手に本をたずさえている。「今日もお会いしましたね」私が少しだけ微笑むと、彼は「ええ」と答えた。「若いひとが、本に興味を持ってくれると私も嬉しいので、これからもぜひ、図書館を利用してください。図書館は先達の叡智が詰まっている場所ですから」倫理の教師がこんなことを言うなどと烏滸がましいかもしれないが。彼はピアスを揺らせて「はい」と静かに頷いた。彼らの強さ、彼らの弱さを私は知らない。信じること、祈ること。私にできることはそれくらいだ。


まるさんかくほし(邂逅と九印さん)

 色白の少年だと思った。色が白くて、ほそっこい。髪の毛で前髪を隠している。白波が立つ、海の色だと思った。おれが生きていた頃住んでいた掘っ立て小屋は、海の近くだった。毎日、潮騒が聞き飽きるほど耳に流れ込んでいた。「坊ちゃん」そう囁いて笑ってみせると、少年はからだを少し、こわばらせた。「安心しなよ。すぐに取って食おうなんて思っちゃいないよ」「すぐにじゃなければ食べるんですか……」か細い声で、少年は呟いた。「命までとらねェさ。坊ちゃん、お前が聞いている世界は一体、どう聞こえているんだろうなぁ」赤い靴を履いた白い少年は、おれの笑みを見て左耳を反射的に支えた。「おれね、海の音をずっと昔から聞いてたんだ。お前は海の音を聞いたことがある? それ、どんな音だった?」星がさんざめく。白い光はおれを照らさない。少年の髪の毛は光に透け、夜の海のようだった。


白薔薇に嫌われる人(邂逅と永さん)

 心配ないよ、お嬢ちゃん。おれはきっと地獄に落ちる。白い少女は痛ましい表情かおをしていた。その美しい目はそれでもおれを見ている。恐怖を感じさせないように、あるいは感じないように。「お前みたいなきれいな子が、この世界にもうちょっとばかしいたら、おれもここにいなかったんだろうな」少女はその薄いあめ色の目を開いて、「後悔をしているのですか」と言った。「おれは盗むか奪うことしかできない。アハハ、地獄の閻魔様も怒るだろうな。極楽浄土になんかいくもんか」少女はくちびるを閉じた。「お嬢ちゃんと話してると罪悪感があるな。お前の目はとてもきれいだけど、おれにはやっぱり眩しいや」それじゃあね、お嬢ちゃん。お互い、名前を知らないままでいられたらいいな。月を隠した薄雲が流れてくる。時間だ、時間だ。「どうしても盗んでしまうのですね」少女の月のような言葉が、耳朶に残った。薔薇のとげみたいに。


斯くして雨は分かたれる(無告と薫さん)

 雨音が私を包む。昨夜、血を流した場所がじくじくと痛んだ。腕――商売道具を傷つけられてしまったら、どうにもならない。黒いシャツで隠れていても、けれど彼には気づかれてしまうだろう。血のにおいは一体、どのように彼へと届いてしまうのだろう。「血のにおいがする」と、薫は言った。私はふと息をついて「これは不可抗力なので、許して頂きたいですね」と笑ってみせた。「治療はされているようですし、別に構いません」彼はそう呟いた。「それならよかった。それにしても、治療はしているとよく分かりましたね。やはり、消毒液のにおいがきついのでしょうか……」シャツ越しに左腕を鼻に押しあててみてようやく分かる程度だ。「常人の嗅覚については分かりませんね」肩をすくめ、首を傾けた。「ふふ、そうですか。それじゃあ、私はこれで。さようなら、佐伽羅さん。また明日」雨はいまだ降り続いている。厚い雲。太陽の光は届かない。


白い道をゆくがいい(無告と蛇石さん)

 教科書○○ページ、とできるだけ静かで平らな声で続ける。ほとんどの生徒は指示したとおりに教科書を捲った。私の声に反応しない生徒もいるにはいるが、まあ、眠っているか聞く気がないのだろう。私の言葉が届かないのは私の責任でもあるけれど、とりあえず半々といったところだろう。授業を聞く気がないであろう蛇石崇我は、つまらなそうに椅子の背もたれにもたれかかっている。いつものことだ。だけれど、要領がいいのか小テストではなかなかの点をとっている。ふと息を吐いて、板書をする。空は憎らしいほどに晴れ渡っていて、白い雲が千切れながら流れてゆく。「蛇石さん、六行目から読んでください」彼は仕方なさそうに立ち上がって、すらすらと読み始める。声を聞きながら、くちびるの端をかすかに歪めた。「愛の対象に価値があるから愛するのではない、愛すること自体に真実の在り方がある――


満ち欠ける海(無告と公紲さん)

 寄せて返す波のように、彼はいとけない足を一生懸命持ち上げて、境内を駆け回っている。私はそのあとを追いかける。逃げ道を残しつつ秋の乾いた酸素を吸い、吐きながら駆ける。ほんのりと冷たい澄んだ空気が、ふたりの合間を抜けていった。「公紲くん、足が速くなったね」枯れ落ちた葉を足で掻き分けながら、走るのを止めた公紲の頭を見下ろす。つむじのあたりに、赤い葉っぱがカサリと落ちた。私はちいさく笑って、指先でつまんで足もとに落とした。「そうでしょうか」と公紲はほんの僅か、嬉しそうに顔を緩める。「背だって、そのうち俺も軽く抜かしちゃうんじゃないかな」子どもの成長は早いと、片隅で思う。ほんの数年前に生まれた子が、こうして育ってくれていることが私は嬉しい。弟というよりも、父親のようだ。私はこの子の幸せを祈っている。いつかくる未来。それが光で溢れる路でありますようにと。

浮き世も夢と申します(無告)

 忘れてしまったものなんて、両手で数え切れないくらいあるだろう。忘れてしまったから数えられないのだけれど。今日の朝日なんかも、きっとそのうち忘れてしまうのだろう。こんなにも綺麗な、美しい光景を。赤というよりも、金魚の朱みたいな色だった。私はチェスト――というよりも、箪笥と言ったほうがしっくりくる古い、あめ色の抽斗を引いて、適当にシャツを着る。黒地のものをよく着るが、それは単に汚れが目立たないからだという理由で、衣料に頓着しない私にとっては上等な理由だとは思う。とはいえ、衿がよれてはさすがに格好がつかないので、よれたら新しいものを買っている。二階から庭が見える。朝日は昇り、今日を告げる。白んだ空。霧が出ているだろうか。太陽の光は雲にかかっているため、眩しくはない。だが左目は光を感じない。左目は光を感じることを忘れたのだろう。すべてはあの男のせいだが、私は諦めたようにそう思っている。そう思うようにしている。


祈りを食べ尽くす(無告)

 人生そのものには、何の意味もない。それは、醜悪で、不気味で、誤謬で、虚偽で、無であり、無目的なまま、永遠に同じ形でくり返されるだけである。ニーチェはそう言った。ならば、私が、私たちが生きているこの世界は一体なんのために、誰のためにつくられているのだろうか。だが、人生に意味がないとすれば、私は頷かざるを得ない。私が生きてきたこの道は、決して優しいものだけではなかった。人間の、あるいは人間ではない何かの、黒々しい場所を見てきた。当たり前のことだろう。優しいもの、やわらかいものだけを見ることなどできやしない。意味がなくても私は、いい。望まれて生まれてきたわけではないことを私は知っている。なら意味を与えられることもあるわけがなかったのだ。意味は与えられるものではないのだと私は知った。醜悪なこの生き様を私は死ぬまで見続けるだろう。鏡に映った私を見ると、やはり不気味な目が私を見ていた。


あなたを忘れた死んだ世界(邂逅と崩さん)

 二枚歯の下駄をずっと履いている。痛みは感じない。生前から下駄を履いていたからだろう。たしか、鼻緒は絣の模様だったと思うのだが。妹の絣の着物をほどいて、鼻緒にしたのだったか。赤い絣の鼻緒だった。おれは気に入っていたのだけれど、でも、女のそれのようだと言われたことを思い出す。別に構わない、おれはこれを履くよ。綺麗な赤だろう。血みたいに、不気味な赤じゃなくていいだろう。おれは、好きだな。赤。好きだ。綿入れ羽織を背中にかけて、おれは確か、雪が降る庭を見ていた。白い雪を見納めにしておれは炎に焼かれたのだった。春を、見ないまま。心待ちにしたまま。そうやってぐうたらとしていると、青い大きななにかを被った背の高い人間がおれを見ていた。おれは命に報われないのだと知る。どうせこの人間も祓うと言うのだろう。けど、男はあろうことかくちびるを開いたのだ。少しこもった声が聞こえてきた。そして、おれは思い出した。「来たね。坊ちゃん」

徒し野へ(無告)

 向こう側に月が見える。満月だった。そんな、どうということもない夢を見た。化野のような場所でただ一人、いた。「本当に愛しているのだから黙っているというのは、たいへん頑固なひとりよがりだ。好きと口に出して言うことは、恥ずかしい。それは誰だって恥ずかしい。けれども、その恥ずかしさに目をつぶって、怒濤に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛の実体があるのだ。愛は言葉だ。言葉がなくなりゃ、同時にこの世の中に、愛情もなくなるんだ。聖書にも書いてあるよ。神と共にあり、言葉は神なり。これに生命あり、この生命は人の光なりき。」愛というものを、私はあまり知らない。知らずに、人間愛を説くことは、こころが荒む。寂しい場所に、ひとり佇んでいるようだ。芒の、ぼんやりとした影に私は幼い頃を思い出す。「役立たず」「出来損ない」「欠陥品」父は怒り、母は泣いた。私はなるべくしてなったのだろうと思う。今も、愛が分からない。私は言葉を持たない。


花咲ける賽河原(無告)

 野ざらしになった簪を見下ろす。ある七億不思議が落としていった簪だ。雨。視界が烟る。袈裟がひたりと肌に吸い付く。冷たく、寂しい時間だった。こめかみから雨がつたい、顎をたどって落ちてゆく。簪は鼈甲でできているようだった。プラスティックのような軽い感触ではなく、少し重たい。私はそれを懐にしまい、その場を立ちさった。手がずきずきと傷む。私は少し顔をしかめた。手袋を取り去ると、やはり痣になっていた。仕方のないことだ。これは私が決めたことなのだから。赤黒い痣、青黒くなった痣、そして治りきっていない傷痕。再び手袋をして、髪の毛をかきあげた。しとどに濡れた髪の毛は雫を落とすことに余念がない。視界の半分がなく、大雨の中戦うにはあまりにも険しかったが、なんとか生き延びた。生きたから、この簪は供養する。それが私があなたにできる唯一の贖いだから。生き残ったものの責任を私は負う。逃げない。私は、あなたから逃げない。――さようなら。どうか安らかに。


春雷を攫っておくれ(邂逅と崩さん)

 おれの足許に、焼け爛れた腕が転がってきた。これはおれの手だ。皮と骨だけになっていたおれのからだは、火にみまわれて呆気なくこぼれ落ちた。ゴトンと音がして、その腕からも火が上がる。鮮烈な色だった。美しいとさえ思った。からだは燃え、そして燃え尽きたあとからだはどうなったのだろう。幽霊になったのは今からおおよそ八十年くらい前だけれど、正確な日付は覚えていない。――誘蛾灯のある公園の灯りはただ、ぼんやりと光を差していた。おれもなかなか背が高いほうだと思っていたが、おれよりも背の高い、彼が言うにはゴミ箱、を被った男がベンチに座っていた。おれはただそれを眺めている。自分の右腕を見るとまだくっついていた。あの炎はまるで夢だったというように。それでも忘れない。あの痛みと熱さを。「でも手があれば触れられるだろ。ひとに。それってなんかやっぱり、人間みたいだな」ぽつりと呟く。人間だった頃のおれがみたら笑ってしまうようなことを、思っている。