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いを
2023-10-10 16:47:30
3485文字
Public
ブツメツフツマ
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お前に似た獣を見ている
黛無告、そして邂逅。
Spring comes even to hell.
地獄にも春よ、来たれ
・「あなた」【higasa_onink】
お借りしています。
語り部の死は、世界の死であった。
おれの世界は死んだのだ。死んで、輪廻などという地獄みたいな組織に組み込まれて、順番にうまれかわるために長い行列に並ぶのだろう。
だがおれはそこに並ばずに、再び現世に足をつけた。幽霊に足があるのか?などと思ったが、おれには少なくともあった。
文字通り焼けたからだは包帯まみれであったし、胸の内は相変わらずうつろだった。だが、手が動き、足が動くことに驚いたのは確かだった。生きていたころのおれの体は足の指、手の指を動かすのは大変な労力だったからだ。貧しかった家では芋が食えれば万々歳。今じゃ三食食べるのが当たり前だという。資源も食材も豊富になったものだ。そして人間は増えていった。
だがおれは腹が空かない代わりに、生気を必要とした。人間はたくさんいる。これが求めていたものかとおれはおれに問いかける。
ただ、ほしい、と願った。
――
世界は終わってはいなかった。
語り部が死んでも、地獄みたいな輪廻に組み込まれることなく、おれは死にながら生きている。
若い坊主と出会った。
坊主だと分かったのは、五条袈裟を着ていたからだ。ただし頭は丸めてはいない。髪は短いが、剃ったあとは見えなかった。
「お前坊主か」
「ええ」
男は短い答えで返した。左手には数珠。見たところ木製のようだった。なんの木でできているのか分からないが、あめ色に光っていた。
「おれはただの亡霊さ」
「そうですか。その、ただの亡霊が私になにか用ですか?」
男は名乗らなかった。おれはくちびるを歪めて、一回、笑った。
「アハハ。名乗らないか」
「亡霊に名乗る名はありませんので」
「そいつは正しい。術士は名乗らねぇもんよ」
夜は深く、星が空に白い穴を開けている。
「互いに名乗らねぇ。それでいい。お前、おれが見えてるってこたァ、祓魔師か」
紫色の目玉がふたつ。おれを真っ直ぐ見ている。値踏みをするようでもない。ただ視界に入れているというだけの視線だ。
「さぁ、どうでしょうね。けれど私にはあなたが見えている。それでいいでしょう」
「つれないねぇ。なあお前。おれと一発、やんない?」
「
……
」
微妙な表情でしかめっ面をした男は、そのあとため息をついた。左手に数珠を持ったまま、草履をじゃり、と鳴らせる。
「お前の目玉がほしい。おれが勝ったらもらい受けるぜ、それ。ちょうどさぁ、ほしかったんだ」
「私が勝ったら?」
「祓われてやるさ。おれは往生際がいいんでね」
男の眉がかすかに上がった。意外、とでも思ったのだろうが、おれはもとからこういう性格だ。執着しない、横着しない。望めばしっぺ返しがくるのだから。
「単純明快、イイだろ?」
「
……
」
男は答えない。それが返事だった。
カコン、とおれが履いている下駄の音が公園に響いた。
下駄をほうり投げて、素足になる。目前の男はただ真っ直ぐ、おれを見ていた。視界に入れている、というだけではない、なにか、いっぱしの熱のような。こいつもおれと同じだ。
姿形
ナリ
は坊主だが、おれはその内側が見える。男はうつろを抱えているのだと知った。
どんな説法をたれようが、聞くものが聞けばただの空っぽにしかすぎない。
白い袖が風に揺れた直後、男はおれの懐に潜り込んできた。一歩が大きい。こんな動きづらそうな
袈裟
格好
で、よく足が出るものだ。
だが、こいつの武器が「数珠を巻いた拳」だとは思わなかった。
黒い手袋をしているようだが、力を入れれば入れるだけ、手も痛むだろう。そこに真意が隠れているような気がした。
振り上げられた拳を、片手で掴む。ギシリと音がした。
「どうした。このままじゃあ、お前の手の骨、粉々だぜ」
男はやはり答えない。残ったもう一本の腕を振り抜く音が聞こえた。風を切る音は、おれの頬を一閃した。頭を傾けなければ、頭ごと粉砕されていた。
人間の形
・・・・
にも容赦ないのだろう、この男は。
緩んだ手の力を見抜いたのか、左手を振り払って男は距離を取った。
ざわりと冷たく凍えるような風が吹く。吹けば消えるような
露霜
つゆじも
のような命だというのに、このからだはよく言うことを聞いてくれる。生きたいと願ったことがこれまであっただろうか。
「なあ、説法してみろよ。おれを説得してみろよ。こんなことはやめろってさ」
男は苦々しい顔をしてから、舌打ちをした。坊主も舌打ちをするもんなんだなと思う。
「私は説法などしない」
雰囲気が変わった、と目を細めた。
「説いてどうする。あなたが改心するとは思わない」
「ひどい言い草だな」
「仏はなにもしない。神も、なにもしない」
草履が地面を踏む音が聞こえた。目を見張る。なにもしないと言った。坊主が、仏はなにもしない、と。愉快だ。とても愉快だ。確かになにもしちゃくれなかった。貧困に、病に喘いで生きたまま焼かれても、たしかになにもしなかった。神も仏も。
思わず深く笑む。
男の拳はいちいち重かった。先ほどよりも、ずっとだ。
「ああ、ああ! そうだ、お前の言うとおりだ。この世には神も仏もない。なら何故お前は仏に傅く格好をしている。その左手にあるのは飾りか?」
「そうさ」
男は答えた。
「
これは飾りだ
・・・・・・
」
真など知らない。知ろうとは思わない。男の拳はおれの心臓部にめり込んだ。じくじくとした痛みを感じたが、まだ足りない。
けど、お前から近づいてくれたんだから、遠慮なくもらっておこう。
男の左手首を左手で握りしめて固定する。男の目が見開かれる。その目。その目がほしい。色硝子のようなその目が。男の左目のちょっと手前に右手の指で丸をつくる。
「
……
!」
しまった、と男は舌打ちをした。だがもう遅い。これはおれのものだ。
「取ーった」
左手の力を抜くと、男は足をそろそろと下げた。この男の左目の視力を奪ったのはおれだ。もう、視界は半分しかないだろう。
「じゃあな。名もしらん坊主。また会ったら続き、やろうぜ」
「
――
待て!」
むなしく男の声は公園内に響き、名を
――
邂逅
わくらば
。その怪異は下駄の音と共に、姿を消したのだった。
彼の話をしようと思う。
私の左目の視力を奪った怪異の話です。もう十一年も前のこと。私は公園で、彼と出会った。今でもしらない名前の白い怪異。黒い着物に気色が悪いほどの赤い長襦袢。
血の色だと、思いました。
彼にも彼なりの「正義」というものがあるのだと知っています。
けれど私はその正義を否定します。私はこの世にある全てのものを受け入れられるほど、懐は広くはありません。私にはそのような強さは必要ない。
「語り部は死にました」
けれど、世界は続いているのです。私たちが生きている世界は、死んではいない。
あの男に奪われた視力は、おそらくもう戻らないでしょう。けれど探さなければいけません。彼の力は危険です。先が長く、年若いあなたを傷つけたら私はあの男を生涯かけて決して許さない。許さないという感情は、辛く重いものです。復讐心をも生んでしまう。あなたも、きっと。
確かに、復讐心はなにかを生むかもしれません。生きる意味だとか、そういった必要性のあるものに化けるかもしれない。けれどそれも曖昧です。たどたどしいものです。
もしあなたがあなたを許せないという気持ちがあるのならば、願わくばあなたがあなた自身を許せますように。
あなたの心に、少しばかりの
灯
ひ
を点せるできごとがありますように。
私はこころから祈る。
その安寧を。
祈ります。
私が殺した、彼らの魂がせめて輪廻に組み込まれないことを。
地獄のような日常を、味わうことのないように。失望、絶望を感じないように。
そのような本心を押し隠しながら、黛無告は教鞭を執る。
この矛盾を決して知られてはならない。
殺すべきはこの心であるのだから。
祈って、一体なにになるのだろう。
私の祈りが、なにかに変わるのだろうか。変化するものなのだろうか。
祈って救われるのなら、何度でも祈ろう。こころから。
――
救われなかったひとたちを、想う。
救われなかった語り部たちが死んでも世界は滞りなく回ること。私はそれにほんの少しの悲しみを伴う。
新たな語り部が生まれるのだろう。これから、きっと。
誰ひとりとして、おなじ人間はいないというのに。
世界は回る。
昨日と同じように。
そして、明日と同じように。
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