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いを
2023-10-09 15:17:14
3114文字
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刀神
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春へ生り損なった匣を抱いて
雪魄桂木刀・伍号のこと。
怖いもののはなし。
・(お名前だけ)火難さん【miyabimochi153】
・(お名前だけ)矩郎さん【yasuinokikaku】
・(お名前だけ)昴さん【Lalala_kikaku】
お借りしています。
――
人はいさ 心も知らず ふるさとは
花ぞ昔の 香ににほひける
雪魄桂木刀・伍号には怖いものがある。怖いといっても、それは人の営みでは自然なことで、決してそれを壊すことはできない。
だから延々と桂木は怖がっている。
いつか、必ず。
桂木の周りの人間たちは死んでいく。これは、淘汰というべきなのだろうか。桂木には分からない。どんな善人でも、どんな悪人でも必ずそれはおとずれる。
寿命を半分分け与えるなんてことはできやしない。
もしできたら喜んで桂木は分けることだろう。そういう考え方自体、人間にとってみればありがた迷惑だと思うし、侮辱でもあるだろう。
ただ共に生きてほしかった。
ただ、傍にいてほしかった。
――
共にあってほしかった。
寂しいのかもしれない。寂しかった、のかもしれない。ひとの心の、弱くやわらかい部分を少し知った。
痛いから、いらないものだったのかと問われれば、否定はできる。できるけれど、すこしだけ後悔している。知らなければよかったとは思わない。自分が知りたいと手を伸ばして、掴もうとしたものだからだ。
それがあまりにも冷たくて、熱くて、痛いものだったから。手を伸ばすことがこんなにも辛いのなら、と思うこともある。手を引く勇気も必要だった。残った左手までぼろぼろになるべきではなかった。
それでも。
それでも知りたかったんだ。傷だらけになったってかまわない、と思えるくらい。
火難殿。お前が背負ってくれた、からだの熱さは忘れない。お前が歩く
路
みち
はどんな路なのだろう。
お前が愛した男が死んで、それでもお前は立ち上がった。その細身で。許さないという思いはきっと、人間を強くするんだろうな。
その強さがお前自身を傷つけないようにと、俺は祈っている。
祈るくらいしか俺にはできない。
人間は強いな。そして脆い。人間は壊れるものだと知ったけど、その壊れた残骸をかき集めることくらいはできるだろうか。それくらい、許してくれるだろうか。
元に戻らなくても。
元には、戻らなくても。
火難殿。お前が征く路にせめて灯火が灯り、幸あらんことを
――
。
矩郎殿。お前の生気はすごく甘くて、あんな風に昏倒するなんて、思ってもみなかった。
お前のおかげで少し、夢を見られたよ。なんの夢だったかな。ああ、たしか読書好きの前の主の夢だった。覚えている。夢を見ることは少ないから覚えているよ。でも人間は夢って忘れちゃうんだっけ。それって少し、もったいないな。
お前が固定の主にならない理由は知らないけど、俺と少し似ている理由なのかなって最近思うんだ。俺はただ、怖いから。それからちょっとの懺悔の気持ち、っていうだけだけど。お前の目を見ていると、それに近いのかなって思う。な。人間のこと、すこし分かってきただろ。まあ、外れてたら笑ってくれよ。
矩郎殿。後悔を抱えているかもしれない、その心に寄り添うことができる人がいたらいいと、俺は願っているよ。
ふと顔を上げる。
辺りは暗い。月も見えない。雲が厚いのだろう。わずかな人工的な明かりを頼りに、桂木は庭に出た。
簪も留めていない、ぼさぼさの髪に、だらしなく開きっぱなしの衿。肌がほとんどむき出しのこの格好では、今で言えば不審者だろう。
「はは」
不審者。少し、笑えてくる。
結構。
結構だ。きっと、これが本当の雪魄桂木刀なのだろう。
一号でも二号でも三号でも四号でもない、「伍号」の自分。
お前たちはもうどこにもいない。寂しいかと問われれば、分からないと答える。元はと言えば「自分」ではないのだから。1号から4号は、もともとは同じではない。別の人格があったのかは分からない。刀神が宿る妖刀ではなかったのは確かだけれど、たまに桂木の元に影となって現れる。それが幻覚だということも、桂木は知っている。
すべては桂木の都合のいいように出来上がった幻だ。
――
弱い弱い刀神のための。
下駄を引っかけて、大火鉢が置いてある木陰に移動する。ほんの十数歩。中にメダカがいる。月が出ていないから影も見えなかった。時折、水がぴたんと跳ねる。それで生きていると知る。墨のように真っ黒に見える水は、ビー玉やおはじきや水草、藻が入っているけれど今は形も見えない。
坊。
――
昴殿。
俺はお前から、人間は壊れるんだって教えてもらったよ。壊れものなのに、どうして命なんていうものができあがったんだろうな。なんで、壊れるようにできてしまったんだろうな。そう考えると、俺は少し、悲しい。
向坂昴。
俺はお前に壊れてほしくないけど、でもお前の人生はお前だけのものだ。その命をどうやってつかうかはお前が考えて決めることだ。命の使い道は、お前が決めることだ。
でも決断するときに、俺がそこにいればいいなと思うよ。これは俺のわがままだから、別に叶えなくてもいい。お前はお前の刀神を見つけて組めばいいと思うし、「その時」をその刀神と迎えてもいい。けど俺はお前が好きだから、せめてあたたかい床の上で死んでほしいと願っている。誰かに見守られて、幸せな顔をして、天寿を全うしてほしい。
そこに俺がいなくてもいい。本当は見送りたいけど、俺も刀神だ。いつ折れてもおかしくはない。だから約束はしないよ。
でもな。
お前に見合うひとがいたら、と思うと、体の内側が痛くなるんだ。お前は人間で俺は刀神。これって結構、しんどいんだな。
俺が人間だったら、って考えることが最近多くなってきた。
俺がもし人間だったら、お前の考えていることが分かったのかな。壊れそうなときに、傍にいられたのかな。
大火鉢のみなもがゆらりと揺れる。
水面ごしに月が見えた。
三日月だった。
三日月を見つけると、星も見える。すばる。明るい星の名前。
水鏡に映った自分の顔は、たいそう間抜けな顔をしていた。大火鉢の縁に左手を添える。ぴしりと音がした。添えただけなのに、縁がすこしだけ凍ってしまった。
慌ててはなすと、それ以上なにもなかった。氷はすぐ溶けるだろう。
「
……
ああ」
枯れた声が喉を通る。
月だけが聞いていると自惚れた。
「どうして、刀神に心があるんだろう。恨むぜ。なあ、神様
――
」
がくんと膝の力が急に抜ける。
桂木はあらがうことなく、地に伏せた。泥。草。小石。青臭いほどの、自然のにおい。髪の先が泥で汚れた。
視線を上げれば三日月が見えた。
決して後悔はしまいとしていた桂木の思いとは裏腹に、知らないままの自分ではもういられないことを知る。
後悔をほんのすこしした。
でも知らなければよかったとは思わない。
神の後悔ほど、ぶざまなものはない。
そうだろう。
星座なんて分からないが、明るい星と暗い星があることくらいはしっている。
星の光。
月の、光。
太陽の光を反射して輝くのが月だと聞いた。
それでいい。
欠けて満ちてをくり返す月。永遠の象徴。
そう思うと、すこしだけおかしく思えた。この世界に永遠なんていうものがあるんだな。
刀遣いも刀神も決して永遠ではないから。
人間もそうだ。
だから永遠なんてものに惹かれ、惑わされるのだろうか。
俺は、永遠なんていらない。
火難殿、矩郎殿、
……
昴殿。お前たちはどう思うだろう。この月を見て。永遠がほしいと願うのだろうか。この時が、この瞬間が永遠であってほしいと願うことがあるのだろうか。
俺にはやっぱり分からない。
――
分からなかったよ。
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