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いを
2023-10-05 18:55:04
1973文字
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ブツメツフツマ
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Love is blind,Hatred too.
黛無告。
地獄なら見てきた。
生きとし生けるものゆえの地獄だ。死者のための地獄ではない。これもまた、世の真理なのだろうか。
ヨースタイン・ゴルテルが書いた「ソフィーの世界」。
――
あなたはだれ?
――
世界はどこからきた?
手紙につづられた文章にソフィーは自分なりの答えを導き出そうとするが、結局納得のいく答えはでなかった。
「好奇心は哲学の生命、と言います」
ええ。
知的な好奇心をもつことは大切です。
ぐんにゃりとした影が無告を見つめている。
「私の左目を知りませんか?」
七億不思議からの返答はない。言葉を発せないのか、それともそもそも興味がないのか。
どちらにしろ、知らないらしい。
「そうですか
……
。残念です」
じゃり、
草履の鼻緒が千切れそうになっていることを、無告は知っている。これが終わったら
挿
す
げ替えよう。
七億不思議の黒い影が触手のようにこちらへ伸びる。まばたき一回のうちに、目の前にまで迫っていた。この手で、幾人もの人やモノを傷つけてきたのだろう。
眼前で触手を右手でもって握りしめる。ミシリ、と音がした。
「右目だけで充分です。私には聴覚と嗅覚がある」
質量のあるものが引きずられる音。無告が
引きずっている
・・・・・・・
のだから、当たり前なのだろうか。
日が落ち、
春日影のあたたかさもない。
花冷えの時期だ。
桜の花も、見頃だろう。
触手を引きずり、こちらにたぐり寄せる。一端離せばまたいつ触手が襲ってくるか分からない。どうやらこの七億不思議は触手が一本しか出せないようだった。
「私は好き嫌いをしないつもりだったのですが」
左手に数珠をかける。
「どうにもあなたは、神経を逆なでする才能を持っているようだ」
先ほどから頭の中がわずらわしい。
祓わないで、
殺さないで、
傷つけないで、
「あなたが人間を傷つけなければこのような結末にならなかったでしょう」
そもそも、「あなた」がなんなのか分からない。分からないが興味もない。けれど七億不思議は七億不思議。祓うために
非常勤講師
無告
がここにいるのだから、祓わねばならない。
「考えることは生きることです」
何度言ってきただろうか。
七億不思議は危険だから祓う。
何度聞いてきただろうか。
「せめて苦しまないように」
甲高い悲鳴が無告の頭の中を暴れ回る。すでに無告にとっては単なる
夾雑物
きょうざつぶつ
だ。問題はない。
右腕で触手を固定し、腕を振り抜く。
ぐしゃりと音がした。
黒い影の頭である部分を潰す。手応えはあった。本物の人間の頭を潰したような感覚に、無告は知らず知らず眉根を寄せた。
その場に残ったのは一冊の古い本。
ぼろぼろで、表題も読めない。
そっと腰を下ろし、本を持ち上げた。今にも崩れ落ちそうなそれを、せめて供養してやろうと思う。
地獄は見てきた。生きるものの地獄を。すこしだけ、垣間見た。
頬が、眼球が、額が、手が焼け落ちるような感覚を覚えている。
七億不思議によって壊滅させられた家族を知っている。
なにも遺せなかった彼らは、魂さえも焼かれたのだろうか。なんて、痛ましいことだろう。
「神も仏もないとはこのことですね」
目を伏せる。
「神が、仏が、なにをしてくれたというのだろう」
僧籍をもつ自分にとって、永遠の問答でもある。
なにをしてくれた。
衆生が
――
生きとし生けるものが、苦しんでいるときに。
一体なにをしたというのだ。
彼が、
彼がなにをしたというのだ。
生が地獄ならば死に救いを、極楽浄土を求めることもあるだろう。
救ってほしいと、助けてほしいと、そう願うものたちがいることを、少なくとも黛無告は知っている。
そんな存在に、自分はなにができるのか。
「手を合わせ、説法を説いても誰も救われない。あなたがた、七億不思議のように」
だったら、この手で助力しよう。
せめて、手を伸ばす存在は否定しないように。
否定は心を壊す。
望むところではない。
こんな、自分でも。
――
あなたはだれ?
――
世界はどこからきた?
無告とて、この答えは分からない。
考えることで自分を認知している。
これはそう、「矜持」にも似た、存在理由。
「ハイデガーはこう言いました。人間は、自分自身が生きていることを、“なぜ?”と問わずにはいられない動物である、と」
生徒を見下ろす。
ノートをとっている生徒、眠そうにしている生徒、暇そうにしている生徒、聞いているだけの生徒。
さまざまだ。
「悩むのは、人間が人間であることの証明
――
これが、
存在理由
レーゾンデートル
です」
――
" 愛は盲目だ、それに伴う憎しみもまた "
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