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いを
2023-09-19 15:37:10
3140文字
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刀神
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群青点火
【黄泉ト刹那】
天霧のこと。
・玉響菊花さん【33holly_8】
お借りしています。
行ってきなさいよ、と言う。まだ二十歳にも満たない少女が「行ってきなさいよ。大事な人なんでしょう」と。
雨宮小夜子。前の主の姪。似ているかといわれれば似ていない。気の強い顔。きつい顔だち。だが、彼女は不器用ながら、他人を気遣うこともできるのだろうと、天霧は考えている。顔だちも、素直ではないところも雨宮司と全く似ていない。それでも内面は少し、似ているのかもしれない。
「わたしは大丈夫。すぐ霧も晴れると思う。おじさんも大事にしなさいって言っていたでしょ」
彼女は傷だらけの体でも強気にうなずいてみせた。
――
よく、生き残ったものだ。小夜子も、自分も。
「その代わり、教えてよね」
くすぶりも見せない、金色の目が、いまだ曇る空を見上げた。それだけだった。
司と再会した時に言われた言葉を小夜子は思い出しているのだろう。
天霧はゆっくりと頭をさげ、おぼろげに見える玉響菊花、彼女のもとへと向かった。
コートの裾もシャツも、土埃と泥で汚れている。スーツの胸ポケットに入っている箱の感触を服の上から確かめた。箱は潰れてはいないらしい。安堵の息を吐きながら、やさしいたんぽぽ色の髪の色をみとめた。
「玉殿」
出した声は、ほんの少し掠れてしまった。
彼女は彼女の主
――
バディに声をかけてから、天霧のもとへ駆け寄ってくれた。
「天霧様! ご無事で」
「はい。玉殿もお怪我がないようでよかった
……
」
「天霧様も。お怪我はありませんか? 前線にいらっしゃったのでしょう」
「ええ」
司が天霧に伝えた言葉は忘れない。もう天霧は自由だ。呪縛などもうない。過去からの呪縛はもう解けたのだ。鎖がほどけたような軽さに、キシリと杖をつく手が震えた。
遺体は、司の遺体は、残虐に殺されたと一目で分かるようなものだった。けれど司はそんなことはどうでもいいというかのように、天霧を叱咤した。
本当に
――
やさしい男だった。最初から最期まで。
天霧は目を伏せ、「あの」とため息をつくように玉響菊花の顔を見下ろした。
すこし汚れた顔。着物。
ほおに触れたいという思いがあったが、天霧の白い手袋も汚れてしまっている。激戦の結果だ。
「ずっと、お渡しするのを躊躇っていたのです。私の思いをあなたに告げたあと
――
。あなたから賜った美しいものを」
そ、とタイピンを指先で撫でる。タイピンはほんのすこし土埃で汚れてはいるが、拭えばすぐに輝きを取り戻すだろう。これだけは、今回のお守りとしてずっと共にいた。ここに、彼女の想いがいるような気がして。
彼女のひまわり色の瞳が不思議そうに揺れた。
「
……
この、美しいもののお返しに。お返しになればよいのですが
……
。あなたに一等似合うものを、と。ずいぶん考えて、ずいぶん遅くなってしまいました」
手を出して、と続け、玉響菊花のちいさな、いとけない両の手のひらの上に箱を置く。
薄い黄色の箱。そこにかけられた白いリボン。
「玉殿への贈り物です。どうぞ、開けてみてください」
「はい」
白い手がリボンをほどき、箱を開いた。さらりと長い髪の毛がゆれる。
「これは
……
」
ちいさく見開いた目を見下ろし、不器用に笑ってみせた。
せめてもの気持ちだ。
天霧から玉響菊花への、唯一の、大切な想いだ。
美しいものを、と考えた。玉響菊花に一番似合う美しい花。おそらく、ありきたりなものだろう。珍しいものでは、決してない。それでも彼女に差し出したかった。
「
山茶花
サザンカ
の髪飾りです」
白く薄い紙から取り出した彼女は、そっと瞬きをした。
「これを、わたくしに
……
?」
「はい。もちろん」
「とてもきれいな髪飾りです。
……
ありがとうございます。天霧様」
彼女は嬉しそうに表情をほころばせた。きれいな花のように。
「わがままをひとつ、言ってもいいですか?」
「? なんでしょう」
彼女が首をかたむける様子に、天霧はくちびるを開いた。
できたら。
――
いや。もし、ゆるされるなら。
「私の手でつけさせてもらったも、よろしいでしょうか」
玉響菊花のくちびるがすこしゆるみ、「はい」と頷いてくれた。
杖を瓦礫の横に置き、彼女の手からそっと髪飾りを取り上げる。こぼさぬように、壊さぬように。この花の髪飾りは、彼女からもらった、たんぽぽの意匠のタイピンのように留めることができる。天霧の隻腕で取り付けることができるのも
――
下心だが
――
山茶花の髪飾りにした理由のひとつだった。
もとから飾られている組紐の髪飾りの左横に、そうっと、おそるおそるといったように取り付けた。
黄金色の留め具がぱちん、と鳴る。
もとから美しいかんばせがさらに美しく見えた、と思うのはきっと「惚れた弱み」とでもいうのだろうか。そう思うと少しおかしく思った。けれど本当に、彼女は愛らしく美しいのだ。これは本心である。
「どうですか?」
と、彼女は天霧に向かってほほえんだ。
山茶花の赤と、彼女が生まれた時から持っているたんぽぽ色の髪の色が、とても似合っている。
「お似合いです」
天霧はほんの少し微笑み、そう言うだけにとどまってしまった。他になにか、言うべきだっただろうか。それでも彼女は嬉しそうに見えた。喜んでくれたのなら何よりだ。彼女が嬉しいと、天霧も嬉しい。
「鏡があったらよかったのですけれど」
すこし冗談めかして玉響菊花は笑う。
「家に帰ったら、ぜひ」
「ふふ。ありがとうございます。大事にします」
「はい」
そっと、笑い合う。
少なくとも、今は幸せだった。天霧はそう思っている。そう考えている。これが幸せという、ひとつの形なのだと。
「玉殿」
「はい」
「
……
玉殿に出会えて、私は幸せ者です」
ぱちりと彼女は目を瞬きする。
天霧の本心だ。偽りのない言葉だ。玉響菊花は察してくれたのだろうか、優しい顔で微笑んでくれた。
「天霧様。
……
探しものは、見つかりましたか?」
「ええ。見つかりました。大切なことも、思い出せました。この惨状で言うべきではありませんが、私が見殺しにしてしまった前の主から
……
、許されていたのだと、」
彼女の表情はあくまで穏やかだ。
「それに、私が探していた、彼の置土産も見つかりました。あなたがくださった、このお守りのおかげかもしれませんね」
胸に手を当てる。そう伝えると、彼女はくちびるに手のひらをあてて「ふふ、」と笑った。
「天霧様、饒舌になりましたね」
「
……
そうかもしれません。胸のつかえがとれた、とでも言うのでしょうか」
雨宮司に許されてから、必死で戦う小夜子をそばで見守った。いくつの妖魔を葬っただろう。きっと小夜子は強くなる。これから、きっと。
「
――
あ」
霧が、と玉響菊花は囁くように呟いた。
少しずつ、ここの霧も晴れてきたようだった。
この任務で幾人も幾人も犠牲になっただろう。大勢の刀神や刀遣い、人間の心に傷痕を残しただろう。
けれども生き残ったのなら、生きねばならない。
心に傷を負っても、まるごと抱えて生きていかなければいけない。
司が言いたかったことはこういうことなのだろう。
生きているとはこういうことなのだ、と。厳しいことだが、きっと。死人だからこそ言える言葉だからこそ、重たく感じる。
「
……
玉殿」
彼女に笑いかける。今できる精一杯の表情で。
「また、天照でお会いできたらと思います」
「はい」
「疲れがとれたら、またあの部屋でお茶を飲みましょう」
あなたに想いを告げた、そして告げられたあの部屋で。
きっと今なら、笑顔で話せるだろう。
空は、何日かぶりに晴れ渡っていた。
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