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いを
2023-08-14 14:22:59
2594文字
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刀神
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ワールズエンド・ディープブルー
久遠のこと。
・(お名前だけ、ふわっと)リューダさん【_f4b3c2】
お借りしています。
南から電光がひらめけば
さかなはアセチレンの
匂
にほひ
をはく
水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
灰いろはがねのそらの環
……
あゝ いとしくおもふものが
そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
なんといふいゝことだらう
……
かなしさは空明から降り
黒い鳥の鋭く過ぎるころ
秋の鮎のさびの模様が
そらに白く数条わたる
――
「一六六 薤露青」
俺は決して望んではならないと思っていた。望めば望んだぶんだけしっぺ返しがくることを、幼心から分かっていた。父も母も、俺と弟、妹を決して差別はしなかったが、時折そういう目で見ていたのだった。妹の千代子は弱視ではあったが、見える子だった。俺には見えないなにかを怖いと言い、しがみついてきた。俺はそれを羨ましいとは思わないが、ただままならないとは思った。
俺の目が、千代子の目の代わりになったならいい。そう考えたことは幾度かある。けれどもそんなことは関係ないとばかりに、俺が見えぬものは千代子を、壽々樹をからかって遊んでいるようだった。
俺はただ、憎かった。それらが。何故苦しめるのだ。何故、何故。
何故
――
俺を苦しめないのだ。俺は早乙女の家の長男だ。苦しみも痛みも、長男が引き受けるべきだろう。そう自分を痛めつけるように木刀を握っていた。だからこそ祖父は、俺の目が濁っていると言っていたのだろう。
天照に渡って一年ほどたった頃。
リューダは「久遠さん」と慣れないような口振りで、好きだと、はっきりと言った。あの頃のような弱々しい少女ではなくなった女は、そう、すでに「女」なのだった。
からからに乾いたような口の中を無視して、久遠は「すまない」と言った。
なんと馬鹿らしいことか。リューダははっきりとした意思を持っていたというのに、三つも年上の久遠はこんなぶざまな回答だ。眼鏡のレンズ越しに映るリューダの姿を見ることさえ烏滸がましく思えて、久遠はすっと視線を外した。
「お前の意思は否定しない。俺のことをそう思うのなら、そうなんだろう」
その想いは勘違いなのだと、そう言い切るほど久遠はリューダのことを知らないわけがなかった。幼い頃から、傍にいたのだ。からだの弱いリューダは、時折眩しそうに空を見上げ、焦がれるような思いで青い山々を見ていたのだろう。
「俺はまだ、強くならなければいけない。自分で望んだものを自分で勝ち取れるくらいに。
……
俺が昔、弱かったせいでつらい思いをさせた弟たちも守れるくらいに」
リューダの澄んだ湖のような瞳が揺れる。
お前を、悲しませたいわけではない。そう口をついで出ようとする言葉を飲みこんだ。
「俺が壱段になるまで、待っていてくれるか。
……
それまでは俺は恋をしないと誓う。俺を好きだと言ってくれたお前に」
白銀の髪が日光にあたって光る。うつくしい魚の鱗のように。
「どれだけかかるか分からない。その間お前が別に好きな奴ができても俺は責めない。お前の生はお前のものだ。恋ってのは抗えないものだって、お前だって分かるだろ」
リューダは一度、こくりと頷いた。久遠はそっと笑ってみせる。こんななりそこないの男を好きだなんて奇特な幼なじみだとは思う。
何もかもを守れるだなんて思ってはいない。それこそ傲慢だ。この手からこぼれ落ちるものもあるだろう。その命はそういう運命なのだったと軽々と納得するほど久遠は強くはない。
――
壱段まで上りつめたら、そう思うこともあるのだろうか。
強くなるということはそういうことなのかもしれない。刀神は折れると死ぬ。刀遣いも折れれば
生命
いのち
が絶たれるのだと、久遠は考えている。そうならぬように強くなり、守りたいのだ。せめてこの手で触れられらるものは。
「今は強くなることだけを考える。
……
卑怯な男ですまない」
久遠は懺悔するように言い、リューダの前から去った。
覚えたばかりの煙草を借りている部屋のベランダで吸う。煙がのろのろと上にのぼっていった。
本当に、ままならないものだ。心も、
真
まこと
も。
ふと携帯が震える。ポケットから取り出すと、弟からだった。
――
兄さん、元気?
俺たちは元気です。天照はどうですか?つらい思いをしていないでしょうか。怪我はないでしょうか。
父さんはたまに兄さんがいる東京の方角をぼんやりと見ていたり、前々から体調が悪かった母さんは一週間の検査入院をしました。
入院には至らなかったけれど、くれぐれもからだを大事にするようにお医者さんに言われています。
千代子は最近スマートフォンを買ってもらって、メールのやりかたを俺が教えています。弱視でもちゃんと打てることに感心しました。
たぶん、もう少したったら千代子からもメールが来ると思います。兄さんのことだからちょっと言葉足らずな文章を送ってくれるんでしょうね。
家事や神事も父さんや親戚の人と分担して過ごしています。だから家の心配しないでください。
兄さん、怪我や病気に気をつけて、お元気で。
「
……
」
相変わらず丁寧な文章だ。ベランダの柵にからだを預けて、返事を打つ。
千代子は高校生になったばかりだ。今は、もう学校に通っているらしい。高校受かったよ、と電話で話す彼女の声は本当に嬉しそうだった。
リューダのことがあってから、頭の中の整理がつかない。けれどそれを言い訳にしたくはなくて、いつも通り少しそっけない文章を返した。
メールを打ってから再びコートのポケットに仕舞い、短くなった煙草を灰皿に押しつぶす。
本当に、あのような返事でよかったのかは分からない。
だが今は恋をしている暇はない。自分勝手なことだが、嘘偽りではない真実だった。
分かってくれとも言わない。これは全て久遠の責任だ。リューダが離れ、他の人間と恋をするようになっても追い縋ったりはしない。
――
あんなに大人しく、か弱かった少女が今は見違えるようになった。
からだを激しく動かす刀遣いになったということは、それ相応の覚悟があって来たのだろうと思う。
二本目の煙草の煙をすう、と吸い込み、深く吐き出す。
青暗い空に浮かぶ月は烟って見え、すがたかたちを見せないようだった。
まるで自ら隠そうとしているこの心のように。
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